新ジャンルのWindows PC Copilot+ PCも登場
PCリプレースを選択する場合、新たなデバイスの選択肢が生まれた。今年6月に発表されたCopilot+ PCである。マイクロソフトはCopilot+ PCをこれまでのPCの進化とは一線を画す、新たなPCジャンルと位置付けているが、では既存PCとCopilot+ PCのどちらを提案するのが正解なのだろうか。
その答えを探る前に、まずCopilot+PCの特長について整理しておきたい。デバイスとしてのその最大の違いは、AI の推論処理に特化したNPU(Neural network Processing Unit)搭載プロセッサを採用することで、LLM(Large Language Models:大規模言語モデル)による機械学習などをデバイス側で効率的に行えるという点にある。
LLMの仕組みを一口にいうと、ある一区切りの文節の次に続く言葉をAI自身が確率論的に学習する点にある。ディープラーニングとも呼ばれるこの学習方法は、人間の脳や神経細胞(ニューロン)が膨大な量の信号をやり取りする中で、あるインプットと特定のアウトプットのつながりを強化して知識を固定化する仕組みとも重なり合う。ディープラーニングの学習モデルがNeural network(神経網)モデルと呼ばれる理由はそこにある。NPUはこうした学習プロセスに最適化されたプロセッサで、GPU同様、CPUやSoCに追加設置することで、一連の推論処理の高速化と電力効率の向上を可能にする。
では、AIによる推論処理をデバイス側で行うメリットはどこにあるのか。まず挙げられるのは、ハードの処理能力を常時フル活用できるようになる点だ。クラウドサービスとして提供されるChatGPTをはじめとする生成AIは、その性質上、レスポンスの待ち時間が生じることが避けられない。デバイス側で推論処理を行うことは、例えば同時通訳のようなリアルタイム性が強く求められる用途におけるLLM活用にもつながるはずだ。
もう一つが、生成AIの利用に伴う情報漏えいリスクを回避できる点である。LLMはインターネット上の膨大なデータに加え、ユーザーが入力するプロンプトも学習に活用する。そのため企業による生成AI利用では、情報漏えいに関する懸念が以前から指摘されてきた。Microsoft 365 Copilotをはじめとするビジネス向けサービスは、入力したプロンプトや過去のログを完全に切り分けた運用が行われているが、懸念が完全に払しょくされるわけではない。デバイス側による推論処理の実行はこれらの課題を解消するうえで大きな意味を持つ。
今年になりNPU搭載PCが登場した際、それらはAI PCと呼ばれていた。だが、NPU搭載デバイスの可能性を引き出すには、サードパーティを含めたソフトウェア開発が不可欠だ。こうした中、アプリ開発キット提供まで含め、マイクロソフトが発表したのが、Copilot+ PCという新たな概念だった。Copilot+ PCのハードウェア要件は以下のとおり。
・プロセッサ 40TOPS以上の処理能力を持つNPUを搭載
・メインメモリ 16GB以上
・ストレージ 256GB以上のSSD
驚きと共に迎えられたのが、40TOPS上のNPUという要件だった。TOPSはTera Operations per Secondの略で、1秒間に実行できる処理回数を1兆回単位で表す。40TOPSは、1秒間に40兆回の処理能力を示す。
AI PCには当初、Intel、AMD両社のNPU搭載プロセッサが採用されていたが、Copilot+ PC発表時点で40TOPSという条件を満たす製品が存在しなかった。そのため、Surfaceシリーズ(Surface ProとSurface Laptop)をはじめPCメーカー各社から相次いで発表されたCopilot+ PC第一世代では、40TOPSという条件を唯一満たしていたQualcommのSnapdragon X Elite/Plusが採用されることになった。
マイクロソフトはArm版Windows 10の発表以降、省電力性に優れるArmプロセッサ対応を積極的に推進しているが、x86/x64のアプリとの互換性に不安を持つ向きは今も少なくない。そのため、特にミッションクリティカルな業務への導入には、大きなハードルがあると感じられた方も多いはずだ。
