高橋洋一氏の写真

PROFILE

経済アナリスト/日本金融経済研究所 代表理事
馬渕 磨理子 氏

滋賀県出身。京都大学大学院公共政策大学院 修士課程修了(公共政策修士)後、トレーダーとして法人の資産運用を担い、その後経済アナリストとして活躍中。フジテレビ 「FNN Live Newsα」(レギュラーコメンテーター)など数多くのメディアに出演。経済アナリストの知見を活かし、企業経営者や一般向けに講演会も数多く行っている。

エネルギー価格の高騰や、サプライチェーンの混乱、32年ぶりの円安など、企業を取り巻く経済環境は厳しさを増している。しかも変化のスピードは驚くほど速く、わずか数週間や数日でビジネスの状況が大きく変わることに、多くの企業が苦しんでいるはずだ。経営者は、そんな混迷の時代にどうやって会社を引っ張っていけばいいのか。経済アナリストで、ハリウッド大学院大学客員准教授、一般社団法人『日本金融経済研究所』代表理事も務める馬渕 磨理子氏に聞いた。

値上げへの罪悪感が薄れれば従業員の給料も上がるはず

コロナ禍や、ロシアによるウクライナへの侵攻など、予想外の出来事がいくつも重なったことで、世界経済は大きく混乱しています。企業経営者はこの混乱にどう向き合い、いかに今後のビジネスを進めていくべきでしょうか?

馬渕 磨理子氏(以下、馬渕氏)おっしゃるように、コロナ禍の影響で世界経済は著しく停滞しましたが、ロシアのウクライナ侵攻によって、混迷の度合いはますます深まっています。
地政学リスクが高まったことサプライチェーンが混乱し、エネルギーや食糧の価格も高騰しました。

急激な物価高を抑え込むため、米国は大幅な利上げを繰り返し、それが世界的な株式市場の混乱や企業業績の悪化につながっています。
今日の経済はグローバルに結び付いているので、日本もその影響を避けることはできません。ご承知のように、資源高によってガソリン価格や電気・ガス料金は上昇し、食糧価格の高騰で食品も軒並み値上がりしています。
加えて、米国の利上げによる日米の金利差拡大が大幅な円安をもたらし、国内の物価上昇に拍車を掛けています。

仕入れ価格の上昇や、サプライチェーンの混乱に、多くの企業経営者は頭を痛めていることでしょう。
こんな時代に、経営者に求められるのはリスク管理の視点です。
コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻は予測しようもない出来事だったので、「仕方がない」とあきらめてしまっている経営者もいるかもしれません。
でも、その出来事によって「この先、何が起きるのか?」ということには、ある程度想像力が働くはずです。「こんなリスクが生じるかもしれない」という複数のシナリオを描き、それに対処する手立てをあらかじめ打っておくことが大切だと言えます。

ドル円相場が一時、32年ぶりに1ドル150円を突破するなど、円安の勢いが止まりません。日本は、ほかの国々よりも厳しい経済状況に追い込まれているのではないでしょうか?

馬渕氏:必ずしも、そうとは言えません。むしろ日本経済には、海外と比べて有利な側面もあるのではないでしょうか。
円安は、確かに生活者には打撃ですが、一方で製造業をはじめとする輸出業者にとっては大きな追い風です。

海外で稼いだ利益は為替差益によって膨らみますし、円安で販売価格が下がれば、その分、売り上げが伸びることも期待できますからね。
実際、日本の上場企業の2023年3月期業績は、増益で着地すると予測されています。このように企業業績に好影響を与えていることを見ると、円安は必ずしも悪いことばかりではないということがよくわかると思います。

10月11日に外国人の入国制限が大幅に緩和されたことで、コロナ禍以降、ほとんど消滅していたインバウンド(外国人による訪日観光)にようやく回復の兆しが見え始めています。
円安の追い風があるので、多くの外国人観光客が日本を訪れ、国内消費を盛り上げてくれるかもしれません。それが日本の隅々にまで行き渡れば、GDP全体を押し上げる効果も期待できるのではないでしょうか。
既に株式市場では、インバウンド関連銘柄の株価が上昇し始めています。

その一方で、どうしても気になるのは、止まる気配のない物価高です。モノの値段が上がる分、給料も上がってくれればいいのですが、なかなかそうはいきません。この状況は何とかならないものでしょうか?

馬渕氏:今の物価高は、単純に企業が原材料の値上がり分を価格に転嫁しているだけであって、付加価値を乗せたものではありません。
日本企業はこの30年間、製品やサービスに付加価値を乗せて値段を上げることをためらってきました。だから、思うように利益が伸びず、従業員の給料も上がらなかったのです。
でも、今回の物価高の影響で、ようやく日本人の給料も上がり始めるかもしれません。

この30年間、日本の企業には「値上げは悪だ」という意識が根付いていましたが、コスト高によってどうしても値上げせざるを得ない状況に追い込まれ、罪悪感は徐々に薄らいでいます。
さらに一歩踏み込んで、原材料コストを吸収するだけでなく、従業員の生活に潤いをもたらすために値上げをしようという動きが広がるのではないかと見ています。

株式市場でも、積極的に値上げをしている企業のほうが株価は上がっています。逆に、「値上げは悪」という考え方が捨てきれず、価格を据え置いて利益を減らしている企業は、株価を下げているのです。
市場も、きちんと値上げをしている企業のほうが成長性や持続可能性を持っていると評価しているわけです。その評価に勇気づけられて、給料を上げるために製品・サービスを値上げする企業が増えるかもしれません。

国や自治体の制度を活用して積極的な投資を

先ほど、「経営者はリスク管理の視点を持つべきだ」というアドバイスをいただきました。そのためには、目の前にどんなリスクが存在するのかを「見える化」する必要があると思います。ただ、日本の中小企業はIT投資にあまり積極的ではないので、「見える化」のための仕組みも十分に整っていません。この点について、馬渕さんはどのようにお考えですか?

