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情報過多社会の今注意すべき「アテンション・エコノミー」とは

掲載日:2023/06/27

情報過多社会の今注意すべき「アテンション・エコノミー」とは

私たちは日々ニュースや動画サイトから大量の情報を得て生活している。しかし、その情報は本当に必要なものなのだろうか。もしかしたらその情報は、経済的利益によって恣意(しい)的に選択されたものであり、本当に必要な情報を覆い隠しているかもしれない。このような状況を発生させる「アテンション・エコノミー」の問題について解説する。

アテンション・エコノミーの成り立ち

経済学者のハーバート・サイモンは、1969年に「人間の認知できる量には限界がある。そのため、人間の注意(アテンション)は資源であり、注意を向けるという行為自体が通貨のように価値を有する」と指摘した。社会学者のマイケル・ゴールドハーバーはこれを引用したうえで、1997年に「アテンション・エコノミー」という言葉を提唱した。これは、「人々が情報を取り扱う際、質(正確性、語り口の独自性など)よりも世間の関心を集めることを重視した方が経済的利益を見込める」という意味の概念である。

ゴールドハーバーの提唱後、インターネットの発達により人々が接する情報は飛躍的に増加した。そのため膨大な数の情報から取捨選択を経て手に入る情報の価値は、さらに向上している。結果的にアテンション・エコノミーの影響もより大きくなり、今日において無視できない存在となっているのだ。

優先すべき情報が埋もれる危険性

これまでアテンション・エコノミーという言葉は、主にメディアの情報発信姿勢に対する批判として使われてきた。
大前提として、メディアは人々にとって重要な情報を優先的に伝えることが望ましい。しかし、単に視聴率やビュー数を稼ぐことを目的とした場合は、既に世間が関心事としている情報を優先する方が効率的であろう。そのため、社会問題や災害状況といった情報よりも芸能ゴシップやグルメリポートといった情報を優先的に発信するメディアは、アテンション・エコノミーに染まっていると言える。ただ、受け取り手やタイミングによっては芸能ゴシップやグルメリポートの方が公益的になるケースもあるだろう。

アテンション・エコノミーは、虚偽情報や誇大表現を含んだ情報発信の原因にもなり得る。インターネットが発達した現在において誤った情報は旧来的なメディアに限った話ではなく、他業種の企業や個人間のトラブルを引き起こす可能性がある。

魅力的であるからこそわなにはまりやすい

なぜ人々は安易にアテンション・エコノミーへ手を伸ばしてしまうのか。その主な原因を二点紹介する。

第一に、世間で注目される話題の見つけやすさが挙げられる。例えば、とあるメディアがこれから発信すべき情報が何なのかをリサーチする際、ネットニュースサイトの見出しや、SNSのトレンドタブを確認すれば、簡単に注目が集まっている話題を見つけられる。この話題について情報を発信すれば、世間から一定の注目を集めることが担保されるだろう。「担保された注目の量」が広告のビュー数や、社会に対するメッセージの伝達数を稼いでくれることは言うまでもない。だが、このような方法で伝えられる情報は画一的であり、独自性を欠いているという問題がある。

第二に、既に注目を集めている話題は、世間の反応を見てから、肯定側に付くか否定側に付くかという判断ができてしまうという点である。例えば、とある政策について賛成する声と反対する声が挙がっているとしよう。仮に、単純にビュー数を稼げるネットニュースを発信するのならば、肯定か否定、どちらか多数派の方に肯定的な記事を書くことが効率的である。だが、このような方法では筆者自身の主張をねじ曲げた記事を出すことになることはもちろん、発展的な指摘や、問いの立て直しなどの指摘が発信されなくなる。

アテンション・エコノミーは、なまじ経済的な利益をもたらすために、多数の問題をはらんでいることが見過ごされやすい。しかし、目先の利益のために問題のある情報発信を続けることは、フェイクニュースや偏向報道、ファシズムの台頭といったさらなる深刻な問題を引き起こす。

アテンション・エコノミーとどう向き合うべきか

今日において、多くの情報が商業的な取引の結果人々に流通していることを鑑みると、アテンション・エコノミーと経済活動をすぐに切り離すことは非常に困難だ。時間をかけ、発信する側と受け取る側が、単に経済的な理由だけではない情報のやりとりを行える関係性を築くことが重要である。例えば、関西大学の水谷瑛嗣郎准教授は、情報発信に至るまでの精査の過程を可視化することが重要であると指摘している。あるいは、過去に発信した情報について第三者機関に評価を委ねることにより、独善的な振り返りになることを防ぐという方法を提案している。

また、情報の消費者である個人も対策を施すことが重要だ。例えば、世界的マーケターであるブライアン・ソリスは、SNSや動画サービスを視聴する時間を制限することにより、これらからの依存を薄めてアテンション・エコノミーに対抗していることを述べている。過度なメディアとの接触を断つことができれば、おのずとアテンション・エコノミーの効果は限定的になるだろう。

これほど情報発信が容易になっている時代においては、誰しもがアテンション・エコノミーに加担する存在になり得る。ビジネスの広報をするにしても、個人的なつぶやきを発信するにしても、一旦手を止めて問題がないか考えてみることが重要だ。