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PROFILE

マーケティングアナリスト/信州大学 特任教授 原田 曜平氏

1977年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、株式会社博報堂に入社し、博報堂生活総合研究所、研究開発局を経て博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーを務める。退社後、2018年12月よりマーケティングアナリストとして活動。若者研究とメディア研究を中心に、次世代に関わるさまざまな研究を実施。国内外の若者研究及びマーケティングを行い、2003年にJAAA広告賞・新人部門賞受賞。「伊達マスク」「さとり世代」「マイルドヤンキー」「女子力男子」「ママっ子男子」などの流行語を広める。TBS「ひるおび!」、フジテレビ「ホンマでっか!?TV」などテレビ出演多数。

コロナ禍の発生以降、人々の生活様式は大きく変化し、これまでのビジネスモデルや商品・サービスが通用しなくなりつつある。海外では、変化に応じた新たなビジネスが次々と登場しているが、日本の動きは大きく遅れているようだ。『アフターコロナのニュービジネス大全 新しい生活様式×世界15カ国の先進事例』(ディスカバー・トゥエンティワン刊)の著者の1人で、マーケティングアナリストの原田 曜平氏に、海外におけるニュービジネスの最新動向と、日本企業が今取り組むべきことについて聞いた。

コロナ禍になっても「変われない」日本企業

原田さんの著書『アフターコロナのニュービジネス大全』には、コロナ禍による人々の生活や価値観の変化に対応して、世界中で生まれたさまざまなニュービジネスが紹介されています。なぜこの本を出版されようと思ったのでしょうか。

原田 曜平氏(以下、原田氏):著書でも紹介したように、世界ではコロナ禍以降、行動の制限、制約を逆手に取ったビジネスや、むしろこの困難をきっかけに、コロナ前よりも高い利便性を備えた商品・サービスが数多く登場しています。
変化に適合し、どうやったら新しい環境の中でより良い暮らしやビジネスが実現できるのか、ということを前向きに考えているからです。

残念ながら、日本では企業がコロナ禍に対応してビジネスや商品・サービスのあり方を根底から変えようとする動きは、さほど見られません。
感染症の流行はあくまでも一時的な“災害”にすぎず、地震・カミナリ・火事・オヤジと同じように、「じっと我慢さえしていれば、いつかは元の状況に戻る」と考えている人や企業が多いからでしょう。
幸いなことに、日本は海外と比べると感染による死者の数が少なく、これも「何とかやり過ごせる」と思っている原因の一つだと考えられます。

相対的に被害が大きい海外では、厳重なロックダウンによって外出もままならないという環境に置かれたので、なおさら「どうにか変えなければ」というモチベーションが働いた側面もあるのでしょう。

しかしそれ以上に、日本人の“美徳”として数えられる「我慢強さ」が、変化の足かせとなっているように感じます。
いずれにしても、このまま変われない状態が続くと、世界中で湧き起こっているイノベーションの波に取り残され、日本の経済力や競争力はどんどん失われてしまう恐れがあります。

さらに言えば、コロナ禍が過ぎ去った後、日本だけがコロナ前の生活やビジネスのスタイルに後戻りして、海外との差が、取り返しがつかないほど大きく開いてしまうかもしれません。
コロナ禍が始まった2020年春には日本でも一気にテレワークが進んだのに、「やっぱりオフィスで仕事をするほうが楽だ」ということなのか、元の働き方に戻す動きが広がっています。
こうした傾向を見ても、コロナ後に海外との差が大きく開きかねないことは、容易に想像できます。

そこで、海外ではコロナ禍によってどんな新ビジネスや商品・サービスが生まれ、それによって世界の常識がどのように変化しているのかを伝え、日本の人々や企業にも「変わるきっかけ」をつかんでほしいと思ったのが、この本を発行したきっかけです。

大畠崇央氏

世界15カ国の70近い事例が紹介されていますが、どのように調査を行ったのでしょうか。

原田氏:もう1人の著者である小祝 誉士夫が社長を務める調査会社が海外在住の日本人女性約600名に調査を依頼し、その中から、特に「Z世代」と呼ばれる10~20代の若者に受け入れられている新ビジネスを厳選しました。
Z世代向けを中心に据えたのは、彼らこそが世界の人口構成における最大のボリュームゾーンだからです。

少子・高齢化が進む日本では、若者の人口構成比が最も小さく、マイノリティ扱いされる傾向がありますが、世界のすう勢は正反対なのです。
変化を求める若者がマイノリティ扱いされ、発言が軽視されることも、日本が「変われない」大きな理由であると言えるでしょう。

しかし、今後ビジネスをよりグローバルに展開したいと考えるのなら、世界の圧倒的なマジョリティであるZ世代を無視するわけにはいきません。

Z世代に訴えかけるためには、どのようなビジネスモデルや商品・サービスが有効なのでしょうか。

原田氏:これはコロナ前からの傾向ですが、一般にZ世代は「やさしさ」を求める風潮があります。
人へのやさしさ、社会や環境へのやさしさを尊重し、やさしい取り組みを行っている企業や、その商品・サービスに価値を感じるのです。

例えば2020年には、米国で黒人男性が警察官に撃たれた事件をきっかけに、「Black lives matter」(ブラック・ライブズ・マター、黒人にも人権を)という抗議運動が一気に燃え広がりました。黒人だけでなく、白人の若者まで声を上げたことが、国籍や人種の分け隔てなく「やさしさ」を求める若者世代の感性を象徴していると思います。

 

LGBTQ(性的マイノリティ)問題や、CO2排出削減に代表される環境問題について、若者の発言や行動が活発になっているのも同様です。
コロナ禍によって世の中で苦しむ人々が増えたことは、この傾向をますます強めているのではないでしょうか。

