PROFILE
人財育成コンサルタント 組織変革ファシリテーター 株式会社グロウス・カンパニー+ 代表取締役
山岡 仁美 氏
航空会社勤務を経て、人材派遣会社の研修企画担当に。その後、人材育成への意欲から、大手メーカー系列のコンサルティング会社に移り、人材育成に関する開発・販促・広報などのマネージャー職から企業研修部門の統括部長までを務める。1,000社ほどのコンサルに携わった後、独立。人財育成・組織改革コンサルタント、研修講師、講演と多方面で活躍中。「ダイバーシティ」「リスクマネジメント」「問題解決」「アサーション」「ネゴシエーション」「CSR/CSV」「キャリアデザイン」などをテーマにあらゆる業種・職種・職能にカスタマイズし展開。イバーシティ、サステナブル、働き方改革では、ヤフーニュースにも常時取り上げられている。
人手不足が常態化する中、浮上したのが多様な人材の獲得・活躍を実現するダイバーシティ経営だ。とはいえ、ダイバーシティ概念の理解も含め、実現への道筋は不透明な部分も多い。早くから多様性という観点に基づく人材育成、組織作りに取り組んできた山岡 仁美氏に取り組みのポイントをお聞きした。
サステナブルとダイバーシティの関係
性別や年齢、人種や国籍、障がいの有無や性的指向、宗教や信条、価値観などを問わず、多様な人材を活かすダイバーシティ経営が近年大きな注目を集めています。早くから多様性を重視した人材育成、組織作りに取り組んでこられた先生は、こうした動きをどうご覧になっていますか。
山岡 仁美氏(以下、山岡氏):ダイバーシティという言葉自体は十数年前から聞かれはじめていますが、真正面からダイバーシティに取り組む企業が目立ち始めたのはここ数年のことですね。それに伴い、人材確保などの観点で成果を挙げている企業も増え始めている状況です。
企業がダイバーシティに目を向ける背後には、やはり人材不足、人手不足という大きな課題があると考えていいのでしょうか。
山岡氏:確かに人材不足や人手不足もその理由の一つです。しかしそこだけに目を向けると、企業がダイバーシティに取り組むべき理由が見えにくくなってしまう懸念があります。これまで職場の問題に気付いても見て見ぬ振りをする、あるいは不利益を被った当事者が我慢するほかないという企業文化、組織風土は決して珍しくありませんでした。しかし、近年の重要な経営課題の一つであるサステナビリティ(持続可能性)において最重要視される変革や新たな価値創造において、こうした組織風土は実はデメリットでしかありません。変革や新たな価値創造の前提となる、現状理解や問題認識の見落としにつながりかねないからです。積極的にダイバーシティに取り組まれる企業の担当者の方々とお話しすると、やはりサステナビリティに関する問題意識を強くお持ちであることが多いですね。
一方で、求職者の価値観も近年大きく変わりつつあります。企業の規模ではなく、「自分を活かせ社会に寄与できるのか」「その組織文化に共感できるのか」など、企業の規模などよりむしろ企業文化や組織風土を重視する求職活動が注目されています。ダイバーシティ実現に向けた組織改革は、若い世代の価値観にもマッチしています。こうした変革が人材確保においても大きな役割を果たすという言い方はできると思います。
なるほど。ダイバーシティの追求が結果として人材や人手の確保にもつながるというわけですね。とはいえ中小企業の場合、ダイバーシティに本気に取り組んでいる企業はまだ少なくないように思います。
山岡氏:たしかに着手できていない、推進できていないという企業も多いのですが、優れた事例も出はじめています。一例が障がい者雇用の取り組みです。私が知るある事例では、地域の障がい者を目にした従業員の発案で障がい者雇用の取り組みがスタートし、その受け入れに先立ち、業務フローの全面的な見直しを実施しています。見直しは結果として誰もが働きやすい職場の実現につながっています。これも新たな価値創造の一つですよね。
