電子契約のイメージ写真

新型コロナウイルスの感染拡大が日本社会のあり方に大きな影響を与えるなか、令和2年9月16日に菅内閣が発足した。菅総理は、所信表明演説において「行政への申請などにおける押印は、テレワークの妨げになることから原則すべて廃止する」と発言した。印鑑レスの急速な推進により、オフィスの課題の一つだったオフィスのペーパーレス化を実現させようとしている。そこで印鑑レスの代替となる電子契約システムの仕組みについて確認しておきたい。

コロナ禍を受けて大きな一歩を踏み出した電子契約

オフィスのペーパーレスが推進される中、印鑑レスに大きくかじが切られようとしている。きっかけはコロナ禍だった。リモートワークが中心となる業務では、社判を押印するためだけに出社するのは、確かにムダが多い。またコロナ禍を経て、 クロージングまでリモートで行う営業スタイルが一般化したこともその背景にはある。

ビジネスにおける意識変化とともに菅政権の行政デジタル化の取り組みにも注目する必要がある。10月26日、総理は所信表明演説において「行政への申請などにおける押印は、テレワークの妨げになることから原則すべて廃止する」と発言した。

行政手続きの押印廃止は、社会全体の印鑑レスへの移行促進とともに、行政の効率化、スリム化という狙いもある。今日、行政文書はPCで起草され、決裁手続きも含め部局内ではほぼペーパーレス化が実現している。だが部局間の連絡は、今もなお紙と印鑑によるやり取りが前提というのが実情だ。スピードが求められる新型コロナ感染症のPCR検査結果の共有に、FAXが使われていたことはその一例である。

印鑑を押す白黒イメージ写真

こうした状況を受け、菅首相は押印廃止や行政手続きの書面・対面主義の見直しに向けた方針を速やかに策定するよう指示し、来年1月召集の通常国会に関連法案が提出される見通しだ。

では電子契約では文書や作成者の真正性はどのように担保されるのか。その 仕組みを提供するのが普及の進む電子契約システムである。その仕組みについて確認しておきたい。

「誰が」「何を」「いつ」を証明する電子契約システム

電子契約は紙文書ではなく、PDF契約書などの電子データを合意の証拠とみなす契約の総称だ。日本では2001年の電子署名法の施行によりその法的基盤が整備されている。

電子契約において大きな課題になるのが、紙文書と異なり書き換えが容易という電子データのぜい弱性 である。この課題を克服し、電子データに紙文書に準じる法的効力を持たせるうえでは 「誰が」「何を」「いつ」作成したかを証明する仕組みが不可欠になる。電子契約システムとは、それらを実現するクラウドをベースにした仕組みといえる。

「何を」「いつ」作成したかの証明には、特定の電子データがある時刻に存在し、それ以降変更がないことを証明するタイムスタンプと呼ばれる技術が用いられる。具体的には、TSA(時刻認証局)が電子データのハッシュ値と時刻情報を結合したタイムスタンプトークンを生成し、トークンと電子データを比較することでスタンプが付された時刻からの変更・改ざんがないことを確実に証明することがその基本的な考え方になる。なおTSA事業者は複数の事業者が登録されているが、その役割に違いはない。

一方「誰が」「何を」作成したかを証明するのが、印鑑に代わり、本人性を担保する仕組みである。その方法は二つある。一つはメール認証とシステムログによって本人性を担保する「電子サイン」(立ち合い型)と呼ばれる方法 だ。当事者のメールアドレスにサイトのリンクを含むメールを送信し、本人性を担保するこの方法は、システム内で手続きが完結するため利用しやすい方法といえる。

もう一つが、通信セキュリティを保証するために用いられることも多い 電子証明書を使った「電子署名」(当事者型)と呼ばれる方法 である。第三者機関であるパブリック認証局が発行する証明書によって法的効力が高まることが特長だ。そのプロセスは以下のようになる。

パブリック認証局の証明書発行プロセス

  • 送信者が電子証明書の発行申請を認証局に対して行う。
  • 認証局が電子証明書を発行。
  • 送信者は平文の契約書と電子証明書(公開鍵)を添付して受信者に送信。
  • 受信者は認証局に証明書の有効性を確認。公開鍵を使い暗号文を復号。平文の署名と照らし合わせ署名の有効性を確認する。

