国際宇宙ステーションへの乗員・物資の輸送を企業が担うなど、近年、宇宙開発の主体は国から民間に軸足を移そうとしている。この動きは、実はITビジネスも決して無縁ではない。あらためて宇宙という新市場の意義を整理してみたい。
急成長する宇宙ビジネス市場
今年4月、アメリカの人気歌手、ケイティ・ペリーを含む6名の女性クルーが宇宙飛行を成功させたというニュースが世界を駆け巡った。女性クルーだけの宇宙旅行は、1963年に女性として初めて宇宙に到達した旧ソビエトの宇宙飛行士、ワレンチナ・テレシコワ以来の偉業だ。だが、半世紀以上昔とはその意味は大きく異なる。
彼女たちが搭乗したのは、ジェフ・ベソスが設立した航空宇宙企業ブルーオリジンが開発した再利用可能な有人宇宙船ニューシェパード。数分間の無重力体験を含む宇宙飛行は自律的に行われ、搭乗者は宇宙船モックアップによる数日間のトレーニングを経て、まさに宇宙に送り出される。費用は7000万円程度といわれるが、宇宙旅行という希少性もありそのシートは数年先まで予約で埋まる状況だという。
ブルーオリジンと競合するのが、英国のビリオネラー、リチャード・ブランソンのヴァージン・ギャラクティック。ご存じの通り、イーロン・マスクのスペースXは衛星インターネットアクセス(Starlink)や宇宙輸送ビジネスを展開し、日本では堀江 貴文氏が低価格・コンパクトなロケット開発に取り組む。世界のビリオネアが宇宙に目を向けるのは、当然理由がある。宇宙は魅力的な市場なのだ。
2023年の宇宙ビジネスの市場規模は約60兆円。これは半導体市場に匹敵する数字だ。ある調査では、10年後には200兆円に達すると分析する。
急速な成長を支えるキーワードとして挙げられるのが、「宇宙インターネット」「宇宙ビッグデータ」の二つだ。SpaceXは5000機の衛星を打ち上げ、すでに利益を上げているが、そこにはアメリカならではの事情がある。農業国でもあるアメリカでは、広大な農地をロボットが自律的に耕作するというビジネスモデルが一般化している。自動化により自由な時間を確保した農場主の娯楽の一つがNetflixなどのストリーミングサービスだが、これまで光回線によるブロードバンドには高額な費用が必要だった。この課題を解決したのが宇宙インターネットで、その先には30億人といわれるインターネット接続が困難な地域の市場が広がる。
日本国内ではこの4月、auがStarlink衛星を直接スマートフォンと接続するサービスの本格スタートを発表した。現時点ではテキストメッセージ送受信程度に限られるが、音声・データ通信にも順次対応する予定という。国内キャリアで宇宙インターネットの恩恵を最も大きく受けるのが、最後発の楽天モバイルであることは間違いない。同社はASTスペースモバイル(米国)と協業し、音声や動画を含む衛星と携帯の直接通信を2026年内に提供することを目指すことを発表している。
一方、衛星が搭載する各種センサは、広範囲の作物の生育状況や森林や河川の状況、交通量などの把握を可能にするが、それと各種データを組み合わせることで地球規模の新たなデータ基盤が誕生することになる。それが宇宙ビッグデータである。
用途としてまず挙げられるのが、防災や免災、災害復旧における活用である。例えば、斜面の変化をセンシングすることで地滑りなどの土砂災害リスクの正確な把握が可能になる。もちろん都市開発が環境モニタリングにも生かされるだろう。また道路の混雑状況の可視化は、最適な物流ルート選びにも生かされるはずだ。

将来的には宇宙旅行も期待される
ここまで未来形で紹介してきたが、実は宇宙ビッグデータには普及が進んでいると見られる領域が一つある。宇宙からの視点は、これまでベールに包まれてきた情報へのアクセスを可能にする。高精度の衛星画像を提供するサービスをすれば、工場へのトラックの出入りや、自動車メーカーであればプールされた在庫を確認することで競合メーカーの稼働状況を手に取るように知ることも可能だ。公式に発表されることは今後もないはずだが、グローバル企業の多くでは、衛星画像に基づく市場予測はすでに一般化しているとみられる。
冒頭で触れた宇宙旅行も成長が期待される領域の一つだ。宇宙旅行はかつての海外旅行にたとえられることも多い。1960年代、JALパックのハワイ旅行の費用は現在の物価で400万円、ヨーロッパ旅行は700万円に相当した。海外旅行のような普及プロセスをたどることで、将来的には、宇宙旅行が一般庶民にも手に届くものになることも十分に考えられるだろう。また観光の観点では、宇宙港を中核とし、高級ホテル、アミューズメント施設などを併設する不動産開発プロジェクトが各地で立ち上がっている点にも注目したい。
かつて宇宙ビジネスに関わることができるのは、航空宇宙分野に限られていた。今日、その可能性は、システム開発から不動産開発に至る幅広い領域に広がっている。