NPUの概要

最近のCPU業界の話題といえば、なんといっててもNPUの搭載であろう。NPUとは、Neural Processing Unitの略で、AI処理でよく用いられる演算を高速に処理するための専用プロセッサである。以前から、PCI Expressボードなどの形で、AI処理を加速するNPU搭載アクセラレーターボードなどは存在したが、生成AIを代表とするAIが急速に広まったことで、CPUにNPUを統合する動きが加速している。PC用CPUで初めてNPUを搭載したのは、2023年1月に発表されたAMDのノートPC向けCPU「Ryzen 7040シリーズ」であり、Ryzen AIと呼ばれるNPUが搭載されているが、その性能は10TOPSである。TOPSとは、Tera Operations per Secondの略で、1秒間に何兆回の演算を実行できるかということを示す単位だ。10TOPSなら、1秒間に10兆回の演算を実行できることになる。1秒間に10兆回というと、とても高性能に思われるかも知れないが、単体GPUと比べると10TOPSは大したことがない数値である。例えばNVIDIAのGeForce RTX 4070に搭載されているAI専用演算器「Tensorコア」の演算性能は233TOPSであり、Ryzen 7040シリーズの23倍以上となる。

AMDの次にPC向けCPUにNPUを搭載したのは、Qualcommである。Qualcommは、2023年10月にノートPC向けCPU「Snapdragon X Elite」を発表した。Snapdragon X Eliteには、45TOPSという高い性能を実現したNPU「Hexagon NPU」が搭載されており、発表時点ではPC向けCPUとして最高のNPU性能を誇っていた。Qualcommは、2024年4月に廉価版の「Snapdragon X Plus」を発表したが、こちらもNPUの演算性能は45TOPSで変わっていない。

AMDも2023年12月にRyzen 7040シリーズの後継となる「Ryzen 8040シリーズ」を発表、2024年1月にはデスクトップPC向けCPU「Ryzen 8000Gシリーズ」を発表し、搭載しているNPUの演算性能が16TOPSへと向上したが、Snapdragon X Elite/Plusに比べると3分の1近くの性能しかなかった。

AMDとQualcommに続いて、PC用CPUの最大手であるインテルも、2023年12月に開発コードネームMeteor Lakeと呼ばれていた「Core Ultraプロセッサー」を発表した。Core Ultraプロセッサーは、インテル製CPUとして初のNPU搭載CPUであるが、NPUの演算性能は11.5TOPSであり、Snapdragon X Elite/Plusはおろか、AMDのRyzen 8040/8000Gにも及ばないものであった。

ただし、2024年4月までは、PCにNPUが搭載されていてもNPUを使えるアプリケーションはごくわずかしかなく、NPU性能がPCを選ぶ際に重視すべき要素とはいえなかった。
しかし、2024年5月にマイクロソフトが「Copilot+ PC」と名付けたWindows PCのカテゴリーを発表したことで、その状況も一挙に変わった。Copliotとは、マイクロソフトのAI技術の総称であり、Windows 10/11にもCopilotが搭載されている。Copilot+ PCでは、ユーザーがPC上で見たものを過去に遡って検索できる「Recall」(提供が延期されて2024年10月からの予定)、ペイントアプリで利用できる画像生成AI「Cocreator」、日本語をはじめとした多言語に対応した字幕を自動生成する「Live Captions」、AIを活用したビデオ通話エフェクト「Windows Studio Effect」などのAI機能を利用することができるのだが、Copilot+ PCの要件として、40TOPS以上の性能を持つNPUの搭載が要求されているのだ。上記のAI機能は通常のWindows PCでは利用できず、Copilot+ PCのみ利用可能なプレミアムな機能となっている。

開発コードネームLunar Lakeと呼ばれていた 「Core Ultraプロセッサー シリーズ2」のダイ

今後はNPU演算性能が重要になる

しかし、Copilot+ PC発表時点で40TOPS以上の性能を持つNPUを搭載したCPUは、Snapdragon X Elite/Plusのみしか存在せず、Copilot+ PCとして発表された製品は、すべてSnapdragon X Elite/Plusを搭載していた。AMDやインテルも、Copilot+ PCの要件である演算性能が40TOPS以上のNPUを搭載したCPUをリリースすることが急務となったわけだ。AMDは、2024年6月に開発コードネームStrix Pointと呼ばれていたノートPC向けCPU「Ryzen AI 300シリーズ」を発表した。Ryzen AI 300シリーズは、AMDのNPU搭載CPUとして第3世代にあたる製品で、NPUの演算性能は50TOPSと、従来の3倍以上に向上している。もちろん、Copilot+ PCの要件を満たしており、Ryzen AI 300搭載Copilot+ PCが各社から発表されている。

インテルもAMDの発表からは少し遅れたが、2024年9月に開発コードネームLunar Lakeと呼ばれていた「Core Ultraプロセッサー シリーズ2」を発表した。Core Ultraプロセッサー シリーズ2では、搭載NPUの性能が48TOPS(下位モデルは40TOPS)に向上しており、やはりCopilot+ PCの要件を満たすようになった。ようやくインテル製CPUを搭載したCopilot+ PCが世の中に登場することになったのだ。ただし、AMDやインテルのCPUを搭載したCopilot+ PCが、Copilot+ PCならではのAI機能を利用するには、2024年11月に予定されているWindows 11のアップデートを待たねばならない。現時点では、Copilot+ PCは、プレミアムなPCとして位置づけられているが、Qualcommは2024年9月にNPU性能を下げずに値段を下げた8コアの「Snapdragon X Plus 8-core」を発表しており、今後はCopilot+ PCがメインストリームになっていくことが予想される。現時点でのQualcomm、AMD、インテルの最新製品のNPU性能はそれぞれ45TOPS、50TOPS、48TOPSであり、ほぼ横並びといえるだろう。40TOPS以上の性能を持ったNPUを搭載していれば、クラウド上で処理を行うのでなく、PCローカルでも十分AIの推論を行うことができるようになるため、AI処理の高速化が可能になる。今後はPCを選ぶ際に、搭載CPUのNPU演算性能をチェックすることが重要になってくるだろう。