難民人材の雇用も注目したい取り組みの一つです。さまざまな事情から日本で暮らす難民には、母国の弁護士資格や高度なITスキルを持つ優秀な人材もいます。外国籍の人材で、まだ日本語が上手に話せない方を採用する場合、社内コミュニケーションまで含めた業務の見直しが求められます。難民人材の採用は、日本人にはない彼らの発想が得られるだけでなく、硬直化した企業文化を変えていくことにもつながるわけです。
DE&IからDEIBへ 強く求められる本質の理解
次にダイバーシティを企業はどのように捉え、実践していくべきかお聞きしたいと思います。
山岡氏:ダイバーシティは近年、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)というワードで説明されることが増えています。インクルージョンとは包括的にという意味ですが、ここで注目いただきたいのは、イコーリティ(平等)ではなく、エクイティ(公平)という言葉が使われている点です。
イコーリティを一口に言えば、背の高い人も低い人も、女性も男性も同じ条件を適用しますよという考え方です。ところが、体力がある人とない人や、日本語が上手に話せる人とそうではない人に同一ルールを適用すれば多様性の確保は難しくなります。それに対しエクイティは、一人ひとりが力を発揮できるよう取り組んでいるという考え方になります。
さらにグローバルでは2年ほど前からビロンギングを加えたDEIBという言葉が一般化しつつあります。ビロンギングとは直訳すると帰属意識になりますが、この言葉から「社訓の唱和」や「社歌の合唱」などを連想してしまうと明らかに意味を取り違えてしまいます。
ビロンギングは、特定の組織や社会の一員であることの満足感、納得感を表します。そうした感情を持つことで生まれる組織や社会に貢献したいというモチベーションは、ポテンシャル発揮はもちろんのこと成長の契機にもなります。ここまで視野に入れて取り組みを進めることでダイバーシティによって得られる果実も大きく変わってくると思います。
ダイバーシティにおける平等と公平の違い
多様な個性を活かすにはエクイティが必要というお話しですが、企業は今後、公平をどのように考え、施策に落とし込んでいけばいいのでしょう。
山岡氏:分かりやすい例で説明しましょう。日本では女性活躍推進がダイバーシティの代名詞のように使われる状況が長く続いていますが、なかなか成果が上がっていないのが実情です。女性管理職を増やすという目標を掲げ、マネジメントスキル育成をはじめとするキャリア支援や時短勤務、育休制度を整備する企業様は少なくありませんが、それは公平と言えるかもしれませんが、女性一人ひとりの価値観には必ずしも対応できていません。なぜなら一口に女性と言っても経営にチャレンジしたいという方もいるし、チームメンバーをサポートすることに生きがいを感じる方もいるからです。
在宅勤務の推進でも同じようなことが言えます。子育て世代のポテンシャルを引き出す観点で在宅勤務を導入する企業は多いのですが、実際には在宅勤務では怠けてしまい力を発揮しきれないという人も少なくありません。
そう考えると、公平の実現にはより緻密で戦略的なサポートが必要ですが、経営層が従業員一人ひとりに向き合い、各人の価値観を理解するというのはあまり現実的ではありません。企業としてまず行うべきは、価値観に応じて多様な働き方を選べる制度の整備になるはずです。
それと共に大切になるのは、良質なコミュニケーションやリレーションシップの確立です。特にビロンギングの向上には、エンゲージメントにも注目する必要があります。私はエンゲージメントを企業とそこで働く個人の相思相愛の関係と説明しているのですが、指示系統が上司から部下への一方通行であればエンゲージメントは成立しません。やはり相思相愛には双方向のやり取りが必要ですからね。
男性の育休制度の利用率がなかなか向上しないという声をよく耳にしますが、その背後にはエンゲージメントの問題があります。相思相愛の関係が確立していれば、休業や時短勤務の申請もしやすくなるはずだからです。逆に言うと、こうした関係が成り立っている企業であれば、働き方のバリエーションさえ整備すれば自ずとダイバーシティは進んでいくと思います。
