新型コロナウイルス感染症が「5類」へと移行したことで、リモートワーク・ 在宅勤務からオフィスワークへと回帰する動きが出ている。原則出社の方針を打ち出す企業もあり、オフィス回帰への流れは今後、加速しそうな勢いだ。コロナ禍が始まる前、オフィスワークにおいて「働き方改革」というキーワードが注目されていた。その中に健康に配慮したオフィス家具なども含まれていた。今回の特集では、あらためてオフィスワークによる健康被害の危険性を考慮しながら、それを解消する製品について紹介する。

“座り過ぎ”でパフォーマンスも低下する健康を増進し、創造性をアップさせるオフィスとは?

座り過ぎの健康への影響が指摘されて久しい。デスクワークに立ち仕事を取り入れることは従業員の健康維持・増進だけでなく、特に創造的な領域でプラスの効果があることがわかり始めている。経済産業省が提唱する「健康経営オフィス」などを参考に、新たなオフィス像を考えてみたい。

世界に広がる、立って働く新たなワークスタイル

座る時間が1日11時間以上の人は、「4時間未満の人より死亡リスクが40%高まる」。この衝撃的なレポートがシドニー大学の研究チームによって発表されたのは2012年のことだ。
実は座り過ぎによる健康への悪影響はそれ以前から注目され、例えばイギリスでは2011年に座り過ぎのガイドラインが作成され、国を挙げた取り組みがいち早くスタートしている。さらにWHO「身体活動および座位行動に関するガイドライン」(2020年)では、6つの重要なメッセージの一つに座り過ぎの問題を掲げ、座りっぱなしの時間を減らすことを強く推奨するなど、この問題に対する関心は高まる一方だ。

GoogleやFacebookなどのシリコンバレーのIT企業やEricsson、VOLVOなどの北欧企業がいち早く取り入れた、立って仕事をするという働き方の背景にあるのもこうした座ることの弊害を解消したいという思いがある。
一方で国内に目を向けると、本社オフィス移転に合わせて立ち仕事にも対応する昇降式デスクを全面導入した楽天グループの事例などの一部の先進的取り組みを除くと、まだまだ意識醸成が進んでいないのが実情だ。しかし、今後多くの企業が直面する人材不足という問題を考えると、従業員の健康維持・増進が重要な経営課題になることは間違いない。では従業員の健康維持・増進に寄与するオフィスとは、いったいどのようなものなのだろうか。まずは、座り続けることが健康に悪いと考えられる理由から見ていきたい。

世界一長く座っているのは実は日本人だった

シドニー大学の研究チームが、45歳以上の男女22万人を対象に3年近く行った追跡調査の結果、導き出されたのは、座っている時間と死亡率の相関関係だった。簡単にいえば、座っている時間が長ければ長いほど、その人の余命は短かったのだ。その理由として考えられるのが、座り続けることによる代謝機能と血流の低下だ。
人間の身体の筋肉の約70%は下半身に集中する。下半身の筋肉は、立ったり、歩いたりすることで代謝が活発化するが、動かずにじっとしていると代謝は低下し、本来吸収されるはずの糖や中性脂肪が血液中に残ることになる。また、下半身の筋肉の中でも特にふくらはぎは第二の心臓とも呼ばれ、下肢まで降りた血液を心臓に押し戻すポンプとしての役割を担っているが、座りっぱなしではその役割がうまく果たせず、血流が滞る。

その結果、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞や糖尿病のリスクが高まり、それが死亡率を押し上げることにつながったと考えられる。
この研究結果と関連して注目したいのが、同じくシドニー大学の研究チームが2011年に実施した「世界20カ国における平日の総座位時間」に関する調査である。実は、同調査でサウジアラビアと並び、1日の中で座っている時間が420分(7時間)と最長だったのが日本人だった。最低はポルトガルの150分(3時間)/日で、世界20カ国の平均は300分(5時間)/日。つまり日本人は平均より2時間も多く座っていることになる。

世界20ヵ国の座位時間

近年の研究では、1日の総座位時間が8時間を超えると健康リスクが顕著になるという。「自分は営業職だから心配ない」という方も油断大敵だ。一日の総座位時間は、オフィスでイスに座っている時間だけでなく、営業先を行き来する運転中の時間や家でテレビを見ている時間も含まれるからだ。また加速度計を身体に装着して行った調査では、自己申告による総座位時間よりも実際のデータの方が長い傾向が顕著だったという。つまり、我々が座っている時間は、自分自身が考える以上に長いのだ。なお、学術的な意味の座位には座った状態だけでなく横になってテレビを見ているような状態も含まれる。

