PCやスマートフォンで作成された電子データの遺言書を、法的に有効なものとして認める「保管証書遺言制度」。6月17日、「デジタル遺言制度」とも言われるこの新しい制度の導入を盛り込んだ改正民法が国会で可決、成立した。そこで、従来の遺言制度の課題を整理しながらデジタル遺言制度のポイントを整理してみた。
遺言書に生まれた第三の選択肢
遺産相続をめぐるトラブルは、2024年の1年間で家庭裁判所に持ち込まれたものだけでも15,379件(司法統計年報)。2024年の人口動態調査が発表した同年の死亡者の合計(1,605,298人)から単純計算すると、ほぼ死亡者100人に1件の割合で相続トラブルが発生していることになる。人口動態調査の「死亡者」には死産まで含まれるため、ある程度の資産を形成した世代に限って考えると、その割合はさらに高い。また、弁護士を立てて争うには至らなくても、遺産相続が兄弟姉妹の不信や不仲につながったというケースは相当数あるだろう。こうしたトラブルを防ぐうえで重要な意味を持つのが、遺産の分割内容を明記し、それに対する想いを相続人に伝える遺言書である。
遺言書の主な作成方法には、遺言者自身が自筆で書く「自筆証書遺言」と、公証人が遺言者から聞いた内容を文章にまとめて公正証書として作成する「公正証書遺言」の二つがある。作成に費用が掛からず、いつでも用意できる前者が手軽だが、遺言者が遺言の全文、日付、氏名を自分で手書きして押印する必要があるなど、労力を要することが利用が増えない一因とされてきた。健康状態次第では、自分の想いを相続人に伝えることが難しい人も多く、「認知症が進んでいる」「内容があいまい」「様式を満たしていない」などの理由で無効になることも少なくない。紛失や書き換えのリスクが避けらない点も短所である。一方の公正証書遺言には無効や紛失、書き換えの心配はないが、証人2人の立ち合いが必要になるなどの理由から普及が進んでいない。
こうした中、第三の選択肢として注目されるのが、PCやスマホで作成した「デジタル遺言書」の法的拘束力を認めるデジタル遺言制度である。認知症や知的障害などで判断能力が不十分な人を支援する「成年後見人制度」を見直す今回の改正民法によって、デジタル遺言書を法務局で保管する制度が新設され、デジタル化による利便性の向上を図るため、法律の公布(2026年6月24日)から3年以内の施行を目指す。
相続トラブル解消への期待
国会ではデジタル遺言書の真正性をいかに担保するかが重要な議論のポイントとなったが、遺言者本人が作成したデジタル遺言書にマイナンバーカードなどを用いた電子署名を付与するほか、偽造や強要、なりすましを防ぐために、法務局の遺言書保管官の面前(対面またはウェブ会議)で遺言者本人が全文を読み上げることを必須要件とし、本当に遺言を残す意思があるのかを確認。公的機関による保管などを組み合わせることによって紛失や改ざんのリスクを排除して真正性を担保する。デジタル遺言書は法務局で保管され、遺言者があらかじめ指定した人に遺言書の存在を通知することによって相続などの手続きを円滑化。押印は不要で、身分証の写しなどを使って本人確認を行う。相続開始後に行われていた家庭裁判所の「検認」も不要になる。
制度として引き続き維持されることになった従来の自筆証書遺言と公正証書遺言の中間に近い位置づけとなるデジタル遺言制度は、病気や障害によって口述ができない遺言者への救済措置として、通訳人による通訳や保管官の面前で自書(手書き)することによって遺言の内容を伝えることが認められている。今後は承認・保管された後の変更なども柔軟に行える仕組みも取り入れられる見通しだ。なお、自筆証書遺言は本人が全文と日付、氏名を手書きする要件は変わらないが、押印の要件は廃止。公正証書遺言についても、2025年10月から既にデジタル化(リモート式)が導入されており、公証役場へ出向くことなくPCとウェブ会議ツールを利用して、非対面で安全に遺言を作成することが可能だ。
あらかじめ用意された質問に答えていくことで要件を満たす遺言書が作成できる、デジタル遺言アプリは既に複数登場しており、今後は遺言書作成からビデオ通話による法的承認、変更手続きなどを一気通貫でカバーする新たなサービスも登場すると見られる。75歳以上の高齢者の中でも現役時代にPCを扱った経験を持つ人が既に多くを占めており、スマホも暮らしに欠かせないものになっている中、遺言書作成のハードルを下げるデジタル遺言制度は、増え続ける相続トラブル解消に大きな役割を果たすことが期待される。