【連載】

ITトレンド解説「インダストリー5.0」(3)

ユースケースから見る「インダストリー5.0」

掲載日:2021/12/07

ユースケースから見る「インダストリー5.0」

高度なオートメーションに人の関わりを導入するインダストリー5.0によって、製品の設計・製造はどのように変化するのだろうか。これまで、インダストリー5.0の実現イメージやビジネスチャンス、オートメーションと人の協働などについて解説してきた本連載の最終回では、ユースケースから未来の生産システムを考察する。

第一回「スマートで効率的な未来を目指す「インダストリー5.0」とは」はこちら

第二回「機械と人が協働する「インダストリー5.0」とは」はこちら

さまざまな領域で始まっている、オートメーションと人の協働

機械と人の協働は、既にさまざまな領域で始まっている。その中でも自動車業界では、ボディの組み立てラインや検査などのさまざまな工程で、早い時期からコボットが利用されている。高級車の生産ラインでは求められる品質の高さから手作業で行われてきた工程も多いが、コボットを導入したことで作業負担の軽減や効率化が実現しているという。

もちろん自動車業界以外にも、さまざまな製造現場でコボットが利用されている。金属加工では、バリ取りや研磨などの工程において材質や形状に合わせた工具を自動で切り替えたり、力加減などをプログラミングしたりして作業の効率化を図っているようだ。

もちろん実際に人の目で確認しているため、職人技と呼べる高度な技術が必要な場面でも、コボットの支援を受けつつ従来と同等あるいはそれ以上の高い品質で加工できる。

デジタル空間の活用で生産効率を高める

大量生産(マスプロダクション)と受注生産(カスタマイゼーション)を組み合わせたコンセプトであるマスカスタマイゼーションへの対応もインダストリー5.0の目的の一つである。

あるスポーツウェアの企業では、小規模なスマートファクトリーでランニングシューズなどを生産しているが、顧客から個別デザインでの注文があれば配送先に最も近い工場で1日以内に製造して配送する仕組みを確立している。

こうした仕組みを実現するには、顧客がデザイン仕様を決定できるインターフェイス・受注から配送までのプロセス管理・可能な限り機械で自動化できる製造工程・人の作業が必要な工程では誰でも製造できる分かりやすいナビゲーションなどが必要になる。その結果必要なのが、デジタル空間を活用するサイバーフィジカルシステムだ。

こうした柔軟な生産システムが実現すれば、体重や体脂肪率のデータをもとに目標体重に合わせたダイエット食品を毎日配送するようなサービスなど、アイデア次第でさまざまな新しいサービスの提供が実現するだろう。

インダストリー5.0の対象は大規模工場だけではない

インダストリー5.0は、大手メーカーの大規模工場だけを対象とする取り組みというわけではない。日本の製造業は、大手メーカーの下に中間製品を生産する中小メーカーや部品を生産する下請けの工場がある。そのため大手メーカーと同じ仕組みではなくても、比較的低価格のIoT機器やネットワーク機器や小規模製造業向けのソリューションなどは今後も登場してくることが予想される。もちろん取引先企業とのデータ連携が前提であるため、オープンテクノロジーに沿った仕組みだ。

大手クラウドベンダーからは、製造業向けにAI/MLのプラットフォームや、サイバーフィジカルシステム向けのさまざまなサービスが提供されている。おそらく今後は小さな町工場でもIoT機器を導入し、工場設備をネットワークに接続していくことになるだろう。

また、センシングテクノロジーによって、製造技術を数値化してシミュレーションすることもできる。町工場や小さな工房で働く「匠」の高度な技術を数値化することで、後継者不在で将来失われてしまう技術を後世に継承できるようになるかもしれない。

少子高齢化に伴う労働人口の減少や技術継承の問題に悩む日本の製造業にとって、インダストリー5.0の取り組みは死活問題だが、新たな技術への対応に戸惑う工場は多い。しかし、視点を変えれば多くの課題があるからこそ、そこに新たなビジネスチャンスがあるとも言える。このチャンスがどう生かされるのか、今後に期待したい。