高橋洋一氏の写真

PROFILE

アース製薬株式会社など社外取締役
ハロルド・ジョージ・メイ氏

1963年オランダ生まれ。少年期は日本や米国、インドネシアなどオランダ国外で長く過ごした。ニューヨーク大学大学院を修了。ハイネケンジャパン、日本リーバ、サンスター、日本コカ・コーラ副社長兼マーケティング本部長等を経て、2014年タカラトミー社長就任、大幅黒字に転換させV字回復に導く。2018年新日本プロレス社長兼CEO就任。過去最高売上げ・最高利益達成後、20年末退任。現在、アース製薬、コロプラ、アリナミン製薬、キユーピー、パナソニック社外取締役5社の社外取締役。

経済や景気状況といった外部環境の変化や人手不足に代表される経営資源の制約により、日本企業の多くは今、これまで以上に難しいかじ取りが求められている。日本リーバ、日本コカ・コーラなどの外資系企業でキャリアを築き、その後、プロ経営者として赤字経営のタカラトミーのV字回復を実現し、新日本プロレスの過去最高売上げ・最高利益を達成したハロルド・ジョージ・メイ氏に、日本企業が元気を取り戻すヒントをたずねた。

コカ・コーラがオフィス装飾にコストを割く理由

ハロルドさんが赤字経営だったタカラトミーの社長兼CEOに就任したのは2015年。それから2年足らずで同社はV字回復を遂げました。今日はその秘訣をぜひお聞きしたいと思っています。

ハロルド・ジョージ・メイ氏(以下、ハロルド氏):当時、私が重視したポイントを一つだけ挙げるなら、それはプライド(誇り)です。残念なことに、毎日楽しく、毎日上手く行くような仕事は存在しません。仕事をする以上、壁にも突き当たるし、何をやっても上手く行かないような日にも出くわします。そうした時、私たちが「でも明日も頑張ろう」と思える拠り所になるのが、企業の一員としてのプライド、つまり企業の存在や製品・サービスが社会に果たしている意義なのです。

私がその重要性に気づかされたのは、今から15年ほど前、日本コカ・コーラでマーケティングの仕事をしていたときのことです。当時、コカ・コーラ本社の業績は長く低迷を続け、優秀な人材が社外に流出する状況が続いていました。こうした中で就任した新社長が最初に行ったのは、新しい経営方針を打ち出すことでも新製品の開発でもなく、企業のプライドを再構築することでした。

注目したいのは、コカ・コーラのプライドを言葉で説明するだけではなく、オフィス装飾を通して視覚的に伝えた点です。米国本社の受付ロビーに、コカ・コーラが販売されている国と地域を示す巨大な地図を掲げたのはその一例です。当時、私の同僚の多くはコカ・コーラを百年以上前に発売された時代遅れな製品と受け止めていました。でも実際には当時コカ・コーラが販売されていなかったのは、世界にわずか2カ国に過ぎず、国連加盟国数より多い208カ国で、1日19億杯が販売されていたのです。ちなみにその2カ国は、北朝鮮とキューバでした。

こうしたメッセージを言葉で発信しても「それはすごいね」で終わるでしょう。しかし、受付ロビーに巨大な世界地図を掲げ、コーポレートカラーの赤をオフィス装飾に効果的にあしらうことで、確実にプライドが共有されていくのです。コカ・コーラのV字回復に関してはさまざまな分析がされていますが、私は社員がプライドを共有できたことも大きな意味を持っていると感じています。

オフィスデザインにこだわる日本企業は増えていますが、確かに企業のプライドという観点は希薄かもしれませんね。

ハロルド氏:企業が元気になるには、まず社員が元気になることです。一見回り道のように見えようと、そのための投資は決して無駄ではないのです。実は以前から、日本の企業文化で気になることが一つあります。それは損益計算書の「人件費」という項目です。つまり費用という認識です。費用は減らすべきものということは、ビジネスマンであれば1年生でも知っています。外資系企業の場合、「人材投資」という言葉を使うことが一般的です。人件費はコストではなく、企業活動に不可欠な投資という認識ですね。日本企業は「社員が財産」という言い方をよくします。文化の違いと言えばそれまでですが、人件費という言葉を目にするとどうしても「本当かな」と思ってしまいます。

危機は乗り越えられると信じさせることが責務

タカラトミー時代はハロウィンにちなみ、社員が仮装して勤務するイベントも開催されました。

ハロルド氏:私がタカラトミーの社長に就任したのは、特別損失を計上するような状況下のことでした。だからといって社員に暗い顔をして出勤するように言いますか? そんなことは言いませんよね。みんなに元気になって欲しいと思い、考えついたのが、毎月1回、1時間だけ、みんなで楽しいことをすることでした。では10月は何がいいだろう。そうだ、ハロウィンがあるよ。そこで10月はみんなで仮装して仕事をしようとなったわけです。実は初年度は、二千数百名の社員中、仮装したのは2、30名でした。でも2年目は約半分、3年目はほぼ全員が思い思いの仮装を楽しんでいました。毎月のイベントは、原宿の有名な綿あめ屋さんをオフィスに招くなど、いろいろしましたが、おもちゃメーカーと仮装はとても相性がよかったと思いますね。

