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PROFILE

サイエンス作家
竹内 薫 氏

東京大学教養学部教養学科(専攻、科学史・科学哲学)・東京大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(専攻、高エネルギー物理学理論)。理学博士(Ph.D.)大学院を修了後、サイエンスライターとして活動。物理学の解説書や科学評論を中心に150冊あまりの著作物を発刊。2006年出版の『99.9%は仮説~思い込みで判断しないための考え方』(光文社新書)は40万部を越えるベストセラーとなる。物理、数学、脳、宇宙、AI…など幅広い科学ジャンルで発信を続け執筆だけでなく、テレビ、ラジオ、講演など精力的に活動している。

PCやスマートフォンの顔認証、テキスト・音声の自動翻訳など、すっかり身近な技術となったAI。認識や分析の精度も年々向上し、「いずれ人間の仕事をAIが奪ってしまうのではないか?」という懸念が現実味を帯びつつある。そんなAI時代に求められるのは、どのような人材なのか。物理、数学、脳、宇宙など幅広い分野に精通するサイエンスライターで、AIにも詳しい竹内薫氏に聞いた。

AIが人間の仕事を完全に奪うことはない

本日はAIにまつわるお話をいろいろと聞かせてください。早速ですが、以前は一般の人にとって何となく縁遠い存在だったAIが、最近は非常に身近な存在になっているように感じます。どのような変化が起こっているのでしょうか?

竹内 薫 氏(以下、竹内氏):AIを身近に感じるようになった大きなきっかけの一つは、新型コロナウイルス感染症の拡大だと思われます。
コロナ禍によって外出や人との接触が制限されたことで、SNSやZoomといったデジタルツールに触れる機会が多くなりました。
これらのツールに搭載されている機能やサービスが、実はAIで動いていることを知ることで、以前よりも身近に感じるようになった人が増えているのではないでしょうか。

コロナ前までは、「AI時代なんて本当に来るの?」という人が大半だったと思いますが、いまでは多くの人が、「AIがなければ世の中が動かない時代になった」と気付いているはずです。
AI時代の到来が強く認識されるようになったのは、技術が著しく進歩したことも大きな理由だと思います。

例えば、英語の論文やレポートを翻訳するとき、以前は英文科卒で帰国子女の妹に下訳(本格的な翻訳を仕上げる準備としての翻訳)を頼んでいました。妹は英語は得意でも、科学の専門家ではないので、出来上がる下訳の完成度は8割程度です。残り2割を修正して、完全な翻訳に仕上げるということを何十年も行ってきました。
何十年も妹に頼ってきた下訳を、2021年の夏にAI翻訳に切り替えました。AIによる翻訳でも、8割程度の完成度まで仕上げられることが分かったからです。この十数年、いろいろなAI翻訳ソフトを試し、「まだまだだなぁ」と思いながら導入を見送ってきたのですが、ある日突然、ものすごいソフトが登場して、文法や表現だけなら、ほとんど問題ない下訳ができるようになった。これは非常に画期的なことです。
おかげで妹は、兄からの面倒な頼み事を受けなくても済むようになり、自分の好きなことに専念できるようになりました。
この例に限らず、さまざまな場面でAIのありがたさを実感している人は増えているはずです。AIが「身近な存在になった」と感じるのには、そうした理由もあると思います。

非常に興味深いエピソードですね。気になったのは、妹さんが長年やっていた下訳の仕事を、AIができるようになった点です。以前から、「AIが進化すると、人間の仕事が奪われてしまう」と心配されてきましたが、そんな未来が本当にやってくるのでしょうか。

竹内氏:AIが人間の仕事を完全に奪ってしまうということは、ありえないと考えています。
>確かに下訳の仕事はなくなってしまうかもしれませんが、翻訳をきちんと仕上げる作業は人間でなければできません。AIは、文法や表現のルールにのっとってパターン化された翻訳はできますが、内容が間違っていないかどうかをチェックしたり、より適切な言い回しや表現に置き換えたりすることはできないからです。
仕事の種類は、大きく分けるとクラークとマネジメントの2つがあります。クラークとは、パターン化された仕事を繰り返しこなす仕事。マネジメントは、そのクラークに指示を出し、管理する仕事です。AIはクラークの役目を奪ってしまうかもしれませんが、マネジメントの役割は果たせません。言い換えれば、単純な繰り返し作業はAIに任せ、人はそれを管理することで、仕事の住み分けができるわけです。

森 朝奈氏

AIに使われない人材を育成するためには?