電子サインと電子署名の違いは、紙の契約書における認め印と実印の違い に相当する。実印は、市区町村に印鑑登録を行うことでその真正性が担保されるが、電子署名において市区町村に対応するのがパブリック認証局になる。

ちなみに一般的な販売契約や業務委託・請負契約などの場合、法的には電子サインでも十分な効力を備える。電子契約において電子署名が必須とされるのは、不動産売買など一部の契約に限られる。

また賃貸アパートの更新手続きや派遣契約など、個人を当事者とする契約において、数千~数万円の証明書発行コストが必要とされることも多い電子署名を利用することは現実的な選択肢ではない。電子サインと電子署名は用途に応じて使い分ける必要がある。

本人性担保の二つの方法
電子契約時の本人性担保の二つの方法の図

紙の契約書が流用可能。契約業務は劇的に省力化

サービスがクラウドで完結することもあり、多くの電子契約システムが登場している。それぞれの特色を把握するうえで重要な要素の一つが、本人性担保の方法になる。その方法としては、電子サインのみを提供するするシステムから複数のパブリック認証局の電子署名に対応するシステムまで多様だ。また電子契約システムは、 契約書テンプレートや承認ワークフロー、原本管理、基幹システムとの連携などの機能を備える ことが一般的だ。

では、電子契約はどのように行われるのだろうか。世界的に普及するAdobe Signの電子サインを例に具体的な運用の流れを見ていこう。

電子署名の仕組み
電子署名の仕組み図

契約書発行の手続きは、契約書のPDFファイルをサイトにアップロードすることから始まる。電子契約には紙ベースの契約書をそのまま流用できるが、署名フィールドの設定が必須になる。その設定はドラッグアンドドロップで簡単に行える。自分の署名フィールドに署名し、クリックで確定すると契約の相手に案内が自動的に送信される。起草者側の手続きは基本的にこれで終了である。あとは契約相手による署名を待つだけだ。

もう一方の契約者は受け取ったメールに記載されたリンクをクリックし、サイト上の契約書を確認したうえで署名フィールドに署名を行う。署名を行うと契約手続きが完了したことが双方に通知され、クラウド上に契約書が保存される。

従来の対面や郵送による契約手続きに比べると、大幅な省力化が実現する ことは間違いない。電子契約システム提案においてまず注目したいのが、 日々多くの契約手続きが発生する業界や業務になる。

その一例が人材派遣業である。スタッフを1人派遣する都度、派遣先企業とスタッフの双方と契約を結ぶ人材派遣業では、日々膨大な契約業務に追われることが一般的だ。紙ベースで契約を取り交わす場合、契約書を返信用の封筒とともに郵送することになることを考えれば、その手間と通信コストが不要になる電子契約システムのメリットが理解できるはずだ。

また不動産管理分野でも電子契約システムは大きな成果を挙げている。関東地方の賃貸物件管理に特化したある企業は、これまで賃貸契約更新時に契約書を返信用封筒とともに郵送し、手続きを行ってきた。だがこのやり方には、手間やコストに加え、更新手続きが停滞し、なかなか手続きが完了しないという課題があった。居住者のスマートフォンを使った電子契約に移行することで、スムーズな契約更新手続きを実現している。

Adobe Signによる電子サインの例
Adobe Signによる電子サインの例の図
電子契約では署名により自動的にタイムスタンプが付与された文書をクラウド上で契約相手と共有する。

同様に、金融機関において住宅ローンなどのB to Cの契約業務に電子契約システムを活用する事例にも注目したい。契約書類の郵送によるやり取りの電子化は、契約業務の省力化や通信コスト削減に加え、印鑑登録が不要になるなど、顧客負担の軽減にもつながっている という。電子契約システム提案においてまず注目すべきは、人材派遣業や金融、不動産業のB to C部門など、契約業務の煩雑化という課題を抱えるエンドユーザー様であることは間違いない。だが中長期的な観点では、業種・業態を問わず電子契約の普及が進むこともまた確かである。