日本企業の場合、職場の雰囲気づくりが苦手なようです。そもそもあまり意識していないリーダーも少なくないように思います。

困難に直面した時、現在の赤字は一時的なものに過ぎず、必ず乗り越えられると社員や部下に説明することもリーダーの重要な役割です。本当かどうかは、また別の話ですけどね。

それに関連して、ぜひ言いたいことがあります。日本の上司は部下を褒めませんよね。「お疲れさま」とは言いますが、「この前のあなたのプレゼン、最高だったよ」とは言いません。私は年に1回は全社員を褒めるように心掛けています。例えば「あなたのレポートを読んだけど、とても分かりやすかったよ」と社長に声を掛けられたらどう感じるでしょう。とても大きな動機付けになるはずですよね。こう言ってはなんですが、レポートを読んでなくてもかまわないのです。褒めることに意味があるのですから。

また日本の上司は部下にお礼を言いませんよね。海外であれば、依頼した仕事を部下が達成したらお礼をいうのは当たり前です。不思議に思い、一度日本人の知人に理由を聞いたことがあります。すると彼は、「報酬を払っているのだから、お礼の必要はないでしょう」と言いました。

理屈としては、確かにその通りかもしれません。でも「〇〇さんのおかげで、これだけのことができたよ。本当にありがとう」と伝えることと、銀行口座に給料が振り込まれることの意味はまったく違いますよね。なぜ日本のリーダーはそれをしないのでしょう。本当にもったいないと思いますよ。

マーケッターとしてのハロルドさんは、成田空港の出発ゲートにガチャコーナーを設置したことでも知られています。ガチャコーナーは全国に広がっていますが、ああいった発想からどこから生まれるのですか?

私は「なぜ?」「どうして?」と自分自身に疑問を投げかけることが大好きです。成田空港を利用すると、出国ゲートまでお店もなにもない広い通路が続きます。「せっかくの場所なのに、なぜお店がないの?」と思い、調べてみると電源も水道もありませんでした。でもガチャであれば電源は必要ありません。皆さんも経験があると思いますが、海外旅行では余った小銭の処分に困ります。百円玉一つで興味深い日本旅行のお土産が得られるなら、ガチャは必ずヒットすると思いました。

空港のガチャコーナーは、成田空港の特定の出国ゲートで小規模なテスト運用を行うことからスタートしています。アイデアを思い付いた机上でいろいろ考えるのではなく、まずは試してみることも私が大切にしていることです。

8対2のバランスが信ぴょう性を高める

話が変わりますが、人材難は近年の日本企業が直面する大きな課題の一つです。

ハロルド氏:転職には常にプラスとマイナスがあります。転職の動機は、昇格や昇給が大部分を占めますが、そもそも困っているから人材を募集することを考えると、その対価としてワークロードがこれまで以上に大変になることも十分に考えられます。転職の相談を受けたとき、私はまず人間関係の再構築も含め、そのリスクを説明するようにしていますが、それでも転職を選ぶのであれば止めようがありません。

その一方で、人材流失を防ぐ取り組みはいくつか考えられます。先ほどのプライドもその一つです。また転職を考える人は、今の職場になんらかの不満があるわけですが、ではなにが不満なのかというと、報酬や福利厚生に次いで多いのが評価に対する不満です。評価が公平公正に行われていないという不満はかなり多いのです。

私は、上司が部下を評価するように部下が上司を評価し、職階ごとに互いに評価しあう、360度評価を積極的に活用するようにしています。相性が悪い上司の評価に納得できないという人も多いと思いますが、このやり方であれば、同僚が互いに評価し合うことになります。納得感という点で大きな意味を持つと思います。

また、経営情報をオープンに伝えることも大切です。私は四半期に一度、コンサートホールなどに全社員に集まってもらい、状況を自分の言葉で伝える機会を用意し、売上や利益、株価だけでなく、新商品のCMの反応など多様な情報を発信するようにしてきました。その際で常に意識しているのは、失敗例にも触れるということです。

ビジネスに100%の成功はあり得ません。チャレンジして失敗したならそれは仕方ない、失敗を恐れすぎないで、と伝えたいというのが第一の理由ですが、実はそれ以外にも理由はあります。失敗例を語ることで、情報の信ぴょう性が高まることがその理由です。私はどのような経営状況であっても、2割の失敗例を織り交ぜるようにしています。

日本企業の復活のカギはプライドを思い返すこと

ハロルドさんのお話はなるほどということばかりで、日本のリーダー層にとっては耳が痛いことも多いように思います。

ハロルド氏:でも私から見れば、日本の皆さんが自分たちのすごさを見失っているように思えてならない。 百年企業が世界に何社あるかご存じですか? 8万社です。それを多いと見るか、少ないと見るかは人それぞれですが、その約41%が日本企業。二百年企業ではなんと日本企業が65%を占めます。百年のスパンでも、世界大戦をはじめ様々な困難がありました。それを乗り越えて今も残る企業がこれだけ日本に多いというのは誇るべきことですし、積極的に世界に発信すべき。話は戻りますが、皆さんのプライドを改めて思い返すことが、日本経済が復活し、日本企業が元気になるための重要なカギを握っていると私は考えています。

組織に所属するプライド(誇り)を社員に提供することは
リーダーとしての重要な務めです