2023年8月、EUはバッテリーのライフサイクル管理に関する新規則を施行した。特に注目されるのは、スマートフォンのバッテリー交換が義務化された点だ。狙いが見えにくい「分解・修理する権利」が意味するものを改めて考えてみたい。

新規則が施行される理由

EUで施行された新たなバッテリー規則が注目される最大の理由は、対象となる機器にスマートフォンが含まれる点にある。それにより、EU域内では2027年以降、ユーザー自身によりバッテリー交換を行えるスマートフォン以外の販売が禁止される。端末メーカーの多くがグローバルにビジネスを展開する関係上、影響はEU域内だけに留まらないと見られる。

ある年齢以上の方なら覚えているはずだが、携帯電話は工具なしでも簡単にバッテリー交換できることが当り前だった。現在、バッテリーはスマートフォン内部に組み込まれ、ユーザーによる交換は困難であることが一般的だ。ではなぜ携帯端末の進化は、本体にバッテリーを組み込む方向に進んだのだろうか。

その理由は大きく三つ挙げられる。一つ目が、デバイス性能向上において求められるバッテリー大容量化への対応である。スマートフォンの特徴の一つはその薄さにある。大容量化と薄型化の両立において大きな役割を果たしたのが、従来のバッテリーパックの安全性を担保していた樹脂製のバッテリー保護部を見直し、そのスペースをバッテリー容量に充てるという選択だった。

もちろん、それによって製品の安全性が犠牲になったわけではない。バッテリー保護に必要な筐体側の剛性を設計段階で確保するとともに、バッテリー側についても強い衝撃により内部構造の破損によるショートを防ぐなどの対策が図られているからだ。こうした性能向上は当然、バッテリー価格の高額化に直結する。想定する性能を満たさないバッテリーの利用を避けるためにも、取り外しが困難な構造にする必要があったことが第二の理由である。

最後が防水性能の維持という観点である。バッテリー自体の保護機能を大幅に見直したことで、バッテリー交換は防水シール処理まで含めた対応が必要になったからだ。

これらの事情からうかがえるとおり、ユーザー自身の手でバッテリー交換が行えることを求める新規則のインパクトは極めて大きい。ではなぜ、EUは新規則の施行に踏み切ったのか。前提として押さえておきたいのが、2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにすることを目指す欧州グリーンディールの存在である。2020年からの10年間で関連分野への1兆ユーロ(158兆円)の投資を想定する同施策において、課題の一つとして掲げられたのがモバイルバッテリーの回収率向上だった。

EUが掲げる目標とメーカに求められる対応

EUが目標として掲げるのは、2023年末までに45%、2025年末までに65%、2030年末までに70%という回収率の実現。単純比較は難しいが、リサイクル先進国である日本のスマートフォン回収率が現状でも20%弱に留まることを考えると、極めて野心的な目標設定であることは間違いない。その実現に向け、EUが注目したのは、ユーザーによるバッテリー交換が困難である現状だった。

スマートフォンのバッテリー交換は修理サービスに依頼することになるが、交換コストは決して安くなく、購入後数年経った端末であればバッテリー交換よりも機種変更を選ぶことも多い。旧端末の処分方法はいくつかあるが、セカンド機として継続して利用することも多いはずだ。

一方、携帯電話のようにユーザー自身によるバッテリー交換が可能であれば、バッテリーを交換してスマートフォンを使い続けるユーザーが増えると考えられる。今回の規制の前提にあるのは、それによりバッテリー回収率も向上するという観点だ。どこまで効果があるのか見えにくいが、スマートフォンの機能や利便性を犠牲にしても気候変動問題に取り組むという強い意思の表れであることは間違いない。

メーカー側の対応策は大きく二つに分けられる。一つは以前の携帯電話同様、特別な工具なしにバッテリー交換が行える機種の開発・拡充という方向性である。実は現在も、高耐久性を売りにしたタフネス端末や低価格帯の一部製品などには、バッテリーパック交換が可能な機種が存在する。もう一つはシーリングまで含めた専用ツールをEU域内に限り、無償で提供するという方向性だ。Appleは既に専用ツール無償提供による対応策を表明しているが、それが「容易に交換できる」と認められるか否かは現時点では不透明である。

いずれにせよ、ユーザーの選択肢が増えるという意味では歓迎したいところだが、残念ながら専用ツール提供が日本市場で実施される可能性は現状では限りなくゼロに近い。スマートフォンを含む通信機器の品質が「技適」マークによって保証される日本では、メーカーや特定の修理業者以外の分解・修理がそもそも想定外であることがその理由である。