山岡氏:セミナーや社員研修は、見えないものに気づき、自分で自分を教育する力を培っていただくことを常に意識しています。それを捉える力というべきものを培うことを常に意識しています。もちろん、限られた時間内でできることは限りがありますが、例えば社員研修では、社員旅行中に無人島に漂着したという想定でワークショップを行っています。4人一組で行うワークショップでは、あえて経営層や営業担当、業務やバックオフィススタッフなどを組み合わせ、無人島で力を合わせて生き抜くことを目指します。その際に「私は社長だ」「私は何億の仕事を取ってきている」という理屈が通用するかどうか、参加者の皆さんは実地に学ぶことになるわけですが、それは組織内の上下関係が大災害時には意味をなさないことに対応しています。こうしたさまざまな体験を通し、常にアップデートしていくことが大切だと考えています。
場を設けるだけではないコミュニケーションの方法
山岡先生の会社では、完全週休三日制や男性スタッフの育休完全取得などをいち早く取り込んでこらでました。特にエンゲージメント向上という観点でなにか施策のヒントはいただけますか。
山岡氏:一例として紹介したいのは、当社が実践するワンダフルポイント制度です。ワンダフルポイントとは、自分以外の人に素晴らしいと感じてもらえたときに付与されるポイントで、累計され賞与に反映されます。ポイントが付与されるのは、例えばミーティングの際に主催者の想定外の提案や問題提起を行った時や、時短勤務中の人が自分で抱え込まず、自分だけでは困難なタスクを少しずつ周囲に割り振った際などさまざまです。この制度の特長は、目先の業務がスムーズに回るとかそういうことではなく、組織のメンバーをより深く理解できるようになる点にあります。例えば「Aさんはこんなことが得意なのか。次に同じような案件があったときはAさんにまっさきに割り振ろう」といったり、「Bさんはこんなことが苦手なんだな」「Cさんは今、こんなことに困っているんだな」など、さまざまな気づきにつながるのです。これにより対話の時間を設定したり、チームミーティングの時間を確保したりすることなくリレーションシップが構築できてしまうわけです。名称はともかく、同様の施策を推進する企業は少なくないようですね。
また当社では1日2時間以上の残業は禁止です。家庭やプライベートなど、従業員が会社の一員として以前に、人として充実していることが重要ととらえているのですから。残業を超過するとペナルティが課されます。残業した日から1週間以内にみんなが喜ぶサプライズを提供するというのがペナルティです。お花をミーティングルームに飾ったり、トイレ掃除をしたり、サプライズはさまざまですが、相手が喜ぶことを考えることでアンテナ感度は確実に高まります。それによる他者の理解はビロンギングにも確実につながるはずです。
コミュニケーションは、まずは場を設けてと考えがちですが、これからは日常業務の中で相互理解を深めていく考え方も重要になりそうですね。では最後に読者の皆様へのメッセージをお願いします。
山岡氏:これからの日本はかつての右肩上がりの成長は期待できませんが、だからこそ企業経営者の皆様においてはチャレンジし続けることがより大きな意味を持っています。その一つがダイバーシティです。
難民人材の採用などはハードルが高くても、これまで大卒者に限ってきた新卒採用を高卒者まで広げることもチャレンジの一つです。日本の見えざる課題の一つに貧困問題がありますが、一頃と違い、経済的な理由で大学進学、卒業を断念したというケースもあります。もしかすると、そうした方の中にダイヤモンドの原石が潜んでいるかもしれません。また、これまですべてトップダウンで進めてきた場合、従業員からの提案の機会を用意することもチャレンジの一つ。小さなことでいいのです。日本の企業経営者の皆様にはぜひチャレンジし続けていただきたいですね。
ダイバーシティでは、平等ではなく公平であることを目指し、
行うべきは、価値観に応じて多様な働き方を選べる制度の整備