AIに関してもう一つ気になるのは、あまりも便利すぎて、人間の能力の発達を阻害してしまうのではないかということです。例えば、最近ではAIによる画像解析技術などが進歩していますが、AIの高度な認識機能に依存することで、人間の物事に対する認識能力が衰えてしまうといったことはないでしょうか。

竹内氏:能力を奪われるのではないかと恐れるのではなく、むしろ、AIの機能を使いこなして、人間の能力を拡張させるのだという発想を持ったほうが良いでしょうね。
クルマに例えるとわかりやすいと思います。人がクルマに乗ったからと言って、歩いたり、走ったりする能力が衰えるわけではありません。速く移動できるようになった分、余暇の時間が増えるので、その時間を使って散歩やジョギングをすれば、能力はちゃんと保てるのです。
クルマがあるおかげで、自分の脚だけでは到底行けないような遠い場所に、速く行けるようになったのですから、本来ある能力が拡張されたのだとも言えます。

拡張された能力を使いこなしながら、本来ある能力も磨くということは、十分に両立できるわけです。
AIに関しても、全く同じことが言えます。物事を認識・分析をする力は人間より優れているとしても、その分析結果をどう評価するかということは、人間にしかできません。ですから、AIによって拡張された力を使いこなしながら、人間にしかできない仕事の能力を磨いていくことが大切です。
それができないと、AIの言いなりになって、物事をとらえたり、判断したりするようになってしまいます。
AIを使いこなすはずが、逆にAIに使われてしまうのです。

日本人は真面目な性格な人が多いので、AIの言いなりになってしまうのではないかと思います。どうすれば良いでしょうか。

竹内氏:そもそも、日本の学校教育から変えていく必要があるのではないかと思っています。
これまでの学校教育は、第三次産業のための人材育成に主眼を置いていたので、事務処理的なスキルを磨くことや、情報を暗記させることが中心となっていました。
しかし、そうした能力を必要とする仕事は全てAIがやってくれるようになるので、いまの学校教育のままでは、今後仕事を失ってしまう人が増えてしまう恐れがあります。

先ほど、仕事の種類にはマネジメントとクラークの2つがあると言いましたが、これからの学校教育で求められるのは、マネジメント能力を育てるための教育だと思います。
AIは、過去のデータがあれば、それに基づいてこれから起こることを予測できますが、データがないことは全く予測できません。
それに対しマネジネントは、過去に全く例がない出来事が突発的に起こったとしても、状況を判断しながら決断を下し、状況が変化すれば臨機応変に軌道修正していかなければなりません。これこそがAIにはできないことであり、これからの人材育成はその能力をとことん磨くべきだと思うのです。
ひと言で言えば、「考える力」ということになるでしょうか。数学を教えるにしても、ただ公式を暗記させるだけでなく、その公式にはどんな意味があるのかということを考えさせる教育が求められていると思います。

中高年は子どもたちのご意見番に

マネジメントができる人材が求められていることはよくわかりました。それ以外に、竹内さんがAI時代に求められると考える人材の能力には、どのようなものがありますか。

竹内氏:学校教育にも携わっているのですが、生徒たちには、Creativity(創造力)、Critical Thinking(批判的思考力)、Consideration(他者への思いやり)の「3つのC」を磨きなさいと言っています。マネジメントができる人材になるためには、クリエイティブな判断力が必要ですし、言われたことをそのままやるだけでは、AIに使われてしまいます。その意味で、創造力と批判的思考力は、AI時代を生き抜くために必要不可欠な能力だと言えます。
>3つ目の他者への思いやりは、AI時代だからということではなく、どんな時代であっても、人間社会の中で生きるために必要な能力です。
また、これから大人になってAI時代を生きる子供たちは、英語とプログラミングはしっかり学んだほうが良いと思いますね。
英語は世界の共通言語なので、今後ますますグローバル化していく時代を生きていくうえで欠かせない武器になると思いますし、AIやコンピューターに使われないようになるためにも、それらがどうやって動くのかといった基本的なリテラシーは身に着けておいたほうが良いと思います。

本誌の読者はITソリューションを提案する企業の方々ですが、中にはAIやデジタルにあまり詳しくない方もいらっしゃいます。そうした方々は、AI時代に向けてどのような勉強をすれば良いでしょうか。

竹内氏:本誌の読者はITソリューションを提案する企業の方々ですが、中にはAIやデジタルにあまり詳しくない方もいらっしゃいます。そうした方々は、AI時代に向けてどのような勉強をすれば良いでしょうか。

中小企業の経営者の中には、新しいものをなかなか受け入れられないという方もいらっしゃいます。

竹内氏:AIに限らず、デジタル化の流れについていけないと、逆に損をしてしまうこともあると思います。
コロナ禍以降、自治体などがさまざまな給付金を用意しましたが、中にはデジタルで申請しないと受給できないものもありました。デジタルに対応できないと、それを受け取る権利もみすみす失ってしまうことになるのです。
社会のシステムはどんどんデジタル化しているので、それに追い付いていかないと、経営にもいろいろと問題が出てくるのではないでしょうか。
デジタルに馴染むためには、とにかく使ってみることです。何度も失敗を繰り返し、あれこれと試しているうちに、少しずつ使い方のコツがわかってきます。失敗を怖がらず、思い切ってチャレンジしてみてください。

AIの機能は人間の能力を
拡張させるのだという発想が必要となる
使われるのではなく、AIを使いこなす人材になるために
マネジメント能力を磨く