製造業

未来を変える「全固体電池」実用化

掲載日:2022/01/25

未来を変える「全固体電池」実用化

近年、バッテリー分野の研究開発が活発化している。とりわけ固体電解質を用いた全固体電池は、既存のリチウムイオン電池に代わる次世代の蓄電池として期待されている。産学官が一丸となって市場を盛り上げる中、全固体電池は新たな成長産業となるのだろうか。本記事では、全固体電池の概要からその課題まで解説する。

全固体電池とは?

全固体電池とは、従来のリチウムイオン電池で使用している液体電解質を固体電解質に置き換えた蓄電池である。理論的に、全固体電池の製造実現が可能なことは以前から知られていたが、2011年に東京工業大学の研究チームによって全固体電池の作成に必要な物質が初めて発見されたことで、研究開発が加速することになった。

従来のリチウムイオン電池が抱える「発火や爆発の危険性がある」「熱や低温の環境では利用できない」「構造が複雑でコストダウンが難しい」といった課題を解決できることから、電気自動車の車載バッテリーやモバイルデバイスをはじめ、さまざまな分野での利用が期待されている。

固体電解質素材としては、硫化物系・酸化物系・樹脂系などがあり、バッテリーメーカーや自動車メーカーを中心に、世界中で活発に研究開発が進められている。新たな素材を用いる製品であるため、既存のメーカーにとどまらず、化学系企業・繊維系企業・大学・研究法人・政府機関など多くの企業や組織が参入しており、市場は飛躍的に成長している。

全固体電池はなぜ注目されているのか

全固体電池が注目されている最大の理由は、従来のリチウムイオン電池よりも高い安全性が期待できることにある。従来のリチウムイオン電池は、液体電解質に正極・負極の一部を浸した構造であることから、強い衝撃を与えると、短絡(ショート)が発生して激しく発熱することがある。液体電解質は可燃性であるため、発火や爆発の原因にもつながるのだ。

電気自動車(EV)からの出火や、リチウムイオン電池の搭載されたデバイスをゴミ集積場に廃棄した結果、ゴミ収集車が火災になった、などといった事案の報道によって、リチウムイオン電池の危険性には注目が集まった。

その一方で全固体電池は構造的に短絡が発生しにくく、可燃性のある液体電解質も使用していないため、発火や爆発の可能性は極めて低い。さらに電解質が固体であることから衝撃や傷に強く、液体を閉じ込める丈夫な容器が不要なため、構造は従来のリチウムイオン電池と比較してシンプルだ。複数の電池を積み重ねて接続(積層化)し、従来のサイズのままでも電池の容量や出力を大きくするといったことも可能になるほか、小型化してウェアラブルデバイスやIoT機器に搭載するといったことも検討されている。

また、従来のリチウムイオン電池は運用可能な温度のレンジが狭く、高温や低温の環境下では使用できなかったが、全固体電池は熱にも強く厳しい環境で利用するデバイスにも搭載できるようになる。熱に強い特性は冷却装置の簡素化にもつながるため、小型化や軽量化が実現する。そのほかにも内部抵抗が低いため急速充電にも耐え得ることや、副反応が起こりにくいためバッテリーが劣化しにくいこともメリットと言えるだろう。

全固体電池のメリット

● 安全性が高い(発火や爆発の危険性が低い)
● 厳しい環境に強い(耐熱性が高く、低温でも性能低下しにくい)
● 電池の小型化が可能
● 急速充電が可能
● 劣化しにくい

全固体電池の利用用途とビジネスへの活用

おそらく多くの人が全固体電池の用途として最初に思い浮かべるのは、電気自動車(EV)の車載用バッテリーだろう。従来のリチウムイオン電池の車載用バッテリーは、空冷もしくは水冷するための装置やスペースが必要だった。しかし熱に強い全固体電池であれば、こうした冷却装置を取り除いてよりバッテリーの密度を上げて容量を増やすことが可能になる。

ただ、車載用バッテリーに使用される固体電解質は、水と反応すると有害な硫化水素を放出する硫化物系の素材を用いた製品の開発が多く、安全性に配慮した設計が必須だ。他にも量産体制が確立されていないことや、高コストなどさまざまな課題が残っており、固体電池による車載用バッテリーの実用化は数年先になると予想されている。

一方で、固体電解質に酸化物系や樹脂系の素材を採用した全固体電池の実用化が進んでおり、わずか4.5mm×3.2mm×1.1mmという超小型の酸化系全固体電池も開発されている。容量や出力は硫化物系に劣るものの、小型で耐熱性が高いために電子基板への直接搭載を可能にし、ウェアラブルデバイス・埋め込み型の健康監視センサー・スマートメーター・IoTセンサー・BLE(Bluetooth Low Energy)ビーコンなど、容量や出力が比較的小さい製品での採用が想定されている。

樹脂系全固体電池は、硫化物系と比較しても見劣りしないレベルの容量や出力を持ちつつ安全性が高い。また、成形が容易であることから製造プロセスも簡略化可能であり、全固体電池の低コスト化につながることが見込まれている。

さらに、実用化はこれからとなるが、再生可能エネルギーの電力を蓄える定置用電池を用途とした樹脂系全固体電池の量産化を計画している企業もある。高性能で低価格な蓄電池の実現は、日本が掲げるエネルギー政策であるVPP(Virtual Power Plant)・DR(Demand Response)社会の実現にもつながっていくだろう。

全固体電池の今後

発火や爆発の危険が低く、高温など厳しい環境下でも性能低下が少ないうえに長寿命というメリットがある全固体電池だが、本格的な実用化に向けては解決しなければならない課題もある。電極と密着しやすい固体電解質(接触が悪くなることでバッテリーの寿命や出力特性に影響する)の開発や構造上の工夫も重要になってくるほか、硫化物系の固体電解質を利用するのであれば、安全性を考慮した設計は不可欠である。また、現段階では従来のリチウムイオン電池よりもコストが高いため、はじめのうちは自社製品への搭載を見合わせる企業があるかもしれない。

しかし、こうした課題は研究開発が進み、量産体制が確立されてくれば解決していくだろう。日本は世界的にみても全固体電池の研究開発、および実用化レベルで一歩リードしている。米国、中国、韓国といった諸外国の追い上げは厳しいものの、新たな成長産業として日本企業をけん引していく可能性は極めて高い。固体電池の動向には今後も注目だ。