やさしさ」を起点にビジネスを変革せよ

『アフターコロナのニュービジネス大全』にも、そうした若者の感性に訴えかけるビジネスが数多く紹介されていますね。代表的なものを幾つか教えていただけますか。

原田氏:一つは、オランダのビール大手、ハイネケンがスペインで行った「支援広告」の例です。

スペインではロックダウンによってバーが長期間の休業を余儀なくされ、普段は大勢の客で賑わっていた繁華街が“シャッター街”になってしまいました。当然、バーの売り上げは途絶え、ロックダウンが長引けば、廃業に追い込まれてしまう店も出るはずです。
そこでハイネケンは、地元の広告代理店と組んで、バーが閉ざしてしまったシャッターに同社の広告を掲載することにしました。それまで、ビルの屋上やバス停などに出していた屋外広告をやめ、その費用を“シャッター広告”に充てたのです。

さらに、ハイネケンが支払う広告費用は、その広告を掲載するバーに支援金として直接支払われるようにしました。普段ビールを売ってくれているバーが潰れてしまわないように、国や自治体からの休業補償だけでは足りない分を補おうという考え方です。
このハイネケンの取り組みは、SNSなどで世界中に拡散され、欧米、アジア、日本の若者などから大絶賛されました。

大畠崇央氏

バーのオーナーたちを資金面で支援するだけでなく、シャッター広告に「今日はこの広告を見て、明日はこのバーを楽しもう」と勇気づけるようなメッセージを込めたからです。
「やさしさ」への共感が、ハイネケンというブランドに対する消費者の愛着を深めたことは想像に難くありません。

危機があったからこそ生まれたアイデアだと思いますが、これをきっかけに、コロナ後もシャッターを広告媒体として活用するという発想は継承されそうですね。まさに変化です。ほかには、どのような例がありますか。

原田氏:米国では、ロックダウンで外出が不自由なったことから、さまざまな野菜を箱詰めして定期的に配達するサブスクリプションサービスが再注目されるようになりました。
これはもともとあったサービスで、収入の不安定な農家を支援するため1年分の料金をまとめて先払する仕組みなのですが、買い物の不便から解消され、同時に農家も支援できるということで、人気が高まったのです。

通常のサブスクリプションだけでなく、箱詰めされた1回分の野菜を店頭販売するカフェやレストランも現われ、ちょっとしたブームになりました。

またフランスでは、コロナ禍で屋外マルシェ(野菜などの直売市場)が閉鎖されたのを受け、Web上で生産者と消費者が野菜を直接取引する「地産地消プラットフォーム」がいくつも立ち上がっています。
こちらも、消費者だけでなく生産者も同時に救うことや、地産地消によって物流のエネルギー消費やCO2排出量が削減されることを考えると、他者や世の中への「やさしさ」が起点となったイノベーションだと言えます。

Z世代を制するものがSNSマーケティングを制す

世界の新ビジネスの調査を通じて、見えてきたことは何でしょうか。

原田氏:イノベーションと言うと、わたしたちはつい、デジタル技術による自動化や効率化などを思い浮かべがちですが、必ずしも最先端のテクノロジーを必要とするビジネスばかりではないことを感じました。
ハイネケンのシャッター広告などは、アナログそのものですよね。

GAFAの急成長などもあって、高度なデジタル技術を持たないとイノベーションは起こせないという認識が世の中に広がっているように感じますが、決してそんなことはありません。
逆に海外では、力を持ち過ぎて国や取引先、消費者に自分たちのやり方を押し付けるGAFAに反感を持つ若者たちも増えています。

どんなに革新的なデジタル技術で生活やビジネスが便利になっても、それが「やさしくない」ものであれば、世界のマジョリティであるZ世代には受け入れられなくなっているのです。
日本企業はデジタル技術で米国に大きく後れを取っていると言われますが、商品やサービスに「やさしさ」を込めるという点では、逆に勝ち目があるのではないでしょうか。

また、新しいビジネスと言うと、日本人は米国発のものばかりに目を向けがちですが、今回の調査でわかったのは、欧州や中国、東南アジアなど、米国以外の国々でも素晴らしいビジネスや商品・サービスがいくつも生まれていることです。
むしろ、「やさしさ」に結び付く新ビジネスは米国以外の国で生まれているケースも多いので、もっと視野を広げてみてはどうでしょうか。

大畠崇央氏

おっしゃるように日本では若者がマイノリティ扱いされており、ビジネスや商品・サービスを開発するのは30~40代以上の中高年層が中心です。どうすればZ世代の心をつかむことができるでしょうか。

Z世代のコミュニケーション手段や情報源は、何と言ってもSNSです。SNS上で彼らがどのような会話を交わし、どんなモノやコトに関心を持っているのかということをじっくり研究するのが第一歩でしょうね。

「若者の会話についていくのはつらい」という人もいますが、つらいと感じるのは本気で分かろうとしていないからです。ビジネスを変革して企業を成長させるための投資だと思えば、むしろ食らいついて取り組めるようになるのではないでしょうか。

また、日本の人口全体ではZ世代はマイノリティですが、SNS上では彼らが最大の参加者です。Z世代を攻略することが、SNS全体で影響力を高めるための重要なカギを握るわけです。SNS上でZ世代にバズれば、その波及効果は中高年層にも確実に広がっていきます。
この構造をしっかり理解したうえでデジタルマーケティングに取り組めば、成功確率はかなり上がると思います。

イノベーションとはデジタル技術による
自動化や効率化などを思いがちだが
必ずしも最先端のテクノロジーを
必要とするビジネスばかりではない