PROFILE
防災家・危機管理アドバイザー 広島国際大学非常勤講師
野村 功次郎 氏
消防士として広島県呉市消防局に1991~2013年の23年間所属。阪神淡路大震災、新潟中越地震、東日本大震災の体験を経て、2007年に硫化水素事故現場で被災し、殉職しかけた経験から、組織やマニュアルに縛られず、フリーな立場で災害に向き合う災害救助率先者に目覚める。日本テレビ「世界一受けたい授業」の防災スペシャリストの先生、「THE・突破ファイル」再現ドラマのスーパーバイザーでも有名。23年間におよぶ消防士時代に得た、技術、知識、危機管理のノウハウを基に、独自のスタイルで、分かりやすく丁寧にアドバイスする。レスキューベスト発明(1994年)。心肺蘇生補助ハンカチ発明(2001年)。
元旦に発生した能登半島地震は、我々に災害対策の重要性を再認識させることにつながった。では、企業はどのような観点で防災対策を考え、BCP(事業継続計画)を見直していくべきなのか。会社と従業員を本当に守ろうとした際に注目すべきポイントを消防士として20年以上勤務し、現在は防災家という肩書で幅広い啓発活動を行う野村 功次郎氏にたずねた。
経緯を知る大切さに気づかされた消防士時代
野村先生は23年にわたり消防士として勤務し、その経験のもと、防災家・危機管理アドバイザーとして多様な情報発信を行っています。本日は消防士としての道を選んだ理由からお聞きしたいと思います。
野村 功次郎 氏(以下、野村氏):私は未熟児として仮死状態で生まれ、発達も遅れ、中学生のときには関節の病気を患いました。部活に熱中し、青春を謳歌するような生活とは真逆な青春時代を送っています。関節の病気については、中学・高校時代に二回手術を行い、独学のトレーニングの成果もあり、なんとか人並みに動けるようになっていますが、こうした中、私のハンデを理解し、常に支えてくれたのが両親でした。経済的に大学進学が難しかったという事情もあったのですが、私が消防士という進路を選んだ背後にあったのは、苦労を掛け続けた両親に一刻も早く安心してもらいたいという思いがありました。高校卒業時には、警察官、消防官、海上保安官の試験にパスし、県外への異動がないという理由で地元の消防局を選びました。
すると当時、消防官を選んだのは、なにか特別な思いがあったわけではなかったのですね。
野村氏:親孝行がすべてです。初任給も最初のボーナスも両親にすべて渡していますからね。本来なら地元の消防局で定年まで勤めあげるはずでしたが、仕事には必ず、人生を変えるような出会いがあります。私の場合、それは配属されたレスキュー隊でのある先輩との出会いでした。
印象は最悪でした。最初は名前も呼んでもらえず、「おい!」と完全にもの扱い。こんなに厳しい先輩は、たまったものではないなと思いました。しかし、仕事に取り組む中で、知らぬ仏のやさしい言葉にはない、地獄の鬼の言葉一つひとつの重みが見えてくるわけです。
レスキュー隊の仕事は常に命がけです。判断を誤れば、本人はもちろん部下の命も危険に晒します。こうした中、常に機敏に行動し、毅然とした態度でレスキューという仕事に向き合う先輩の仕事ぶりに感化された私は、これまで以上にトレーニングに励み、先輩の行動を真似ることを目指しました。そんなある日、先輩に言われたのは「目に見える形だけ真似ても、なんの意味もないぞ」という一言でした。結果を真似るだけなら、誰にでもできます。しかし現場の状況に応じて常に適切な判断が行えるようになるには、判断の前提を正しく理解する必要というわけです。言われてみれば、まったくその通りなんです。周囲が右側に注目する中、左側にも注目するように促す理由は、全方向への注意がないがしろになったことを原因とした事故が多いからです。消火チームの進路や配置についても同じです。気温や湿度、風向、風速を頭に入れていなければ、炎や煙に巻き込まれてしまう危険性が生じます。私が今も大切にする、一つ一つの判断の背景にある、目に見えない事柄に注目することの重要性はすべてその方から学びました。
仕事ができる先輩の形を真似るというのは、職種を問わずありがちな話ですね。
野村氏:いい車に乗ったり、いいスーツを着たりを真似るだけなら、それは誰にもできますよ(笑)
大切なことは、実は目に見えない部分にあるのです。私が大切にするフィードフォワードの考え方もその方から学んだものです。この言葉を先手必勝という意味で捉える方もいるようですが、それはまったく見当違いです。常に先手、先手で物事を考え、守りを固めていくというアプローチ法は、あらゆる課題解決に役立つ考え方です。
防災で大切なのは能動的に動けること
次に本題である企業における防災の考え方についてお聞きしていきたいと思います。従業員の安全を確保し、事業を継続する上で企業がまず取り組むべきポイントはどこにあるのでしょう?
