フェーズ1では現実を補完するサービスが伸長。製造業のデジタルツインはすでに実用化段階に

メタバース普及の道筋はいまだ不透明な部分も多いが、市場成熟に至る過程では多様な商機が生まれるとみられている。ここからは現時点のメタバース利用状況を業種別に俯瞰していきたい。

現実の補完を目的に普及が進むメタバース

フェーズ1、2段階では、現実空間の補完という観点からメタバース利用が進むことが予想されている。その代表例が、製造業の世界で普及が急速に進むデジタルツインである。デジタルツインはIoTセンサー等で収集したデータに基づき、仮想空間上に現実を再現する技術を指す。それにより、製造ラインを稼働した状態で最適化の実証テストを行ったり、異変の兆候をリモートで監視することが可能になる。その参考になるのは産業用ロボット市場をリードする川崎重工の取り組みで、製造ラインで稼働する産業用ロボットのツイン=双子をメタバース空間に再現し、状況を現場と遠隔地のエンジニアが共有することで、故障発生時の迅速な復旧や予兆保全への活用が進んでいる。

製造業の分野ではデジタルツインの取り組みが進む(写真は川崎重工)

デジタルツインの活用例は製造現場だけではない。自動車メーカーの事例では実車によるテストが困難な自動運転技術の安全性検証やより現実に即したAIトレーニングへの活用がすでに進んでいる。
簡単なデジタルツインとしては、不動産物件の3Dデジタル化ソリューションがある。360度カメラで撮影したデータにもとづき自動作成された物件の3Dモデルと没入感のある3DウォークスルーをSaaSとして提供するサービスは、分譲マンションや高級物件仲介などで既に国内でも普及が進んでいる。都内の高級不動産物件仲介を手掛ける導入企業によると、3Dモデルを自社Webサイトに掲載することで取引は驚くほどスムーズに行えるようになり、海外からの問い合わせも増加したという。
より身近なメタバースとして注目したいのが、冒頭でも触れたオフィス空間のメタバース化という方向性だ。この10月にはMetaが提供するHorizon WorkroomsとMicrosoft Teamsの相互乗り入れも発表され、今後本格的な普及が進むことが期待されている。

メタバースを教育研修や展示会場として活用する取り組みも進んでいる。展示会をリモート化した事例は数多いが、会場を回遊してビジネスのシーズを発見したり、旧知の知人と偶然再会したりというリアル展示会の魅力の再現は困難だった。それに対し、アバターを介したメタバース展示会では、会場を回遊し、旧知の知人と再会することも可能だ。
リアルの補完という観点では、観光業界のメタバース活用にも注目する必要があるだろう。例えば、JR東日本が行う秋葉原駅と周囲の町をバーチャル空間として再現した「Virtual AKIBA World」である。その特長はPC、スマートフォンからアバターでアクセスでき、ユーザー同士のコミュニケーションスペースとして「オフ会ルーム」を実装する点で、コンテンツ集積地としての秋葉原の魅力にリンクした仮想空間の構築を目指している。観光への活用では、国土交通省が推進する3D都市モデルのオープンデータ化プロジェクト「Project PLATEAU」にも注目したい。都市空間のデジタルツイン構築を目的としたプロジェクトのデータを活用することで、現実と仮想空間をわずか数センチの誤差で重ね合わせることが可能になる。すでにMRヘッドセットを介して現実空間の景色の中で、仮想空間の知人とバーチャルでコミュニケーションをとる実証実験も行われている。

山手線31番目の駅として登場した「Virtual AKIBA World」

小売・アパレル業界の取り組みで注目したいのが、体験型バーチャル店舗という方向性だ。近年アパレル分野では、ECの普及を受けて、その利便性を追求する一方で、リアル店舗を顧客との多様なコミュニケーションの場と位置づけている。実店舗とECサイトとの連動による販売拡大に取り組む事例が目立ち始めているのだ。ファッションだけではなく、趣味やライフステージなどライフスタイル全般に関する顧客と店舗スタッフのコミュニケーションを通し、顧客を囲い込み、ECサイトでの購買も含めた顧客管理を行うというのがその基本的な考え方だ。
こうした施策推進において、実店舗とECサイトの中間に生まれる新たな顧客体験の場はきわめて魅力的だ。ラルフローレン、グッチなど有名ブランドのほか、国内でも百貨店や有力セレクトショップがメタバース活用に積極的に取り組んでいる。

Facebookに投稿されたザッカーバーグのアバター。
そのクオリティが大きな話題になった

アバターが実現する交流の新たな可能性

教育や行政サービスもメタバースとの親和性が高い領域だ。教育分野で注目したいのが、遠隔・リモート教育における教師と生徒との対話回路の確保やマンツーマン教育の実現という観点だ。角川ドワンゴ学園の場合、隈研吾建築都市設計事務所が手掛けたメタバース校舎でのアバターを前提とした授業を2021年春から実施している。

角川ドワンゴ学園では教育へのメタバース活用が進む

教育分野におけるメタバース活用のメリットはリモート教育だけではない。まず挙げられるのは教育コンテンツ開発における可能性だ。ミクロ化したアバターの視点から、分子模型や分子結合の様子を観察するという活用例がその一例である。もう一つが、生徒が抱えるリアルでは相談しにくい問題への対応である。アバターを介したコミュニケーションには、いじめなどセンシティブな事柄に関する相談のハードルを下げることが期待できるからだ。
同様に医療・ヘルスケアや行政サービスの分野も活用が期待できる分野である。例えば遠隔医療では、患者の前に複数台のセンサーカメラを設置し、医師がVRゴーグルを通して問診を行うなどの取り組みがすでにスタートしている。また教育分野同様、アバターを介したコミュニケーションは医療や行政サービスにおけるセンシティブな事柄の相談ハードルを大きく下げることが期待されている。

パートナー様の商機としては、フェーズ1、2段階では、VRヘッドセットやPC、ワークステーションといった物販はもちろん、6Gを見据えた通信回線の提供がある。ソフトウェアの分野では、プラットフォームの開発というよりは、コンテンツへの関与、例えば、広告媒体の取り扱いや、不動産業のようなスペースの取り扱いにチャンスがありそうだ。普及が進んだフェーズ3では、導入支援として、物販、エデュケーション、サポートといったサービスパッケージが予想できる。意外なところでは「3D酔い」などへのケア・サポートなどもビジネスとして成立するかもしれない。変化をチャンスに変えるためにも、最新情報の収集とテスト導入などの準備は行っておきたいところだ。

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