高橋洋一氏の写真

PROFILE

株式会社Project MINT代表取締役 Forbesオフィシャルコラムニスト
植山 智恵 氏

津田塾大学卒業後、ソニー入社。ビジネス環境が急速に変わる中、教育現場が変わらないことのギャップに疑問を感じ始める。2015年に渡米し、この問題を追求することを決意。シリコンバレーにてソニーのスタートアップ(教育テクノロジー事情調査)に従事する中、ミネルバ大学の存在を知り、大学院に入学し、世の中に存在する最適解が出されていない問題についてどのように向き合っていくべきか、言語化する日々を送る。2019年ミネルバ大学大学院修士課程を修了。日本人初の卒業生となる。日本帰国後、Project MINTを立上げる。大人に必要なのは「個人のパーパス」だと実感。”ひとりの輝きを信じ続け美しいものを創る”をパーパスとし、才能開花事業を展開中。立教大学グローバル・リーダーシップ・プログラム講師。

今、AIは業務の領域に確実に踏み込もうとしている。それに伴う組織や働き方の変化は、多くの人が注目する事柄の一つだ。ダイバーシティに代表される日本企業が直面する課題とAIの関連について、グローバルな視点でこれからの学びのあり方を説く植山 智恵氏に聞いた。

目標を掲げる多様性の落とし穴とは

「学び」というキーワードを通し、より良い生き方や、より良い組織変革を支援する取り組みを続ける植山先生にお聞きしたいのは、私たちのキャリア形成や組織の成長という観点におけるAIの意義です。まずその前提として、我々日本人の従来の学びの問題点についてお聞きしたいと思うのですが、いかがでしょうか。

植山 智恵氏(以下、植山氏):そうですね。まずは私が考える、日本の公教育の問題点から話を始めたいと思います。ChatGPTをはじめとするAIは、コンセンサスがとれた最適解を導くことは得意です。しかし「私はどう生きるべきか」などの正解のない質問を投げかけたところで、満足できるような答えが返ってくるわけではありません。日本の公教育はこれまでAIが得意とする最適解を素早く導く能力を一元的な価値基準にします。その一方で、それ以外の能力はないがしろにしてきました。例えば、その一つが自分を表現する能力です。欧米諸国の公教育では早い段階から、自分の要求を社会に伝える能力を養います。その背景にあるのは、私とあなたは同じではないという大前提です。同じではない以上、伝えるべきことを伝え、同様に相手の意見を傾聴することが大切になるわけですね。

欧米社会が実践する、対立を恐れずに自己を表現し、反対意見に耳を傾け、対話を通して落としどころを見つけるというプロセスも実は公教育によって支えられてきたわけです。
日本人の場合、自分を表現するトレーニングがされてこなかった文化的な違いもあり、自分のニーズを伝えることによる対立は避けたいと考えることが一般的です。

この問題は、特に日本企業のダイバーシティへの対応において強く表れているようにも思えます。女性活躍社会の実現に向け、日本政府は女性マネージャー比率を30%に高めるという目標を打ち出していますが、それが真のダイバーシティ社会につながるかというとはなはだ疑問です。なぜなら、女性の働き方のニーズはさまざまであるはずだからです。真の多様性を目指すのであれば、本来は各人が自分の働き方のニーズを表明し、職場内での調整を経て、個人にとっても社会にとっても望ましい落としどころを見つけていくというプロセスが必要になるはずです。こうした当り前とも思える対話や議論を経ず、一足飛びに30%という数字が出てくる理由の一つは、正解を求めることに終始し、自分の考えを伝える能力を重視しなかった日本の公教育にもあるのではないでしょうか。

確かに、日本人には無駄な波風を立てたくないという意識があることは否定できません。今のお話しを聞くと、対立は決して無駄ではないというところから我々は受け入れていく必要がありそうですね。

植山氏:2010年代以降の世界は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとったVUCA時代という言葉で表されます。社会環境やビジネス環境が大きく変わる中、教育を通して培われた、対立を恐れず、対話を通してよりよい社会や組織を目指すという能力は、欧米社会の復元力を高める上で大きな役割を果たしていると見ることができます。

ただし日本の公教育は、私が問題意識を持つようになった時代とは違い、ここ10年ほどの間に大きく変わっています。ですから今は、自分を表現することの大切さを学んだ世代を組織がどのように受け入れ、彼らの自己表現する力をどのように生かしていくかというフェーズに移行しているとも言えますね。

社会環境やビジネス環境の変化にいち早く対応し、アドバンテージを得るうえでは、経営層から意識を変えていく必要がありそうですね。ここで浮かび上がるのは、幼少期から培われてきた意識は簡単に変えられるのだろうかという疑問です。

植山氏:年齢を問わず、いくつになっても人は学習を通して変わることができます。学びの一例として挙げたいのは、自分を見つめ直す取り組みです。

あまり意識することはないかもしれませんが、一人の人間の中には、さまざまな強みや弱さがあります。また自分自身の感情を分析し、奥底にある真のニーズや価値観を追求していくと、祖父母の一言や中学の同級生との会話など、意外な原体験が浮かび上がることも珍しくありません。自分の中にある、今まで意識することがなかった多様性に気づくことは、多様性を理解し、受け入れることにつながります。自分自身を再発見する取り組みは、50歳になっても60歳になって始めても、全然遅くないはずです。

思考の癖を知ることは組織改革にも有効

自分自身を再発見するための学習とは、具体的にどういうものでしょう?