馬渕氏:今日のように「明日何が起きるのか?」がわからない時代においては、目の前のリスクを「見える化」するためのIT投資は不可欠だと言えます。
これは企業の規模を問わず、たとえ中小企業であっても取り組むべきことだと思います。

逆に、しっかりリスクの可視化を行わないと、大企業と取引してもらえなくなる可能性もあります。大企業はコンプライアンスがとても厳しいので、リスク管理がしっかりしている会社だけと取引したいと考えるからです。
長年お付き合いのある会社だからと言って、取引を継続してくれるとは限りません。大切な取引先を失わないためにも、リスクを可視化するためのIT投資は不可欠です。

中小企業は、IT部門や専任のIT担当者を置いていないことも多く、社内のリソースだけでリスクの可視化に取り組むのは、なかなか難しいのではないかと思います。

馬渕氏:確かに、自力ですべてをやるのは大変です。そこは、大塚商会やパートナー企業の皆さんのようなプロの力を借りたほうがいいでしょうね。
もう一つ、中小企業がIT投資を進めるうえで大きなネックとなるのは資金の問題です。この点については、国や地方自治体の支援を上手に利用することをお勧めします。
これはIT投資向けの支援ではありませんが、例えば、経済産業省は、中小企業による防災・減災設備の設置に対して『簡易版BCP』という支援制度を設けています。

A4用紙4枚程度の「事業継続力強化計画」を経産省に提出し、認定を得ると、税制優遇措置や低金利融資、補助金などが受けられる制度です。
熊本市のある中小運送会社は、この制度を利用して水害リスクのあった倉庫を高台に移転し、非常用発電機や給水ポンプを備えたことで、災害時でも精密機器の保管・輸送ニーズにワンストップで応えられる体制を整えました。
その結果、地元に進出した台湾の大手半導体メーカーからの受注が見込めるようになるなど、ビジネスチャンスを大きく広げています。
このように、国や自治体の支援を上手に利用すれば、事業継続リスクを抑えられるだけでなく、さらなる成長を追求することも可能になるのです。

企業経営に必要な「5つ」の視点

大塚商会やパートナー企業の皆さんにとっては、こうした支援制度を中小企業の皆さんが活用できるようにサポートすることが、ビジネスチャンスにつながると言えます。
補助金で購入するIT製品やソリューションなどの一部を提供することが、売り上げをもたらすと同時に、「中小企業を元気にする」という社会貢献にも結び付くはずです。

「100年企業」が多い日本に誇りを持とう

日本を元気にするという意味では、新しいテクノロジーを積極的に活用して、いままでにない事業領域に挑戦することも大切なのではないかと思います。最近注目されているキーワードの一つに「メタバース」がありますが、馬渕さんはメタバースの可能性や、日本がこの分野で成功できるかどうかについて、どうご覧になっていますか?

馬渕氏:日本のメタバースの市場規模は2022年に1,800億円まで拡大しており、数年後には1兆円を超えるという試算もあります。
かなり盛り上がってきているように感じますし、もともと日本が強いゲーム業界を中心に、その強みを生かしたさまざまな試みが行われていることは注目しています。ただし、どのサービスもまだ手探りの状態で、今後マネタイズできるようなサービスが登場するかどうかもわかりません。

可能性があるサービスを挙げるとすれば、障害者や寝たきりの高齢者向けのメタバースでしょうか。
物理的に動けない、あるいは動きにくい人々が自分のアバター(分身)を作成して、会議に参加したり、学校で教えたりできるようにすることは、あらゆる人に社会参加の機会をもたらすということで、広く受け入れられる可能性があるのではないかと思います。

テクノロジー関連では、AIの活用が今後どこまで進むのかという点も気になるところです。

馬渕氏:現時点でも、AIの活用はかなり進んでいますよ。
マーケティング関係の方々とのお付き合いが多いのですが、マーケティングの世界では、消費者がスーパーの棚の中からどの商品を選んだのか、そのときにどんな表情をしていたのか、といったことまでをAIが読み取り、その情報を商品の改善や、次の商品開発に活かすことが当たり前になっています。生活の中にAIがすっかり入り込んでいるというイメージですね。これからも、自然な形で身の回りのサービスにAIがどんどん活用されていくのではないでしょうか。

ありがとうございます。最後に本誌読者にメッセージをお願いします。

馬渕氏:業は成長するのが当たり前だというのが、これまでの考え方だったと思います。でも、規模を求めるだけでなく、地域に貢献するとか、人を大切にするといったことも、企業が存続する重要な意義だという認識が広がりつつあるのではないでしょうか。
企業の存続のあり方についても、多様な価値観が生まれているのです。

日本は、世界的に見ても「100年企業」が多いことで知られていますが、これは誇るべきことだと思います。
成長も大切だけど、社会に貢献するために企業を存続させるほうがもっと重要だという経営者の意識の表れだと言えるからです。崇高な意識を持ってビジネスに取り組んでいることに、もっと自信を持ってください。

今の経営者に求められるのはリスク管理の視点
中小企業がIT投資を進めるなら
プロの力を借りるべき