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「デジタル庁」新設で日本のITはどう変わるか

掲載日:2020/12/23

「デジタル庁」新設で日本のITはどう変わるか

2020年9月に発足した菅義偉内閣は、2021年秋までに新たに「デジタル庁」を設立する方針を打ち出した。その目的は各省庁に分散するIT関連政策をとりまとめ、国全体としてデジタル化を推し進めるためだ。ここでは、新設に至る背景やデジタル庁が抱える課題について解説し、企業やIT市場にどのような影響を与えるのかを考えてみたい。

デジタル庁新設の背景

今までも、日本の行政はデジタル化が遅れていることが度々指摘されていた。国連の経済社会局(UNDESA)が2020年に発表した世界電子政府ランキングによると、日本は14位と先進国の中では下位となっている。そのため、この状況を打破すべくデジタル庁の設立を求める声は以前より国内で根強く存在した。

さらにそれを後押ししたのが、新型コロナウイルスの感染拡大だ。これにより、ITを駆使してより柔軟に各手続きを可能にすることが求められるようになった。

当然、自治体や各省庁においても同様の対策が求められたわけだが、感染症の助成金や給付金を受け取るためには対面接触が必要な手続きも多く、行政のデジタル化の遅れが露呈している。また、一般企業においてもデジタル化が進められたが、資金的余裕や技術的知識の不足により、スムーズな移行ができない例も多数見受けられた。

これらの問題について、各省庁に分散するIT関連政策をとりまとめ、国全体のデジタル化を推進する必要があると判断されたため、デジタル庁が新設されることになったのである。

デジタル庁の課題

デジタル庁実現には多くの課題も残っている。中でも最大の課題は、縦割り行政への対応だ。現在、日本の省庁は各組織・部署毎に、担当するミッションを分担する形式が主であるため、組織を超えた連携が取りづらく非効率的であるとの声も多い。

例えば、IT推進策を立案するのは経済産業省だが、マイナンバー制度を管理するのは総務省である。これは、マイナンバー制度が住民基本台帳をベースに作られたシステムだからだ。したがって、マイナンバーを用いたIT推進には複数の省をまたぐ必要があり、予算や作業を分担するうえでトラブルの発生が懸念される。

事実、菅内閣発足と同じタイミングで河野行政改革担当相が設けたホットライン『縦割り110番』には、開設初日に4,000通の相談が殺到したこともあり、縦割り行政は日本が抱える大きな課題の一つといえるだろう。

デジタル庁はこの縦割り行政を一元的に管理してデジタル化を推進する組織であるため、他の省庁へ干渉できる権限をどこまで与えるかの調整は必須だ。しかし、日本の行政において原則的に「省」は「庁」より上位にあり、デジタル庁の干渉により各省から反発の声が上がることも予想されている。

また、国内における高度なIT人材の確保も重要な課題だ。情報処理推進機構(IPA)の「IT人材白書2020」によると、ここ数年IT人材不足に悩まされる企業は8~9割に及んでおり、行政においても同様の課題が想像できる。各省庁ではデジタル庁の働きかけに合わせ、一般企業との提携・外注なども視野に、フレキシブルな人材登用が必要になるだろう。

デジタル庁新設による企業への影響

デジタル庁設立による影響は、一般企業にも及ぶと考えられる。これは、デジタル化による行政サービスの効率改善により、企業レベルでも手続きが大幅に短縮化することが予想されるためだ。

例えば、前述の世界電子政府ランキングで1位に輝いたデンマークでは、1968年からCPR番号と呼ばれる市民登録システムが用いられている。このシステムは現代のデンマークでも有効活用されており、公的機関のオンラインサービス利用時はログインキーとして使用されている。

CPR番号を利用した公的機関の利便性向上は企業活動においても同様であり、起業をするにも納税をするにもオンライン上で完結する設備が整っている。そのため、役所や税務署に出向いて手続きする機会が極端に少なく、大幅に時間短縮が可能だ。ひいてはデータ類のオンライン管理やキャッシュレス決済促進にもつながっており、これらのサービス需要も高い。

そして、これらのサービスを統括し運用を推進しているのが、2011年にデンマーク財務省下で設立されたデジタル庁なのだ。日本に新設されるデジタル庁についても、同様の存在感を発揮することで、一般企業の業務改善に結びつくことが期待される。

中堅・中小企業と教育分野でのIT促進が期待

デジタル化の促進で、特に大きな恩恵が期待できるのが中堅・中小企業だ。デジタル化において、設備やソフトウェアを自前で構築することは多大なコストがかかる。しかし、クラウドやAIによるビッグデータ分析といった技術は、試験的・部分的な導入も容易だ。低コストで試しながら実装していくことにより、中堅・中小企業でも無理なく業務効率の改善につなげることができる。

さらに、経済産業省傘下の中小企業庁では、以前より中小企業のデジタル化を支援する取り組みを推し進めてきた。不足しがちなIT人材を中小企業庁が仲介し、全国の中小企業にマッチングさせるサービスなどの実績がある。デジタル庁設立後は、国を主体としたよりきめ細やかな支援により、これらのメリットが最大化することが期待できる。

また、教育分野でもデジタル庁設立による恩恵が大きいと考えられる。文部科学省では以前より、端末と通信ネットワークの整備によって教育環境を向上する「GIGAスクール構想」実現を推し進めていたが、現場ではさまざまな問題が報告されている。例えば、端末は用意できたもののそれを接続する回線の整備が行き届いていないという問題だ。学校の教室では多くの生徒が一度にアクセスするため必要なソフトウェアのダウンロードに時間がかかったり、自宅学習ではWi-Fi設備がないためネットワークに接続できない児童がいたりと、環境整備がちぐはぐな印象が強い。

このような問題にデジタル庁が取り組み地域の特色に合う適切な事業者の選定や斡旋をすることで、教育のデジタル化にも一層拍車がかかる。さらに教育現場でいうと、プログラミング教育による次世代IT人材育成といった分野でも、新たなビジネスが期待できるだろう。

デジタル庁による働きかけにより、インフラ構築や機器導入、ITソリューションの活用などITベンダーの役割も大きくなることが予想される。国の動向を逐一チェックし、このビッグチャンスを逃さないようにしたい。