しかし、IntelのCore Ultra シリーズ2、AMDのRyzen AI 300といった40TOPSの条件を満たすプロセッサを搭載したPCが市場に出回りはじめている。現時点ではCopilot+ PCとうたわれてはいないものの、マイクロソフトによる動作検証が済み次第、これらについても随時Copilot+ PCへのアップグレードが提供されるとみられている。
ARMベースのSoCを省電力性能の観点から高く評価する声は多い。Qualcomm製品のPC市場への進出を期待したいところだが、その一方で法人需要の観点では、互換性を懸念する向きも多いとみられる。ITビジネスの観点では、まもなく登場するx86ベースのIntel、AMD製SoCを搭載したAI PCの登場を待つのも一つの選択肢になるだろう。
サードパーティの多様なアプリの登場に期待
ではCopilot+ PCによって何が可能になるのか。次にこの点を見ていきたい。現時点で発表されているのは六つの機能。ビジネスニーズでまず注目したいのが、視覚的イメージに基づき、ファイルや作業内容を検索する「リコール」と呼ばれる機能だ。定期的に取得したスクリーンショットに基づき曖昧な言葉でファイルなどを検索することができ、例えば「赤い屋根の家」などの検索ワードで目的のファイルを探し出すことを可能にする。
同様に、PCの音声出力をリアルタイムで翻訳し、画面に表示する「ライブキャプション」機能にも注目したい。現時点で対応するのは英語への翻訳のみでその精度も未知数だが、デバイス側によるリアルタイム翻訳機能の実装は、将来的にはCopilot+ PCの大きな強みになるとみられる。
「Windows Studio エフェクト」は、Web会議の映像や音響に関する各種効果を提供する機能。背景ぼかしなどはTeamsやZoomでも提供されているが、デバイス側での処理というCopilot+ PCの強みを生かし、同機能では背景ぼかしのリアルタイム追従をはじめ、より高度な処理を提供する。
画像生成関連では、二つの機能を提供する。一つはWindows標準アプリである「ペイント」に搭載される「コクリエイター」と名付けられた画像生成機能で、手描きのラフスケッチによりイメージに近い画像を生成する。もう一つがフォトアプリに搭載された「イメージクリエイター/リスタイル」で、プロンプトによる画像生成と背景変更などの既存画像の編集処理を行う。いずれもローカルで動作するモデルを利用するため、何度でも自由に画像生成や編集を繰り返せることが特長となる。またゲーム向けに、フレームレート優先の低解像度でプレイした場合でもAIが高細密な画像を実現する自動スーパー解像度(Auto SR)と呼ばれる機能が提供されている。
現在マイクロソフトは、Windows Copilot Runtimeの名称で提供するAI関連の開発環境の一環として、ローカルNPUを活用できるライブラリ「Windows Copilot Library」の提供を開始している。特に注目したいのが、ローカルで実行可能なSLM(小規模言語モデル)であるPhi Silicaの存在だ。NPUでの推論に最適化されたPhi Silicaは、今後、ビジネスにおけるコンテンツ生成などの用途で大きな役割を果たすことが期待される。
現時点では供給豊富なCore i搭載PCが最適解か
その一方で、Copilot+ PCがPCリプレースの本命かといえば、そこには疑問符が付くことは間違いない。理由としてまず挙げられるのは供給量の問題である。Intel、AMDのプロセッサ搭載PCがCopilot+ PCとしてアップグレードされたとしても、大量のデバイス調達では困難な状況が続くとみられる。
また目玉機能であるリコールはセキュリティ上の懸念もありリリースが延期され、ようやくこの10月にプレビューが開始された。またもう一つの目玉であるライブキャプションが現時点では英語字幕のみの対応である状況を考えると、一般企業における導入は時期尚早といえる。Windows 11移行に伴うPCリプレースの現時点での最適解は、潤沢に供給され値ごろ感を増している14世代Intel Core iとその同等プロセッサ搭載PCになりそうだ。
ただしCopilot+ PCが極めて魅力的な商材であることは間違いない。対応するアプリ開発の進行次第では、次のOSマイグレーションを待たずに導入が決断されるケースも十分に考えられるだろう。