座位時間を短くするうえでは、個人レベルの取り組みも有効だ。以下にその例を挙げてみよう。
・通勤電車では椅子に座らない。
・近くの同僚と話をするときは、こちらから出向いて行う。
・電話への対応は立って行う。
・資料に目を通したり、アイデアを考える際は、タブレット等を活用して立って行う。
・細切れの休憩時間を設定し、その際は必ず自席から離れる。

だが個人の取り組みだけでは、その効果は限定的だ。組織的な取り組みにおいて、まず注目したいのが立ち机の活用である。例えば会議室のテーブルを立ち机に変えることで、会議時間を座位時間削減につなげることが可能になる。また、状況に応じて座り仕事と立ち仕事を選べる昇降式デスクの活用も効果的だ。

7つの観点から快適なオフィスを創造

では、健康維持・増進とパフォーマンス向上という二つの観点からオフィス環境を見直す際の注目ポイントはどこにあるのだろうか。ここでは経済産業省の「健康経営オフィスレポート」を基に、そのポイントを考えていきたい。

健康経営オフィスとは、健康を維持・増進する行動を誘発することで、働く人の心身の調和と活力の向上を図り、一人一人がパフォーマンスを最大限に発揮できる場を差す言葉。同レポートでは以下の7項目を従業員の健康を維持・増進する行動として位置づけている。
A.快適性を感じる
B.コミュニケーションする
C.休憩・気分転換する
D.体を動かす
E.適切な食行動をとる
F.清潔にする
G.健康意識を高める
これらの中で座っている時間を減らす取り組みがあてはまるのが「D.体を動かす」で、ここにはそのほか、ストレッチや体操を行なったり、デスクワークにバランスボールを活用するなどの取り組みが含まれる。

健康を保持・増進する7つの行動

では、これらの行動はそれぞれどのような効果につながるのか。それを整理したのが「健康経営オフィスの効果モデル」である。同モデルは経済産業省が「健康経営に貢献するオフィス環境の調査事業」として2万名以上(対象企業200社以上)のビジネスマンの働き方と健康問題に関する調査に基づき、それが心身の健康状態や活力、そして仕事のパフォーマンスとどのように結びつくのかを分析した結果をまとめたものだ。

「プレゼンティーズム」と「アブセンティーズム」は、WHO(世界保健機関)によって提唱された、健康問題に起因したパフォーマンスの損失を表す指標。プレゼンティーズムとは、欠勤には至っておらず勤怠管理上は表に出てこないが、健康問題が理由で生産性が低下している状態。アブセンティーズムは健康問題による仕事の欠勤(病欠)を意味する。

例えば「D.体を動かす」ことの健康維持・増進における効果は「運動器・感覚器障害の予防・改善」と「生活習慣病の予防・改善」の2点。その結果、プレゼンティーズムとアブセンティーズム双方の解消に貢献すると評価する。
また、7つの行動(働き方)の基盤となるオフィス環境整備のキーワードとして、同モデルでは「空間(家具・レイアウト・内装等)」「設備(照明・空調等)」「情報(ICT・インフラ等)」「運用(制度・ルール等)」の4項目を挙げている。

健康経営オフィスにおいて、各種ツールを活用したコミュニケーション促進やマインドセット構築が大きな意味を持つことは間違いない。それと共に注目したいのは、立ち机や昇降式デスクを利用して立った状態に導く「空間」や、目に優しい作業環境などの「設備」の見直しである。
これと関連して注目したいのが、近年注目が集まるVDT症候群への対応である。VDT症候群とは、ディスプレイを見ながら行うVDT(Visual Display Terminals)作業によって生じる、目や身体、心の不調の症状の総称。症状は、目の乾き(ドライアイ)や目の疲れ、かすみ、充血や肩こりや頭痛、不安感など多岐にわたる。VDT作業による目の使い過ぎを避けるうえでは、定期的な休憩のほか、作業スペースの明るさの調整も大きな意味を持つ。

厚生労働省の「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」では、机上の照度は300ルクス以上(食卓、洗面台、調理台などの作業に必要な明るさ)を目安とし、ディスプレイと書類を交互に見る作業では、明るさが著しく異ならないように推奨している。照明はまぶしく感じることのない物を選び、ディスプレイと書類やキーボードの明暗の差が小さくなるように、ディスプレイの輝度やコントラストの設定で調整することを推奨する。

健康経営オフィスの効果モデル

在宅勤務をはじめとするリモートワークから出社型オフィスワークへの回帰が進む中、複数の働き方を組み合わせたハイブリッドワークに着目する企業も多い。多様な働き方の併用を前提に、これからのオフィスのあり方を検討する際、従業員の健康維持・増進やパフォーマンス向上は重要なキーワードになることは間違いない。次ページからは、具体的な商材を紹介する。

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