米中をはじめとする海外製AIへの依存が安全保障上で問題視される中、政府は自国のデータや技術を基にした国産AIの開発に乗り出した。高性能なだけでなく日本の文化や習慣、法制度などを深く理解した信頼性の高いAIの確立を目指す、国家戦略に基づく国産AI開発が直面する課題と未来を考察する。

官民共同で進む安心・安全な国産生成AI開発

生成AIを巡る政府の取り組みが、加速度的に進んでいる。総務省管轄の情報通信研究機構(NICT)とプリファードネットワークス(PFN)、さくらインターネットは今年9月18日、国産生成AI共同開発に関する基本合意を締結したことを発表した。NICTが2008年から独自に収集してきた約900テラバイト相当の日本語データを基に、PFNが大規模言語モデル(LLM)開発を担い、さくらインターネットが生成AIサービス提供基盤を提供するというのが合意の枠組みである。開発は産業技術総合研究所のスーパーコンピューター「ABCI」を用いて行い、2026年春を目標にPFNがフルスクラッチ開発した国産LLM「PLaMo 2.0」の後継LLM開発を行う。

共同開発の狙いとして掲げられたのは、安心・安全な生成AIエコシステム構築という大きな課題の解決である。各種文書の下書きや情報収集など我々が生成AIに触れる機会は確実に増える一方で、SNSを介してヘイトスピーチなどの不適切な出力が意図せず社会に拡散する可能性といったリスクも顕在化している。また安全保障の観点からは、米中を中心に開発が進む現状を懸念する声も多い。日本語を基盤にした国産AIは、日本の文化や法制度を考慮したより高精度な出力が期待できるだけでなく、適切に運用することでこれらの懸念を回避することが可能になる。

LLM開発を担うPFNは、東京大学出身者を中心に2014年に設立されたスタートアップ。独自AI技術の開発と並行して、企業向けソリューションにも積極的に取り組み、既に多くの実績を持つ。同社がフルスクラッチで開発する国産LLM「PLaMo」は、現在バージョン2.0が公開されている。翻訳サービスなどを試用してまず気づかされるのは、日本語の自然さだ。生成AIによる日本語翻訳は直訳的な表現が目立ち、特にカルチャー系メディアのひねりが効いた記事などの場合、意味を追うことが困難であることが珍しくない。従来の機械翻訳と違い、より自然な日本語に置き換えられることは、「PLaMo」をはじめ、日本語を基盤として機械学習を実行したLLMの大きな特長といえる。

日本語に特化しフルスクラッチ開発された「PLaMo 2.0」は
既に商用版が公開されている

「PLaMo 2.0」の後継LLMは今後、さくらインターネットのフルマネージド生成AI実行基盤「さくらの生成AIプラットフォーム」において選択可能なAI基盤モデルの一つとして提供される予定だ。クラウド基盤からAIアプリケーションまで国内で完結した運用の実現により、同社は日本企業や官公庁が安心して利用できる生成AIの実現を目指す考えだ。

背景にある生成AI利活用で日本が大きく遅れる現実

今年5月に成立したAI法に基づき内閣府に置かれた人工知能戦略本部は、9月に第1回会合を行い、「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」を目指した取り組みを開始している。公開された「⼈⼯知能基本計画⾻⼦(たたき台)」では、米中に加え、グローバルサウスを含め世界各国が生成AI開発に名乗りを上げる中、日本はAI利活用が十分に進まず、AI関連投資も停滞していると指摘する。

「令和6年版情報通信⽩書」「令和7年版情報通信⽩書」及び「スタンフォード⼤学による調査(AI Index Report 2024、2025)」を基に内閣府が作成した資料では、2024年の個人の生成AI利活用は、中国81.2%、米国68.8%、ドイツ59.2%に対し日本は26.7%。同じく企業の業務における生成AI利用率は、中国95.8%、米国90.6%、ドイツ90.3%に対し日本は55.2%。また2024年のAIへの民間投資額は、1位米国の約1,091億ドル、2位中国の約93億ドル、3位英国の約45億ドルに対し日本の投資額は約9億ドル。アラブ首長国連邦の約18億ドル、韓国の約13億ドルにも及ばず14位にとどまる。

今後、自律的に業務を行う「AIエージェント」、現実世界でロボットを動かす「フィジカルAI」などの技術進歩を通してイノベーションを促進すると共に、「差別・偏見の助長」「犯罪への利用」「プライバシー・財産権の侵害」「偽・誤情報の拡散」をはじめとする生成AIのリスクに適時適切に対応することを通し、世界で最もAIを開発・活用しやすい国の実現を図るということが取り組みの骨子である。そこには当然、国産AIの積極的な開発支援も含まれる。たたき台では以下の具体的取り組みが例として紹介されている。

●国内で、独自にAIエコシステムを開発できる能力を強化。質の高いデータ連携基盤の構築、国内外トップ人材の集約、評価基盤やテストベットの整備。

●日本の勝ち筋として、AIモデルとアプリを組み合わせた多様なサービス創出、フィジカルAIの開発・実証、AI for Science等の推進。

●質の高い日本語データの整備・拡充。日本の文化・習慣等を踏まえた信頼できるAIの開発・評価。

●AIデータセンター、効率的な電力・通信インフラの整備(ワット・ビット連携)、高性能AI半導体開発や富岳NEXTの開発による、AI開発力を支える利用基盤の増強・確保。

●積極的な海外展開と、国内外からのAI開発者の確保による、信頼できるAIの開発を基軸としたエコシステムの構築。

日本の国際デジタル競争力

また政府がAIに注目する背後には、今後拡大が予想されるデジタル赤字の存在もある。今年4月に経済産業省大臣官房若手新政策プロジェクト「PIVOT」が発表した「デジタル経済レポート」では、2035年のデジタル赤字は約18兆円に達すると予測する。その背景にあるのが、日系IT企業のビジネスがシステムインテグレーションに偏る一方、より付加価値が高いソフトウェアやプラットフォームビジネスが外資勢に牛耳られている現実だ。今後AI革命が進展することで、さらに10兆円の追加赤字が見込まれるとレポートは指摘する。

PIVOTデジタル赤字推計モデルに基づく
デジタル赤字の将来予測

企業システムがスクラッチ開発中心に進んできたという経緯や、非英語圏の制約などの事情もあり、ソフトウェア、プラットフォームビジネスの現状を大きく変えるのは極めて難しい。しかし、日本語に特化した国産生成AI開発は、こうした状況を大きく変える起爆剤にもなり得るはずだ。
さらに言うと、米中を中心に進む生成AI開発に伴う、機密情報や個人情報を含む多様な情報が国外に流れるリスクの存在も見落とせない。そこで注目されるのが、国家や企業が自国・自社のデータを独自技術に基づき運用する「ソブリンAI」という考え方だ。ソブリンAIにおいては、非英語圏という従来の日本の弱点は強みに転じる。

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