政府が発行するデジタル通貨の意義は、現金流通量が減ると予想されるキャッシュレス社会におけるマネーサプライ維持手段として説明されることが多い。だがその実現は、思いもしない未来にもつながる。「マイナス金利で預金する」という、まさにSF的な世界もありえるのだ。

既存のデジタル通貨とCBDCの違い

の4月、中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)に関する有識者会議が立ち上げられたことで、いよいよ「デジタル円」発行が現実化しつつある。まずは、電子マネーや暗号資産といった既存のデジタル通貨とCBDCの違いを簡単に整理しておきたい。

電子マネーは、国家や中央銀行が発行し、政府が価値を保証する法定通貨による取引を一時的に代替する手段と位置付けられる。決済自体はあくまでも入金された法定通貨(日本であれば円)や、紐づけられたクレジットカード、デビットカードで行われる。

一方、法定通貨に依存せず、それ自体が価値を持つデジタル通貨がブロックチェーン技術に基づく暗号資産だ。その性格上、国際的な送金が低コストで行えるというメリットを備える一方で、需給のバランスで価値が大きく上下するため、安定的な決済手段とは言い難いのが実情である。

それらに対し、国家や中央銀行がブロックチェーン技術に基づいて発行する法定通貨がCBDCである。電子マネーとは異なりそれ自体が法定通貨として通用し、仮想通貨とも異なりその価値を政府が保証する点が重要なポイントだ。これまで紙幣や貨幣として発行されてきた法定通貨=円そのものがデジタル化されるわけである。

運用は複数の方法が考えられる。その一つが、CBDCの発行主体が決済に至るまで個別に管理する方法だが、すでに民間プロパイダが構築してきたサービスを日銀が全面的に代替することは、コスト面からも民間活力活用という観点からも現実的ではない。そのため、日銀がデジタル円を市中銀行に供給し、エンドユーザーは各々の口座に入金されたデジタル円を既存の電子マネーの仕組み等で利用する方向性が既定路線になりつつあるようだ。

では、デジタル円にはどのようなメリットがあるのか。まず挙げられるのがマネーの流動性確保における意義だ。日銀がCBDC研究を開始した直接的なきっかけは、東日本大震災直後に発生した預金引き出しの急増だったという。一般論として、キャッシュレス化の進展は市中の現金流通高の減少につながる。キャッシュレス

社会において人々がATMに駆け込む事態が生じた際、スムーズに市中に通貨を供給する手段としてCBDCは大きな意味を持つと考えられる。

また、特殊詐欺などの経済犯罪対策でも効果が期待できる。ブロックチェーン技術に基づくCBDCは、暗号資産と同様に追跡が可能だからだ。ただそのためには、特殊詐欺のターゲットとされた高齢者が指定口座にCBDCで送金する必要がある。

CBDCがもたらす可能性

現時点で日銀は、CBDCは「現金と共存し、それを補完する役割」を担うという当初からの建て付けを崩していない。しかし、容易に想像できるように、現金からCBDCへの全面切り替えというシナリオも十分に考えられる。この場合、我々の社会はドラスティックに変わる。

まず挙げられるのは、地下でうごめく正体不明なアングラマネーを捕捉し、可視化できるようになる点だ。さまざまな手段でロンダリングされ、霧散するマネーの可視化は、税収増の観点からも大きな意義がある。また、国民の政治不信の要因でもある「政治と金」の透明化や、多くのサラリーマンが感じているはずの税負担の不公平感の是正にもCBDCは大きな役割を果たす。

変化はそれだけではない。我々はこれまでマイナス金利は考えられない社会に生きてきた。マイナス金利になれば、銀行にお金を預けなければ良いからだ。しかし、CBDCはその常識を容易に覆す。

例えば、現金が廃止されて現金の保有ができないと、資産は全て銀行などの口座で管理しなければ決裁ができなくなる。そうなると仮に預金金利がマイナスになった際も、預金者はマイナス金利を負担せざるを得ない。

実は、CBDCによるマイナス金利は、以前から景気浮揚策の一つとして一部の経済学者によって指摘されてきた。日銀統計によると、国内のタンス預金残高は100兆円に及ぶ。再投資されることなく眠る、国家予算に匹敵する規模の資金をCBDCによって回収し、マイナス金利によって再投資を促すことの効果がNISAなどの比ではないことは間違いないだろう。

繰り返しになるが、日銀はCBDCへの全面移行を否定している。だが、それが手詰まりになったゼロ金利政策の想定外の一手にもなり得ることも、我々は知っておく必要がありそうだ。