モバイルバッテリーの新たな競争軸は「安全性」
現代社会はバッテリーなしには成り立たない。その中心にあるのがリチウムイオン電池であり、小型・軽量で大量の電気を蓄えられ、繰り返し充電できるという特性がモバイル機器の普及を支えてきた。しかし、近年は駅や電車、航空機などでリチウムイオン電池を搭載したモバイルバッテリーが発煙・発火したという事故が急増しており、「燃えにくい電池」に関心が高まっている。
現在広く使われているリチウムイオン電池は、正極と負極の間をリチウムイオンが移動することで充放電を行い、その移動経路となる「電解質」には、有機溶媒を使った液体電解質が使われている。問題は、この有機溶媒に可燃性があることだ。正常に利用している限り電解質が燃えることはないが、強い衝撃や経年劣化などによって正極と負極がショートすると、大きな電流が流れて急激に温度が上昇することがある。さらに高温になると材料が分解して反応が加速する「熱暴走」が起こり、発煙や発火の一因となる。もちろん、製品には保護回路が搭載されているが、電池セル自体が破損した場合など、電子回路による制御だけでは防げないケースもある。
そこで、「電池そのものを燃えにくくする」という方向で進む技術開発の現実解の一つが、「半固体電池」「準固体電池」である。液体ではなく、ゲル状やペースト状などの電解質を利用する半固体電池は、従来型のリチウムイオン電池と全固体電池の中間に位置する技術で、可燃性の液体成分を減らせることがメリット。2026年には複数のメーカーから半固体・準固体電池採用のモバイルバッテリーが登場し、「容量」「出力」「薄さ」に加えて「安全性」が新たな競争軸になりつつある。しかし、「半固体電池なら絶対に燃えない」とは言い切れない。半固体電池は液体成分を完全になくしたわけではないため、強い衝撃を加えない、高温の車内に放置しない、膨張した製品を使用し続けない、といった基本的な注意は必要だ。
従来型のリチウムイオン電池も進化を続けている。その代表例が中国BYDの「ブレードバッテリー」であり、正極材料としてLFP(リン酸鉄リチウム)を使ったリチウムイオン電池が採用されている。LFPはニッケル、マンガン、コバルトなどを使うNMC系に比べて熱安定性が高く、長寿命であることが特長だ。2026年3月に発表された「第2世代ブレードバッテリー」は、正極、電解液、負極それぞれでリチウムイオンが移動しやすい構造を作ることで内部抵抗を低減し、さらに高速な充電を実現。急速充電と釘刺し試験を同時に行う安全試験なども実施し、熱暴走や発火が生じなかったとしている。
「全固体電池」の可能性
一方、電池の基本構造そのものを変革しようとしているのが「全固体電池」だ。名前のとおり液体電解質を固体電解質に置き換えることが最大の違いであり、可燃性の有機溶媒を使わずに済むため、安全性が飛躍的に向上。高温環境でも利用できる可能性があり、材料の組み合わせ次第ではエネルギー密度や出力を高められる。EVにとってエネルギー密度の向上は特に重要であり、同じ重量の電池でより多くの電気を蓄えられれば航続距離が伸び、同じ航続距離ならバッテリーを小型・軽量化できる。充電時間を大幅に短縮できれば、「EVは充電に時間がかかる」という弱点も払拭される。
ただし、液体なら電極表面の細かな凹凸にも入り込めるが、固体同士では隙間ができやすいため、正極、負極、固体電解質を密着させ、リチウムイオンがスムーズに移動できる界面を安定かつ大量に生産することは難しい。EV向けで有力視される硫化物系固体電解質はイオンをとおしやすい一方、水分に敏感で、製造時には厳しい湿度管理が求められて製造コスト増大の要因にもなる。
こうして現在、競争の中心は「全固体電池を作れるか」から「高品質な全固体電池を安価に大量生産できるか」に移り、実用化への距離は明らかに縮まっている。先頭グループの一つであるトヨタは、出光興産と硫化物固体電解質の量産技術やサプライチェーン構築を進め、2027~2028年の全固体電池搭載BEV(100%電気自動車)の実用化を目指している。日産自動車やホンダも全固体電池のパイロットラインの建設・整備に着手し、自社開発した全固体電池搭載EVを市場投入する目標を掲げている。海外では、サムスンSDIが2027年から全固体電池の量産を開始する計画だ。
2027~2028年は全固体電池にとって大きな節目になりそうだが、いきなり全てのEVに全固体電池が搭載されるわけではなく、高価格帯や全固体電池のメリットを生かしやすい車種から採用される可能性が高い。経済産業省の資料でも、2030年以降に向けて低コスト化と採用車種の拡大を進め、本格普及につなげる道筋が示されている。
今後のバッテリー市場を考える際に重要なのは、1種類の電池が全てを置き換えるとは限らないということだ。小型モバイル機器では、従来型リチウムイオン電池が引き続き重要であり、安全性や寿命を重視するモバイルバッテリーでは半固体電池やナトリウムイオン電池といった選択肢も広がっている。EVでも、低価格車ではコストと耐久性に優れるLFP、高性能車では高エネルギー密度の電池、将来的には急速充電や軽量化を武器とする全固体電池と、用途に応じて使い分けが進む可能性が高い。