AIの急速な進化を受け、その利活用を巡る議論が過熱している。その内容をひもとくと「労働倫理を巡る議論」「個人情報の保護や反独占といった議論」「商業利用する際の著作権を巡る問題」といったカテゴリーに分類される。既に提供されている具体的なサービスの検証をもとに「AIはオフィスワーカーの福音か? それとも競合相手なのか?」を本特集で探ってみた。

AIはオフィスワーカーの福音か?それとも競合相手なのか?

ChatGPTの登場は、オフィスワークに大きな影響を及ぼしつつある。この3月に発表されたMicrosoft 365 Copilotは、この流れを促進する存在になることは間違いない。オフィスワークにおけるAIの課題を考えるとともにMicrosoft 365 Copilotの特長を整理した。

AI導入の課題は大きく三つ著作権の問題もその一つ

ChatGPTに代表される大規模言語モデル(Large Language Models:LLM)の急速な進化を受け、その利活用を巡る議論が過熱している。社会の行く末を占う意味でも、その要点は大きく三つに分けられる。一つは、いわゆる労働倫理を巡る議論である。「AIは人間の仕事を奪う」「従業員の成長を妨げる」「クリエーターの権利を侵害する」、あるいは「しれっとウソをつくようなAIに、人間の仕事を任せていいのか」という問いがそれだ。教育現場が直面する、レポート作成の下調べにおいてLLM利用を認めるか否かという課題もそのバリエーションの一つといえる。

次に個人情報の保護や反独占といった観点に基づく議論である。LLMへの質問に含まれる個人情報や機密情報の漏えいの懸念はその一例だ。またグローバルテック企業が管理するSNS投稿や消費行動データをAIが分析することで、個人情報がこれまでにない精度で浮き彫りにされることへの懸念もここに含まれる。特に欧州では、こうした観点の懸念が根強いようだ。

最後に、テクニカルな領域に一歩踏み込んだ議論である。AIが生成した画像を商業利用する際の著作権を巡る問題はその一例だ。画像生成AIによる画像に著作権は存在するという建付けになっているが、それが既存作品に酷似していたらどうだろう。「気付かなかった」では済まないことは間違いないが、ではどうすればこうした問題は回避できるのだろうか。

LLM利用についても課題は少なくない。まず挙げられるのは、事実に基づかなかったり、公序良俗に反する文章や表現をいかに回避するかという問題だ。さらにいえば、ポリティカル・コレクトネス(政治的妥当性)への対応も重要な課題になる。LLM導入は文書作成を大幅に省力化する一方、これまで以上にセンシティブな業務管理が求められることになるだろう。

アプリからの質問(プロンプト)に応じ、Microsoft Graphで組織内データを参照。強化されたプロンプトをLLM(GPT-4)に送信することで、ビジネスに対応した精度の高い応答を実現する。

テクニカルな領域における解決策として注目したいのが、AIをオフィスワークに最適化するという方向性だ。既に複数のベンダーがオフィスワークに最適化したAI活用を発表している。その中で特に注目されるのが、マイクロソフトが今年3月に発表した、GPT-4とMicrosoft 365の諸機能を融合する「Microsoft 365 Copilot」だ。そのポイントの一つは、WordやExcelなどのアプリ上で実行される自然言語による質問(プロンプト)をMicrosoft Graphと名付けられたプロセスを経由してGPT-4に投げかけることで、プロンプトを強化する点にある。Microsoft GraphがMicrosoft 365内の関連するデータを参照することで、より業務に即した回答を得ることが可能になる。オフィスワークへのAI活用を考えるうえで、Microsoft 365 Copilotが重要なベンチマークになることは間違いない。次にそのアウトラインを整理しておこう。

Officeソフトを基盤としてAIによる支援機能を実装

2023年3月時点でマイクロソフトは今後数カ月以内にWord、Excel、PowerPointをはじめとする全てのOfficeプロダクトにMicrosoft 365 Copilotを実装することを発表している。同時点で公表された各プロダクトの搭載機能は以下のようになる。

Copilot in Word: 文書作成、編集、要約、創作というLLMの基本機能に加え、専門的、情熱的、くだけた口調など文章のトーンを変えたり、主張したい部分を強調する機能を搭載してユーザーの推敲を支援。製品サイトでは「文書と表計算のデータをもとにプロジェクト提案書のたたき台を作って」という指示例が紹介されている。

複数資料に基づき提案書を作成

Copilot in Excel: データセットに関する質問を自然言語で行うとCopilotがモデルを生成。統計学やプログラミングの専門知識がなくても、データを可視化したり、相関を分析したりすることが可能になる。製品サイトでは、「種類別、チャネル別の売上高の内訳を出して。表も挿入して」「『変数の変化』 の影響を推定し、グラフを生成して視覚的にわかりやくして」「『変数』 の成長率の変化による粗利益率への影響をモデル化して」という指示例が紹介されている。

自然言語による指示でデータを可視化

Copilot in Outlook: 複数人との長いやり取りで複雑になったスレッドを要約したり、簡単な指示に基づき返信文を作成する機能を実装。Copilot in Word同様、メール文のトーンの調整や文字量の調整も可能になるようだ。製品サイトには以下の指示例が紹介されている。

「先週の外出中に確認できなかったメールをまとめて。重要なものにはフラグを立てて」
「相手へのお礼の返事と、二つ目と三つ目の指摘について詳細を尋ねる文章の下書きを作成して。この原稿を短くして、ビジネス調の文体にして」
「来週木曜日の正午に実施する、新製品の発売に関する『ランチと事前調整』に全員を招待して。ランチの用意があることも記載して」
Copilot in PowerPointは、アイデアを魅力的なプレゼンテーションに仕上げることを支援。Copilot in Teamsでは、Teams上の会議進行を効率化したり論点を整理する機能が実装される。音声の書き起こしを前提とした機能とみられるが、日本語へのローカライズも含め気になるところだ。

簡単な指示でメール返信文を作成

Microsoft 365 Copilotと同時発表されたBusiness Chatとの連携にも注目したい。Business Chatは、Microsoft 365内のユーザーデータ(カレンダー、メール、チャット、ドキュメント、会議、連絡先など)やアプリに横串を通す新たなアプリ。製品サイトによると、「私のチームに、製品戦略をどう更新したかを教えて」など、自然言語で指示を入力すると、会議の内容やメール、チャットのスレッドに基づいてCopilotが更新内容をまとめ、その情報をチームメンバーに提供する新サービスになる。これなどはまさにAIをチューニングすることが大きな意味を持つサービスといえる。

会議の論点をリアルタイムで要約

次に考えたいのが、AIはオフィスワーカーにとっての福音なのか、それとも仕事を奪う競合相手かという疑問だ。現時点ではMicrosoft 365 Copilotが提供する情報だけでは判断するのはあまりに心もとない。この問題を考えるうえでは、先行するAI活用ツールまで視野に入れた検討が必要だ。次節では、いち早く市場に投入されたツールの検証を通し、AIがオフィスワークに与える影響を考えてみたい。

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