半導体産業のエコシステムを確立したTSMC

半導体メーカーは現在、大きく以下の4パターンに分類できる。

■主にロジック半導体のシステム設計からレイアウト設計までを担うファブレス。クアルコム、エヌビディア、AMDなどの専業メーカーから米アップルをはじめ自社でチップを開発するGAFA、スタートアップまで多様な企業が存在する。
■設計図に沿って回路パターンをシリコンウエハ上に形成するファウンドリ。前工程とも呼ばれ、この部門の市場シェア60%超をTSMCが握っている。
■シリコンウエハからチップを切り出し、樹脂製パッケージに封入し、動作テストを行うアセンブリメーカー(OSAT)。後工程とも呼ばれ、労働集約型のビジネスモデルということもあり新興国に多い。
■設計、前工程、後工程を一気通貫で手掛ける垂直統合型。インテルやサムスン、日本のキオクシアなどがその代表。

半導体メーカーの分類

半導体は大きく、演算を目的としたロジック半導体と情報の記憶を目的としたメモリ半導体などに分けられる。そのうちロジック半導体については、近年のインテルのCPUに代表されるような垂直統合型に代わり、ファブレスとファウンドリ(前工程)、後工程の水平分業が主流になっている。こうしたファブレス&ファウンドリモデルの確立に大きな役割を果たしたのが、ファウンドリ世界シェアの6割を占めるTSMCだ。

1987年に台湾で設立されたTSMCの特色は、ファウンドリ専業というそれまでなかったビジネスモデルを選択し、設計、前工程、後工程の各プロセスの標準化を進めた点にある。世界標準のEDA(設計ツール)ベンダーと協力し、EDAにセルと名付けられた機能モジュールを搭載したことはその一例である。

スマートフォンの登場によりSoCの集積度が急速に向上し、技術的難易度が高まる中、半導体メーカーが設計したチップがシリコンウエハ上に構築でき、完全に動作するかどうかは極めて重要な問題だ。しかしセルライブラリからARMが提供するプロセッサなどの動作検証が済み、TSMCによる製造プロセスも確立されたセルを選択して設計することでこうした問題は解決できる。

さらに製造プロセスの標準化は、自社で生産ラインを持つ半導体メーカーが増産にファブレスを利用することを可能にした。TSMCはファブレス、ファウンドリ、後工程などから構成される一連のエコシステムの結節点としての位置付けを揺るぎないものにしている。

TSMCが構築したエコシステム

最新世代の半導体に限れば、シェアの9割をTSMCが握っているといわれる理由もそこにある。すでに触れた通り、TSMCはEUVによる半導体生産を2019年に開始しているが、それに先立ち2018年の1年間で約100万回のEUV露光テストを実施したといわれる。同時期に取り組みを開始したサムスンは、ロジック半導体製造ラインの制約からメモリ半導体の製造ラインをテストに利用するなど、質と量の両面で大きく劣ったとみられる。その違いが歩留まり率の差として表れたと指摘する声は多い。

またASML社が市場を独占するEUV装置は、注文をさばき切れない状況が続いている。TSMCの規模の強みは調達面でも大きな役割を果たしているはずだ。インテルは2030年までに世界2位のファウンドリ企業になる目標を打ち出しているが、その背後にプロセスノードを巡る激烈な争いと、より高額化する投資コストの問題があることは間違いない。

世界で進む工場新設と日本の半導体産業

表面化した半導体不足を受け、各国政府は半導体製造・研究開発への支援を開始している。米国は2022年8月成立のCHIPS法に基づき、半導体の国内製造促進に巨額の補助を行う方針を打ち出した。防衛関連企業の英BAEシステムズ、マイクロコントローラユニットのマイクロチップ・テクノロジー、ファウンドリのグローバルファウンドリーズに加え、インテルに最大85億米ドル、TSMCに最大66億米ドルの支援が発表された。インテルには最大110億米ドル規模の融資も発表され、同社はこれを新工場建設や研究施設拡張のための1000億米ドル規模の投資に充てる見通しだ。TSMCは現在アリゾナ州に建設する2nmプロセス製造ライン建設に充てるとみられている。

一方、以前から国家レベルで半導体製造を支援してきた中国は、米国が主導する半導体製造技術の禁輸措置を受け、特に最新世代の工場新設が非常に厳しい状況に追い込まれている。こうした米国の強硬姿勢が、新たな地政学的リスクにつながることを懸念する声もある。

こうした中、日本政府は2021~2023年度の3年間で計4兆円規模の補助金を確保。すでにTSMC熊本工場、マイクロン広島工場、キオクシア・ウエスタンデジタル北上・四日市工場、ラピダス千歳工場への支援が発表され、日本の半導体産業復活への期待も高まっている。ここであらためて各社の特色を整理しておこう。

半導体工場の主な新増設と政府支援
(金額は政府の最大支援額)

ファウンドリであるTSMC熊本工場には、TSMCのほか、ソニーセミコンダクタソリューションズ、デンソー、トヨタ自動車が出資。自動車業界の生産調整につながった22/28nmに加え、12/16nm、6/7nm世代の製造ライン建設が計画されている。

マイクロン広島工場のルーツはNECと日立製作所が合弁で設立したエルビーダメモリ。新工場では主にDRAMを製造する。東芝の半導体事業が分社化して設立されたキオクシアと米ウエスタンデジタルが共同運営するキオクシア・ウエスタンデジタルは、主にNAND型フラッシュメモリを製造する。

ラピダスはトヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行が出資し、2022年に設立された。2027年までに2nm世代の半導体を量産すると発表したことで、日の丸半導体復活の大きな期待を集めることになった。

IBMが開発に成功した2nm世代半導体

1980年代に日本メーカーはメインフレーム用DRAM市場を席巻したが、PC移行への対応遅れもあり1990年代以降急速にシェアを失った。その理由として、過剰技術・過剰品質という日本企業が抱え続ける課題や、電機メーカーの一部門という位置付けによる設備投資の判断の遅れなどさまざまな問題が指摘されている。2000年代以降はロジック半導体にかじを切ったが、そこでもこうした課題は解消されず、国内の半導体製造工場の微細化は40nm世代で足踏みを続けてきた。それだけに2nmへの飛躍はあまりに非現実的という受け止め方がされることも多い。

ここで注目したいのが、ラピダスの技術パートナーであるIBMの、ファブレスともファウンドリとも違うユニークな立ち位置だ。IBMは2015年に自社の半導体製造部門をグローバルファウンドリーズに売却したが、一方でニューヨーク州アルバニーにある研究部門は残し、製造装置の運用まで含めた研究開発を続けてきた。次世代トランジスタであるGAAによる2nm世代の製造技術を確立したIBMがライセンスの供与先として選んだのがラピダスだった。

こうした経緯を考えると2nm生産ラインの新設は決して非現実的な目標ではない。ただし生産技術と量産ノウハウの確立は決して同じではない。EUV導入においてTSMCがサムスンに圧勝した経緯や、極端な経営合理化による開発部門の人員削減により14nm世代から10nm世代への移行に長く足踏みを続けたといわれるインテルの例を見てもそれは明らかだ。

またラピダスはEUV露光技術習得をベルギーの国際的な非営利研究機関IMECの協力のもとで行うことを発表しているが、ASMLが市場を独占するEUV調達も量産の課題の一つだ。

2023年9月に2nm半導体の生産拠点である千歳工場の建設を開始したラピダスは、今年1月に千歳事務所を開設し、地元企業との面談や総務・採用関連業務をすでにスタートしている。2027年は決して遠い未来のことではない。同社の取り組みを期待と共に注目したい。

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