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PROFILE

早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授
長内 厚 氏

1972年、東京都生まれ。1997年、京都大学経済学部経済学科卒業後、ソニー株式会社入社。ソニーにて10年間、商品企画、技術企画などに従事、商品戦略担当事業本部長付を経て京都大学大学院に業務留学。博士号取得後、神戸大学准教授、ソニー株式会社外部アドバイザーなどを経て2011年より早稲田大学准教授。2016年に現職。ハーバード大学客員研究員や国内外の企業の顧問も務める。ニュース、情報バラエティなどテレビ出演多数。フジテレビ「Live News α」に出演中。ダイヤモンドオンライン連載中。

新型コロナウイルス感染症の流行によって、製品・サービスの需要は大きく変わり、半導体不足の影響で「モノが作れない」状況が続いている。日本の製造業にとって大きな試練の時期と言えるが、これをグローバルにおける日本企業の地位回復のチャンスととらえているのが、早稲田大学大学院経営管理研究科の長内 厚教授だ。ハーバード大学客員研究員や国内外の企業の顧問も務め、ニュース、情報バラエティなどテレビにも多数出演する長内氏に、コロナ時代の日本企業の“勝ち方”について聞いた。

最新技術にこだわらないことが半導体産業の“勝ち方”

IT業界や製造業では半導体不足が深刻化しており、モノを作りたくても作れない状況が続いています。この状況をどのようにご覧になっていますか?

長内 厚氏(以下、長内氏):現在の状況の中で日本にも大きなチャンスがあるのではないかと思っています。世界的に半導体が不足しているのには、いくつかの原因があります。

一つは、何と言っても新型コロナウイルス感染症の流行です。これによって、いままでとはまったく異なる需要が生まれ、コロナ以前なら予見可能だった将来の需要が読みにくくなってしまいました。
その最たる例が、リモートワークによるデバイス需要の急拡大でしょう。自宅からオンラインで同僚やお客さまとコミュニケーションを取るため、PCやWebカメラ、マイクといった周辺機器を購入する動きが広がり、それらを製造するのに必要な半導体の奪い合いが起こりました。
また、自動車に大量の半導体が使われるようになりました。これはコロナ以前から起こっていた潮流ですが、EV(電気自動車)へのシフトや、通信ネットワークに接続する「コネクテッドカー」の普及によって、自動車に組み込まれる半導体の種類と数は増え続けています。
そして米中貿易摩擦や、ロシアによるウクライナ侵攻といった地政学的なリスクによる半導体サプライチェーンの機能不全です。

半導体は、1980年代までは計算機と軍事用途向けに研究開発されてきた歴史があり、国家の安全保障にかかわる重要な産業なので、地政学的リスクが高まると、技術開発や生産、供給の“囲い込み”が露骨になる傾向があります。
結果的に供給が先細りし、拡大する需要とのギャップが広がって、深刻な半導体不足をもたらしているのです。

そうした状況の中で、日本の半導体産業は、どのようにすれば復興のチャンスをつかめるのでしょうか?

長内氏:二つのポイントを押さえれば、チャンスをつかめるのではないかと思います。一つは、最新技術にこだわらないこと。もう一つは、日本製ならではの安心感を強く打ち出すことです。
日本の半導体産業はこれまで、常に最先端の技術を開発することで世界をリードしようとしてきました。
それによって、1980年代半ばまでは実際に世界の半導体市場を席巻したわけですが、その後、韓国や台湾に市場を奪われています。

日本の半導体産業が復興するには、最新技術にこだわり続けてきたこれまでのやり方を変えて、あえて「少し前の技術」による半導体を生産することです。なぜなら、そうした半導体のほうが、最新のものよりもはるかに需要が大きいからです。例えば、現在、最先端の半導体は3~5ナノメートルプロセスのものですが、これほど高集積化された半導体を必要とするデバイスは、最新のiPhone 13やAIなど、種類と数が非常に限定されています。

これに対し、約10年前の最先端技術であった22~28ナノメートルプロセスの半導体は、液晶表示装置や電源回路といった一般的な家電の部品を制御するために使われているので、圧倒的に大きな需要があります。需要が少ない最先端の半導体を生産するのとは比べものにならないほど、大きく稼げるチャンスが期待できるわけです。
現在、世界最大の半導体メーカーである台湾のTSMCが熊本県で工場の建設を進めていますが、この工場は22~28ナノメートルプロセスのラインを稼働させる予定なので、非常にニーズにかなっていると言えます。

世界的な半導体不足という“追い風”の中で、巨大な需要を取り込むチャンスが期待できるわけですね。

長内氏:これは半導体産業に限った話ではありませんが、日本の製造業はこれまで、新しいモノや最先端のモノを作るという「価値創造」のプロセスに重きを置き過ぎて、利益を稼ぐという「価値獲得」のプロセスをないがしろにしてきた傾向があると思います。
最初から大きな需要の見込めないモノづくりに取り組んで事業を先細りさせるのではなく、まずは稼げる製品でしっかりと稼ぎ、その利益を新技術や新製品などの「価値創造」のために投資するという発想の転換が求められているのではないでしょうか。

モノづくりの強みを生かした日本ならではのDXを

日本の半導体産業がチャンスをつかむためには、「日本製ならではの安心感を強く打ち出す」こともポイントになるというお話でしたが、それはなぜでしょうか?

