
PROFILE
株式会社JOENパートナーズ 代表取締役 CEO 営業コンサルタント
城野 えん 氏
慶應義塾大学出身。グローバルIT企業のトレンドマイクロ株式会社にて、新製品受注件数1位を達成。国内外で新規顧客開拓や協業立ち上げを経験し、独立。大手IT企業を中心に「仮説提案営業®」をベースとしたフルカスタマイズ研修を提供。多数の企業で成約率が2倍になるという成果が続出している。『成果に直結する「仮説提案営業」実践講座』(日本実業出版社)著者。
AIやDXの活用が広がる一方で、十分に成果を引き出せる企業とそうでない企業の差も現れ始めている。特に営業の現場では単に業務効率化を図るだけでなく、いかにAIを使って顧客理解や提案力の向上につなげられるかが問われている。そこで今回は、「仮説提案営業®」メソッドを提唱する城野えん氏に、AI時代に求められる営業の役割や価値、営業成果と生産性を高めるために効果的なAI導入のポイントを聞いた。
製品説明だけでは売れないそこから生まれた新メソッド
AI利活用を巡る、大企業と中小企業の格差を指摘する声が少なくありません。こうした中、清水さんは自社サイトなどで中小企業に特化したAI利活用のヒントを積極的に発信されています。本題に入る前に、従業員50名以下に特化したITコンサルティングというビジネスを立ち上げられた理由からお聞きしたいと思います。
城野 えん氏(以下、城野氏):は大学卒業後、新卒で大手セキュリティベンダーに入社し、法人営業部門に配属されました。自社の製品を多くのお客様に届けたいという強い気持ちはあったのですが、なかなか結果につながりませんでした。当初、その原因は自分自身の専門知識の薄さにあると考え、週末も製品カタログに向き合い、ひたすら学習に没頭する日々を送りましたが、営業に同行してくれるSEにも負けないほどの知識を習得してもさっぱり売れません。さすがに、根本的に何かが間違っているのではないかと考えました。そこで同僚たちの商談に目を向けると、私を含め、一つの共通点に気づかされました。それは、1時間の面談時間のうち50分を製品説明に費やしている点でした。もちろん、こうした営業手法を否定するつもりはありません。しかし、このやり方で契約につながるのは、製品に強い関心を持ち、「詳しく説明を聞きたい」というお客様に限られてしまいます。
当時、法人部門が力を入れていたのは高機能な次世代セキュリティ製品でしたが、私が担当する中小企業の場合、そもそも必要性を感じていないことが大半でした。そうしたお客様にどれだけ機能を説明したところで、契約にはつながりません。そこで考え方を180度転換し、お客様の課題を把握することから商談を始めてみようと考えました。
その気づきがメソッド開発の第一歩だったわけですね。
城野氏:まず取り組んだのは、商談前にお客様の情報を収集し、なぜこの会社に当社の製品が必要なのか、その理由を徹底的に考えることでした。自分なりの仮説を中小企業に響くようにまとめて商談に臨むと、お客様も「確かにそうだよね」と応えてくださいます。対話を重ねていくと「それは取り組むべき課題だね」という話になります。「そういうことであれば、当社の製品が役立つかもしれません。次回、詳しくご説明しましょうか?」と提案することで、次回のアポイントも自然に取れるようになりました。そこから劇的に状況が変わったのです。当時、次世代セキュリティ製品は、多くの営業が年に1件の契約しかとれないほど難易度の高い商材でしたが、私は12件の契約をまとめ、受注件数ナンバーワンを達成しました。
その後、私は大企業の担当を経て、シンガポール駐在員として海外でも営業活動を行いました。シンガポールでも、現地企業、グローバル企業、日系企業を問わず、お客様が直面する課題から商談を始めるという考え方は有効でした。仮説を呼び水としてお客様との対話を深め、お客様に新たな価値を提供することで案件を創出するという仮説提案営業®メソッドは、私自身のこうした経験の中で培われたものです。

営業活動を加速させるツールとしてのAI
次にお聞きしたいのは、営業担当はAIとどう付き合うべきかというテーマです。AIが進化すれば営業担当は要らなくなるという極論も聞こえてきますが、城野さんはどうお考えになりますか。
城野氏:まずはっきり申し上げておきたいのは、いかにAIが進化しても営業担当は必要であり続けるという点です。その前提のもとでお話しさせてもらうと、AIは営業担当の思考の整理や提案準備を加速させる役割を担うことになると考えています。私が提唱する仮説提案営業®メソッドを例に、AIの活用を具体的に説明していきましょう。
仮説提案営業®メソッドは3ステップで構成されています。ステップ1は商談前にお客様の情報をインターネットなどで収集して課題を推測し、それに見合った提案シナリオを考えるプロセス。ステップ2は提案シナリオを初回商談用の資料に落とし込むプロセス。ステップ3は資料を使って初回商談で仮説提案を行い、お客様との対話を通じて課題を深堀りしながら提案をブラッシュアップし、案件化につなげていくプロセスです。
提案資料や提案書の作成にもAI活用は効果的ですが、一連のプロセスの中で最もAIが大きな役割を果たすのはステップ1の提案シナリオを考えるプロセスです。私が仮説提案営業®メソッドを体系化し、書籍として発表したのは2022年です。幸い導入企業様には予算達成率120%や2倍近い成約率向上などの成果を上げていただけましたが、やはり提案の準備には多くの時間と労力が必要でした。しかし、生成AIが利用できる今日であれば、そのプロセスを大幅に省力化することが可能です。