植山氏:私が参照している理論の一つに「U理論」と呼ばれる、MITのオットー・シャーマー氏が提唱する理論があります。その名の通り、U字型の谷にたとえられる一連のアプローチにおいて、谷底に下るプロセスは自分自身を見つめなおす期間です。「自分とはなにものなのだろう」「なぜ自分はこうした場面で負の感情を持つのだろう」などの問いかけを通し、自分自身を理解し、谷底に達したところで、自分が腹の底で感じていることを表現し、実践するというのがその基本的な考え方になります。

自分を見つめなおすプロセスでは、アンラーン(Unlearn)と呼ばれる考え方が大きな意味を持ちます。それを一口に言えば、自分自身の考えを狭めている思考の癖を知る取り組みです。「毎日忙しくて新しい挑戦はできない」、「お金がないからやりたいことを諦めよう」、「仕事とはこういうものだから黙って受け入れよう」という、誰もがつい思ってしまう無意識の決めつけはその分かりやすい例です。なお、アンラーンでは思考の癖を克服するのではなく、癖を受け入れ、それと向き合うことが大切になります。実はこうした取り組みは、組織改革でも大きな意味を持ちます。

それはなぜでしょう?

複雑化した社会では、自分の目に映る課題が氷山の一角に過ぎないことが珍しくありません。思考の癖を知ることは、これまで見落としてきた課題に気づく上で大きな意味を持ちます。見落とされてきた課題に気づくことは、組織の課題解決でも極めて大きな意味を持ちます。思考の癖を知り、今まで気づかなかったような組織の課題を発見することは、組織の変革にも大きな役割を果たすのです。

AIが自分らしい働き方を実現

次にお聞きしたいのが、これからの社会におけるAIの意義です。特に人々の働き方や組織運営をAIはどう変えていくとお考えですか?

植山氏:AIにはさまざまな可能性がありますが、特に働き方の観点で注目したいのは、これまで言語化や可視化できなかった従業員の状態が精緻に把握できるようになる点です。ビッグデータとAIの組み合わせにより、毎日のストレスレベルや仕事のやりがい、組織とのエンゲージメントのレベルなど、これまで定性的な捉え方しかできなかった情報が定量的に捉えることが可能になります。さらに言えば、従業員がどういう状態にあるときに組織のパフォーマンスが最大化するというようなことも見えてくるはずです。AIは、個人と組織をよりよい形で結び付ける上で大きな役割を果たすことは間違いありません。

一方で冒頭でも触れた通り、AIには自分がどうなりたいのか、どう生きたいのか、さらに言えば社会をどう変えていきたいのかという理想を描くことはできません。個人の理想像や組織の理想像を描く取り組みは今後さらに重要になるのではないでしょうか。

ちょっと話題は変わりますが、ITビジネスの領域では、AIは期待値が高い一方、成果が見えにくく、提案が難しいという声もよく耳にします。

植山氏:オールドファッションな言い方になってしまいますが、ツール提案ではなく、組織が直面する複雑な課題を解決するという視点がより重要になるはずです。私はミネルバ大学の大学院で複雑に入り組む課題の解決方法について学びましたが、そのためには、複雑に絡み合うステークホルダー間の利害関係を掘り下げ、自分自身も偏見を捨て去り、当事者と同じ目線で課題解決のキーを探るという取り組みが必要です。ITビジネスのソリューション提案もそれと同じではないでしょうか。コンサルのような上からの目線ではなく、当事者の一人として、組織が直面する課題を共に考えることが必要ではないでしょうか。

既にお話しした通り、あるべき姿を考えることは人間にしかできません。一方、クライアントがなんらかの提案を求めているということは、現状の維持バイアスを乗り越えたいという意思の表れにほかなりません。あるべき姿を共有し、成長の道筋を示すことで投資への理解は得られるはずです。そういう意味で、組織としての理想や目指す目標を共に掘り下げていくという姿勢が大切になると考えています。

求められるのは新たなリーダーシップ

最後に読者の皆様へのメッセージをいただけますでしょうか。

植山氏:PDCAサイクルを回すことは確かに有意義ですが、それ自体を目的にされがちで、往々にして本質を見落とすことにつながります。私がお伝えしたいのは、売上をつくるための仕事に追われる状況から一歩身を引き、自分の、そして組織の理想像を思い描くことの重要性です。そのためには自分自身を見つめ直し、内面から湧き上がるようなものを捉えることは、自分らしく生きる上で大きな意味を持ちます。

個人のパーパスはこうした取り組みを通して導き出せます。次に行うべきことは、個人のパーパスと組織のパーパスを重ね合わせる取り組みです。組織のパーパスを考えることは、組織が幸せな状態を考えることです。企業の場合、確かに売上は重要ですが、組織のメンバーが目指しているのはそれだけではないはずです。

「自分たちはこんな価値を顧客に届けたい」「こんなプロセスを大切にして製品を開発したい」「メンバー全員がこんな体験を共有したい」という思いの部分を救い上げ、組織としてのパーパスを導き出すことは決して簡単ではありません。

こうした従業員の思いを言語化したうえで、そこに組織のパーパスを重ね合わせていくには、個人の幸せと組織の幸せ、さらにいえば社会の幸せまでを考慮された理想像を描くというリーダーシップが必要になります。こうした観点で組織をデザインできる、新たなリーダー層を育てることで日本は大きく変わるはずです。こうした役割を果たせるリーダーが活躍する時代が訪れれば、日本はとても素敵な国になるはずです。

これまで言語化や可視化できなかった
従業員の状態をAIが把握できれば
どのような状態が組織のパフォーマンスを
最大化にするかが見えてくる