PROFILE
公認会計士/公認システム監査人 佐々野 未知氏
上智大学経済学部卒業。大原簿記学校講師、青山監査法人(当時)勤務を経て、1998年KPMGニューヨーク事務所に入社。 2002年以降は、KPMG東京事務所(現あずさ監査法人)にて外資系企業の法定監査、デューデリジェンス、SOX法対応支援業務を担当する。現在は、経営コンサルタントとして、内部統制構築支援やIFRSコンバージョン支援に携わるとともに、各種実務セミナー講師としても活躍中。豊かな経験に最新の情報もふまえ、随所に事例・設例を織り込んだ実務本位の明快な指導には定評がある。
日本企業によるDX推進の後押し策の一つとして、「令和3年税制改正大綱」に「DX投資促進税制」が盛り込まれた。DXにかかわる設備投資について税額控除や特別償却が受けられるというものだが、その適用を受けるには情報促進法に基づいて「DX推進の準備ができた企業」としての認定(DX認定)を受ける必要がある。一見、敷居が高いように見えるが、「中堅・中小企業にもチャンスがある」と語るのは、経営コンサルタントの佐々野 未知氏だ。制度の中身や、DX認定を受けるための方法について聞いた。
DX推進のための設備投資で3%の税額控除
日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)が諸外国に比べて遅れているといわれるなか、政府による施策が始まっているようですね。その一つとして、「DX投資促進税制」がスタートしました。どのような制度なのでしょうか。
佐々野 未知氏(以下、佐々野氏):DXにつながる特定の設備投資について、3%の税額控除、もしくは特別償却30%が認められるという優遇措置です。投資規模にもよりますが、大型の設備投資を行えば、かなりの減税効果が期待できるかもしれません。
適用を受けるには、どのような要件を満たす必要があるのでしょうか。
佐々野氏:大きく分けると、以下の2つの要件があります。
まず、産業競争力強化法に基づく事業適応計画を作成し、経済産業大臣の認定を受ける必要があります。
事業適応計画には、
具体的な記載詳細は今後明らかにされる予定ですが、認定にあたっては、当該計画内容が適切であることに加えて、生産性向上等の実現が確実であることや、持続的に見込めることが審査されます。
また、DX要件について大臣の確認を受けなければなりません。「D」(デジタル要件)と「X」(トランスフォーメーション要件)の2つに分かれており、それぞれ、以下のような要件を求めています。
(1)「D」デジタル要件
① 既存のデータと他の法人等のデータ(またはセンサー等を利用して新たに取得するデータ)を合わせて連携させること
② クラウド技術を活用すること
③
情報処理推進機構のDX認定を取得していること
(2)「X」トランスフォーメーション (企業変革)要件
① 会社の意思決定に基づくものであること(取締役会等の決議)
② 一定以上の生産性向上などが見込まれること・商品の製造原価が8.8%以上削減される等
③
生産性向上(ROAなど)や売上高上昇の目標を定めること
④ 投資総額が売上高比0.1%以上であること(売上高10億円の会社であれば、投資は100万円以上)
これらの要件を満たすと、認定された事業適応計画に基づいて行った特定の設備投資について、
大塚商会が認定されたDX認定制度とは?
デジタル要件の中に、「情報処理推進機構のDX認定を取得すること」という要件がありますが、どのような認定で、どうすれば取得できるのでしょうか。
佐々野氏:DX認定を取得することは、DX投資促進優遇税制を受けるための要件の中でも、とくに重要なものです。DX認定制度とは、情報促進法(情報処理の促進に関する法律)に基づき、「DX
推進の準備ができた企業(DX
Ready)」を認定する制度で、2020年11月に開始されました。
2021年4月1日に、大塚商会さんをはじめ、保険や建設、金融業などの業界トップ企業44社が、初めて認定を受けたばかりです。
DX認定では、企業がDXを推進し自らのビジネスを変革する準備ができているかどうか、ということが審査されます。経営ビジョン、戦略、推進体制、IT環境の整備に向けた施策等を明確化するとともに、その進捗状況の管理・モニタリング方法を整備する必要があります。
具体的には、
1.
