医療

「不安」が引き起こす精神疾患やメンタル不調
心の回復には「安心」が大きなきっかけとなる
~精神科医・産業医
VISION PARTNERメンタルクリニック四谷院長 尾林 誉史 氏~

掲載日:2023/08/22

株式会社寿商店 常務取締役 森 朝奈氏

新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行に伴い、テレワークからオフィスワークへの回帰が始まっている。入社以来、初めてのオフィスワークとなる新従業員や、受け入れ側となる先輩従業員は、対面によるコミュニケーションに不安があるかもしれない。産業医・精神科医として多くの方を診てきたVISION PARTNERメンタルクリニック四谷院長の尾林 誉史氏にメンタルケアについて聞いた。

働き方の多様化により精神面の健康に影響が

BP:テレワークなど働き方が多様化している中で、座りすぎなどの健康被害がよく話題にあがっていますが、これは精神面の健康にも起こりますか?

尾林 誉史先生(以下、尾林先生):昔から心身一如と言いますが、「身体の健康が保てない方は心の状態も不安定である」という印象を受けます。 コロナ禍により、リモートワークが増えたことで、人と人とが物理的に接触することが減りました。それによって「心」自体も従来のコミュニケーションが取れなくなり、心の水位が落ちたと思います。

また身体的にも外出が減り、明らかに運動しなくなりました。改めて心と身体は密接につながっていると感じています。

BP:コロナ禍の前後で訪れる患者さまの症状に変化はありますか?

尾林先生:コロナ禍の以前ですと「うつ」という症状を訴える方が多くいらっしゃいました。抑うつ症状というものになります。 ビジネスパーソンだと「業務に集中できない」「頭が働かない感じがする」とか、「朝起きて仕事に向かう意欲が全く湧かない」などの症状です。

コロナ禍の以降は、「うつ」が「不安」に切り替わりました。もちろん抑うつ症状にも不安感は入るのですが、「不安」だけを抱えている人は「うつ」とイコールではありません。「不安」というのは「うつ」のパーツの一つです。診断の際に「この方は不安を訴えて来院されたが『うつ』状態かもしれない」というケースもあります。

それと不安障害という病気もあります。何をするにしても不安になってしまったり、昔対人恐怖症やあがり症と呼ばれていた症状も不安障害の一つになります。

コロナは「5類」に移行したとはいえ、全く読めない時期が長かったので、「この先行きに対しての不安」や「会社や自分がどうなるのか」と不安を訴える方がすごく多かった。今振り返るとそういう印象がありますね。

BP:集中力の欠如や先生がご指摘された「常に不安である」といった症状は、コロナウイルスの後遺症としても取り上げられていますが、そこに関係性はあるのでしょうか?

尾林先生:実は、コロナウイルスの後遺症と従来の精神医学の枠組みの中で整理されている精神症状の関係は、まだ議論ができていません。

「ブレインフォグ」という言葉も流行しましたが、考えることや集中するのが難しいといった症状を訴えて、「コロナウイルス後遺症なんでしょうか」と、来院される方も少数いました。脳の働きというと精神科が近いように感じますが、脳自体が感染症という明らかな原因で機能低下している可能性を考えると、精神科だけで考えるべき症状なのかというのは現時点での判定は難しいかなと思います。

心が疲れたときの対処法 安心できる環境づくり

BP:先生のご著書にもそういった症状に見舞われた時の対応策として、「まず休む」と書かれていたのですが、まずは脳も体も休息するのが一番大切でしょうか?

尾林先生:「うつ」に関しては、まずはストレスの原因から離れる、しっかりと休み切ることがとても大切です。休息するのも意外と難しいことなので色々と工夫の仕方やコツがあると思います。

しかし、「不安」を訴える方は休息というスタートが治療にとって良いかというと一概にそうは言えません。不安が起こるメカニズムは脳科学的にある程度は分かっているので、薬物療法の力も借りながら不安じゃない時間、状況を本人に再確認していただき、以前安心していた時の感覚を呼び起こしていただく、ある種の疑似体験をしていただくということが不安の場合には効果があるのではないかと思います。

BP:症状が回復するまでの時間というのは、やはり人それぞれなのでしょうか?

尾林先生:数カ月でしっかりと回復される方もいますし、3年くらいの時間をかけてじっくりと戻る方もいます。うつの治療というのは大きく分けて薬物療法と精神療法の二つがあり、精神療法の中でもよく知られているのが認知行動療法です。

認知行動療法は、少し違う角度から同じものを見ると、違って見えることを利用する精神療法です。画一的な捉え方や、ある刺激に対して同じ反応しかできなかった自分を少しずつ変化させることで良い方向に導く療法ですね。

例えば、経験や考え方、ポリシーなどを確立している方は、頭ではわかっていても、そのポリシーを手放すことに恐怖を感じます。ご自身のアイデンティティを失う感覚になるので、考え方を柔軟に切り替えられません。回復までの時間が長くなるのは、このあたりに理由があるのかも知れません。

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