野村氏:企業では従業員が組織のルールや数字といった目に見える分かりやすいものに基づいて動くことが一般的で、行動の多くは受動的なものになりがちです。一方で大災害時には、多様な状況に応じて自らが判断し、能動的に行動する力が求められます。真のBCPに取り組もうとするなら、従業員が能動的に行動する力を培うことから始める必要があると考えています。
緊急時の対応策をあらかじめ取り決め、その取り決めに従うことで被害を最小限に留めることはBCPの基本的な考え方です。
野村氏:BCP自体を否定するつもりはまったくありません。しかし、BCPを整備すれば、それで災害対策は万全と考えてしまっては危険と言わざるを得ません。私自身のレスキュー隊員としての体験からも、災害現場では常に臨機応変の対応が求められます。現実問題として、どれだけ上手く練り上げられたプランであっても、そこに書かれた内容をただ覚えるだけでは、災害被害の実情に応じて適切な判断を下すのは難しいはずです。会社と従業員の命を守りたいと本気で考えるなら、BCP策定の経緯という目に見えない部分を理解し、災害時に第一線で実際に動ける人材の育成は避けて通れない課題です。そうした人材が日々の訓練等を通してプランの問題点を洗い出し、全社的な啓発を行い、災害時の対応を習慣として定着させることで、BCPは意義を持つと考えています。
大企業であれば防災の専門チームを持つことも可能かもしれませんが、中小企業の場合、それはかなり高いハードルになりそうです。
野村氏:確かに防災という狭い領域に絞り込んで対応しようとするとあまり現実的ではないのかもしれません。しかし企業は、地震や風水害に限らず、多様な危機管理、リスク管理の取り組みを行っていますよね。新たに拠点を構える際に、地域の風土や習慣を調査することも当然行っているはずです。またサイバーテロや情報漏えい対策も重要な課題です。こうした一連のリスク対策の一つとして防災を取り込むというのもアイデアの一つになるのではないでしょうか。
いずれにせよ、担当者にただ努力を求めるという考え方ではやはり限界があります。そういう意味では、防災に関する社会の仕組みを見直していく必要があるはずです。
社会の仕組みを見直すとは、どういう意味でしょう。
野村氏:国と市区町村それぞれのレベルで考えられます。市区町村レベルで挙げられるのは、災害対応型店舗や災害対応型事業所に関する条例整備を通して、企業の災害対策にメリットを提供する方向性です。
例えば、災害対応型宿泊施設に関する条例があれば、ホテルが助成金や税制面の優遇を通して、災害対策に力を入れることが可能になります。コロナ禍や、今回の能登地震では、感染者隔離や避難者受け入れ施設の確保が大きな課題として浮上しただけに、その解決策としても大きな意味を持つでしょう。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー施設を持つ、船舶による物資輸送が可能な海沿いのホテルであれば理想的です。
同様に飲食店などを含め、災害対応型企業に関する条例整備も効果的です。防災に特化した施策を打ち出すことで、金も人もアイデアもそこに集まり、新たな産業育成にもつながるはずです。こうした仕組みづくりを日本が率先して行い、ISOとして整備すれば海外展開も考えられるでしょう。
それと共に注目したいのは、そこで働く皆さんへの動機づけに関する効果です。認定のハードルを乗り越えることがモチベーションになることはもちろんですが、そうした事業所で働いているという意識は誇りにもつながるはずです。人手不足が言われる中、災害時に地域の拠点として機能する災害対応型企業はブランディングという観点でも大きな意味を持つのではないでしょうか。
これからの時代に必要になる自分をアップデートする力
では国レベルの取り組みはいかがでしょう。今回の能登半島地震の対応でもどかしさを感じた方は多いと思うのですが。
野村氏:まずは想定外という言葉を安易に使うのは、いい加減やめるべきです。日本が地震国であるのは紛れもない事実である以上、対策はまさにフィードフォワードで考えるべきです。私が提案したいのは、防災拠点の整備です。具体的には、自衛隊基地がある横須賀や呉、佐世保、舞鶴など複数の拠点を定め、災害時には被災地により近い場所に内閣府機能まで含めた災害対策の拠点が即座に立ち上げられる体制を整備するのです。
広島で両親を介護しながら生活する私には、日本の防災対策は常に東京という中央が地方を支援するという視点から語られているように思えてなりません。では、首都機能がダウンしたときはどうなるのですか?
拠点整備は、今回のテーマからは多少飛躍するかもしれませんが、国防という観点からも大きな意味を持つはずです。
話題は変わりますが、防災をテーマにした先生のセミナーはとても人気が高いとうかがっています。
野村氏:セミナーや社員研修は、見えないものに気づき、自分で自分を教育する力を培っていただくことを常に意識しています。それを捉える力というべきものを培うことを常に意識しています。もちろん、限られた時間内でできることは限りがありますが、例えば社員研修では、社員旅行中に無人島に漂着したという想定でワークショップを行っています。4人一組で行うワークショップでは、あえて経営層や営業担当、業務やバックオフィススタッフなどを組み合わせ、無人島で力を合わせて生き抜くことを目指します。その際に「私は社長だ」「私は何億の仕事を取ってきている」という理屈が通用するかどうか、参加者の皆さんは実地に学ぶことになるわけですが、それは組織内の上下関係が大災害時には意味をなさないことに対応しています。こうしたさまざまな体験を通し、常にアップデートしていくことが大切だと考えています。
最後に読者の皆様にメッセージをお願いします。
野村氏:今の日本人に一番足りていないのは、元気です。どこに行っても、最初に出るのはため息ばかりです。結果を得るには、意識・知識・行動の三要素を変える必要があるとよく言われますが、その原点にあるのはやはり元気です。行動する元気がなければ、意識も変わりませんし、得た情報を知識として定着することも難しくなります。また目に見えているものよりむしろ、目に見えないものにこそ注目する必要があると感じています。今日お話しさせていただいた防災に限らず、目に見える変化の背後に目を向けることがチャンスを発見するきっかけになるのではと感じています。
柔軟に考えれば、災害対策はビジネスのチャンスでもある
自治体の条例整備は新たな産業育成にもつながるだろう