経営ビジョン・ビジネスモデル(経営や情報処理技術活用の方向性)の決定
2. 経営や情報処理技術活用の具体的な方策(戦略)の決定
2.1 戦略を進めるための体制
2.2 情報処理技術を活用するための環境整備にかかる具体的な方策
3. 戦略の達成状況にかかる指標(KPI)の設定
4. 執行責任者による効果的な戦略の推進等を図るために必要な情報の発信
5. 事業者が利用する情報処理システムにおける課題の把握
6. サイバーセキュリティに関する対策の策定と実施
DX認定の審査申し込みは通年で受け付けており、審査書類を提出してから約60日で認定されます。
大塚商会は、DX認定を受けた最初の企業の一つとなったわけですね。
佐々野氏:大塚商会さんのDX認定の申請書類を拝見したことがありますが、古いものでは2003年ごろから実践している取り組みも含まれているのが非常に印象的でした。
早くからITを活用したオフィス業務の課題解決に取り組んでおられ、その豊富な経験を体系化しながらDXを推進してこられたことが高く評価されたのではないかと思います。
大塚商会は「オフィスの困った」を解決するためにITを活用する取り組みを進めており、自社の成功事例をお客さまにも積極的に提案することで、DX推進を長年ご支援してきたという自負を持っています。
中堅・中小企業にも認定のチャンスはある
ところで、第1弾としてDX認定を受けたのはいずれも大企業ばかりですが、大塚商会のビジネスパートナーである中堅・中小企業の皆さまも、認定取得には大変興味があると思います。とはいえ、制度の仕組みは非常に複雑で、手続きにも手間がかかります。効率的な認定取得方法があれば、教えていただけないでしょうか。
佐々野氏:先ほども述べたように、現在DX認定を取得しているのは大手44社のみですが、今後、中堅・中小企業を想定したガイダンスも順次公表される予定ですので、それに沿って準備を進めていけばいいと思います。
一方で、経済産業省が行った調査結果によると、中堅・中小企業のDX推進を妨げている壁(課題)として、「デジタル化が全社的な戦略になっていない」ことが浮き彫りになっています。
昨年以来のコロナ禍によって、必要に迫られてさまざまなデジタル化、リモート化を推進してきた中堅・中小企業は多いと思いますが、それらの施策はバラバラに実施されており、「会社全体としてどこに進んでいくのか?」ということまでは検討されていないのではないでしょうか。
DX認定を受ける、受けないにかかわらず、あらゆる企業において、デジタル化を進めることは企業存続の必要条件になっています。
ですから、まずは
現在のビジネス環境、内外を取り巻く経営環境、業界や同業他社におけるデジタル化の内容や方向性、社内におけるデジタル化の状況、利用可能な情報などを踏まえて、今後の経営方針やビジネスモデルに関する協議・検討を始めることをお勧めします。
DX認定を受けるための準備は、経営方針やビジネスモデルづくりのためにも有効だと言えそうですね。
佐々野氏:先ほども述べたように、DX認定ではデジタルガバナンス・コードに定められた項目が審査の対象となります。その中身は、経営ビジョン・ビジネスモデルの決定や、経営や情報処理技術活用の具体的な方策(戦略)の決定といった大枠からの取り組みについて問われるものですから、ご指摘のように、DX認定を受けるための準備を進めれば、おのずと会社としてのDX推進の方向性が定まるはずです。
どんなに多額のIT投資をしても、明確な目標や方向感が定まっていなければ、無駄な投資となってしまいます。
その点、デジタルガバナンス・コードは、経営やデジタル活用の“あるべき姿”を明確にするだけでなく、その達成状況を見る売上高や人員コストといったKPI(Key
PerformanceIndicator/重要業績評価指標)を定めることも求めているわけですから、
中堅・中小企業がDX認定やDX投資促進税制の適用を受けるためには、大塚商会のようなコンサルタントの支援を仰ぐことも有効でしょうか
佐々野氏:社内の知見やリソースだけでカバーし切れない場合は、コンサルタントに方針づくりや計画策定を依頼するのも方法だと思います。
現在、政府は企業のDX推進を支援するコンサルタント向けのガイダンスも用意しており、おそらく1年以内に発表されるはずです。
これが発表されれば、中堅・中小企業向けの支援サービスを提供するコンサルタントも、さらに増えるのではないかと思います。
最後に本誌読者にメッセージをお願いします。
佐々野氏:DXへの取り組みは各社各様なので一概には言えませんが、「デジタル化の方針や戦略を定めるといっても、漠然としてよくわからない」というご意見があるのであれば、まずは個別業務の電子化やペーパーレス化から始めてみてはどうでしょうか。
すでにDXを推進してきた企業の方から、「当社も最初から大きな絵を描いていたわけではない」というお話をうかがったことがあります。まずはできることから始めてみて、社員がデジタル化に慣れること、抵抗を少なくすることが重要です。
いくつか採り入れていくと、その良い面や業務効率化の効果が身に染みてわかってくるので、「じゃあ次はこの分野を進めよう」「新しくこんなサービスが提供できるんじゃないか」といった意見がさまざまな部署から上がりやすくなります。
DX投資促進税制への適用とDX認定の取得はこれからが本番
できることから始めて従業員がデジタル化に慣れることが必要