長内氏:例えば、少し前まで世界のスマートフォンと関連機器市場では、中国の通信機器メーカーであるファーウェイが強い存在感を示していました。
ところが、米国政府が「通信の安全性が保証できない」という理由で公的機関におけるファーウェイ製品の利用を禁止して以来、同社の世界におけるプレゼンスは著しく低下しています。
ファーウェイは「安全性の問題はない」と強く訴えていますが、中国には「中国の国民や組織は、中国政府の情報活動に協力する義務がある」と定めた国家情報法という法律があり、義務を果たすため、デバイスに保存された個人情報などを抜き取られるリスクが、どうしてもつきまといます。

半導体についても同様です。中国製の半導体を使用した場合、そこから情報が抜き取られる可能性があるので、とても使用できません。今日では、家電や自動車も数多くの半導体を使用しているので、日常のあらゆる場面で情報が奪われてしまう恐れがあります。
その点、長く民主的で自由な経済体制を保ち続けている日本の半導体なら、安心して使えるという信頼感があります。それを“売り物”にして、積極的に販売をかけるべきだと思うのです。
これまでは、性能や機能のよさが日本製品のセールスポイントでしたが、「安全」というもう一つの価値が、新たな市場を切り拓いていくうえでの武器になるのではないでしょうか。

日本の製造業は、長年のモノづくりで培ってきた知見や技術が大きな財産だと言われています。その持ち味を発揮することも、世界で勝つためには有効なのではないでしょうか?

長内氏:おっしゃるとおりだと思います。例えばある大手メーカーは、スーパーマーケットなどのPOSレジが出力する紙のレシートを、スマートフォンにデジタルデータとして送る「スマートレシート」というサービスを提供していますが、このようにモノづくりの強みを生かしながらDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組むというのも、日本企業の“勝ち方”だと言えそうです。
DXでよく語られるキーワードに「モノからコトへ」という言葉がありますが、モノづくりを完全にやめてコトに振り切ったとしても、勝てる保証はありません。モノづくりの経験を生かしてコトに広げる、あるいはモノとコトを両方やるというのが、日本のよさを生かしながらDXを成功させる重要なポイントだと思います。

「多様性」を保ち続けるため幅広い選択肢を

日本ならではのDXを目指せ、ということですね。もう一つ、ぜひお聞きしたいのはAIの領域における日本の製造業やIT企業の勝ち方です。この点では、日本の持ち味はどのように活かせると思いますか?

長内氏:AIの技術は、今後どんどんローカライズされていくと見ています。特にローカライズされなければならないのは、音声認識の領域でしょうね。
英語のようにグローバルに使用されている言語は、国ごとに多少発音やイントネーションの癖があるとは言え、どの国でも音声認識技術を開発することができます。しかし、日本語のようにローカルな言語の音声認識技術は、その国の企業が開発するしかありません。逆に言えば、日本語の音声認識に関しては、他国の追随を許さない技術を徹底的に磨き上げることができるわけです。その知見や技術を他のローカル言語の音声認識に応用すれば、グローバルでのプレゼンスを確立できるかもしれません。一点突破、全面展開の可能性が広がるはずです。

本誌の読者が、お客さまである企業の皆さまによりよい価値を提供するためのヒントをいただけますか?

長内氏:大切なのは、どんな機器やソリューションを導入すべきかと悩んでいるお客さまのために、より多くの選択肢を用意することだと思います。
もちろん、選択肢を用意するためは、その分、多くの在庫を抱えなければならなくなり、余分なコストが生じます。
だからと言って、製品やソリューションを絞り込み、「これしか選択肢がありません」とお客さまにお勧めするのは、決していいサービスとは言えません。ある程度のコストや無駄は許容したうえで、多様なオプションを提示できるようにすることが大切です。
その際に注意したいのは、「何でもいいから、とにかく製品やソリューションをそろえよう」とするのではなく、「これなら、本当にお客さまのお役に立てる」というものだけを厳選することです。あまりにも選択肢が多過ぎると、お客さまは迷ってしまいますし、気が付かないうちに信頼できない製品やソリューションが紛れ込んでしまっている可能性もあります。信頼のおける製品・ソリューションをしっかりと取捨選択し、お客さまが安心して選べる「多様性」を実現することが求められていると言えます。

最後に本誌読者にメッセージをお願いします。

長内氏:「多様性」の実現が大切だと申し上げましたが、実は、日本経済の底力の強さも、多様性によって支えられてきた側面があります。
ご承知のように、日本企業の99%は中小企業です。これらの企業が、それぞれの個性や持ち味を発揮して事業を営んできたからこそ、特定の産業分野や業種に偏らないバランスの取れた経済が築き上げられたのです。もちろん、個性や持ち味は個々の中小企業の強さにもつながるので、「多様性」は保ち続けられなければなりません。

読者の皆さんは、そうした企業の業務効率化などを支援するために製品やソリューションを提供しておられるわけですが、効率化の最大の目的は、最終的に効率を否定することにあります。
つまり、余分な業務を減らし、なくすことで、お客さまの個性や持ち味をもっと引き出すことに“究極のゴール”があるのだと言えます。
日本経済の「多様性」を保ち続けるためにも、ぜひ多様な選択肢を提供してください。

最新技術にこだわらず
日本製ならではの安心感を強く打ち出す
信頼のおける製品・ソリューションを取捨選択し
「多様性」を実現することが肝要