AIの用途としてまず挙げられるのが、情報収集の効率化です。業界や個別企業に関する情報をAIが即座に要約してくれることは皆さんご存じのとおりですが、それ以上に大きな意味を持つのが提案シナリオの作成支援です。仮説提案営業®メソッドの一番の悩みどころは、シナリオを考えること。これまでは、上司である営業マネージャーとの壁打ちで提案シナリオをブラッシュアップすることが一般的でしたが、多忙な上司の時間を確保することに苦労している方も多いです。一方、生成AIであれば、自分の都合に合わせて好きなときに壁打ちができるため、提案シナリオを効率的に磨き上げることができます。これまで1日3社分のシナリオ作成が精一杯だった導入企業様が、生成AIの活用によって6社以上のシナリオが作成できるようになりました。成約率が同じなら、成約件数は準備したシナリオ数に比例して増えるわけですから、シナリオ作成が高速化することの意義は明確です。
ちなみに、AI相手の壁打ちを通して思考を整理し、仮説提案シナリオを組み立てていく際は、AIに「知識と経験が豊富な営業マネージャーとしてフィードバックしてください」と役割を与えることをおすすめしています。役割を明確にすることで、上司との壁打ちに近い視点でのアドバイスを得られ、仮説を深く磨き上げることができます。
AIは仮説の精度向上にも貢献すると思いますが、省力化以外にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
AIを使えば、仮説の精度向上には確かに貢献すると思います。ただ、仮説はあくまでも仮説であり、100%正しいものにはなりません。だからこそ、仮説の精度を100%に近づけようと時間を費やすことには、あまり意味がないと考えています。むしろそこに多くのエネルギーを費やしてしまうと、効果が見えにくくなってしまうと考えています。現実問題として、インターネットで収集した企業情報が、必ずしも実態を反映しているとは限りません。「テレワーク完全対応」という情報に基づいてシナリオを作成し、いざ面会すると「人事がそう言っているだけで、実際には全員が毎日出社していますよ」というケースは、その分かりやすい例です。仮説はお客様との会話の起点に過ぎません。精度を上げることに時間を費やすのではなく、お客様の反応に対して柔軟にシナリオを修正していくことが重要になると考えています。
自社の営業メソッドを前提にAI活用を考えるべき
営業活動へのAI活用で成果を上げられるのは、どのような組織だと考えますか?
城野氏:営業メソッドが確立されているか否かがAI導入の成果を大きく左右することになると見ています。確立された営業メソッドにどう当てはめていくかに焦点を当ててAI導入に取り組まれる組織であれば、確実に成果につながります。一方、AI導入が目的化しているような場合は無駄な買い物になってしまうことが多いようです。営業メソッドとAIの組み合わせは大きな力を発揮しますが、あくまで営業メソッドが前提であることは忘れるべきではありません。
今後、AIが進化することで営業担当の役割は変わると思いますか?
城野氏:仮説作成をAIに委ねることも可能です。適切なプロンプトを投げかければ、即座に仮説を作ってくれるはず。しかし、その仮説を十分に理解しないまま商談に臨めば、お客様からの簡単な質問にすら答えられないでしょう。どんな仮説であれ、営業担当が腹落ちしたものでなければ説得力のある提案はもちろん、会話を通して着地点を探ることもできません。むしろ、AIの価値は仮説を代わりに作ることではなく、お客様の情報を効率的に収集・整理し、営業担当がより深く考える時間を生み出してくれる点にあると考えています。
その一方で、営業=コミュニケーション力という考え方は今も根強く残ります。実際、多くの営業現場では、「提案資料はありもので十分。それよりも、とにかく1社でも多く訪問して来い」という指導が、今でも当たり前のように行われています。しかし、何の準備もなくお客様を訪問し、当意即妙の会話によって信頼関係を構築し、ヒットする提案に落とし込む能力を備えるのは一握りのトップセールスだけ。その能力は完全に属人化されています。さらに、SaaS普及によってお客様の選択肢が増えたことで、コミュニケーション力だけに頼る営業は今後ますます難しくなっていくでしょう。お客様に新たな価値を提供する営業担当の役割は、変わることなく続くでしょう。その一方で、営業メソッドとAIをどう組み合わせて、より効果的な営業提案につなげていくかということが今後の大きな課題になると思います。
最後に読者の皆様にメッセージをお願いします。
城野氏:AIがいかに進化しても営業担当の役割は変わりません。むしろAIが進化するほど、営業担当がお客様に新たな価値を提供することの重要性が高まると考えています。確かにAIは情報収集や分析、さらには資料作成まで代行することが可能ですが、それはお客様でも同じ使い方ができるので、それだけでは「営業担当ならではの価値」にはなりません。AIは質問に答えることは得意ですが、その前提となる問いを投げかけるのは人間の役割。お客様自身も気づいていない課題を見つけ出し、新たな価値を提供する営業担当の役割は、AI時代だからこそ、これまで以上に重要になるでしょう。
思考の整理に大きな役割を果たすのがAI相手の壁打ちです
私はAIを上司と考え、
付き合うことをおすすめしています

