組織改革
リスキリングを起点とした好循環は地域の雇用を確保し県外から有能な人材を招く
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事 後藤宗明氏
掲載日:2025/10/21

生成AIの急速な浸透によって業務の自動化が進み、中小企業にとって今後の成長事業を担うAI人材の育成が急務となる中、注目を集めているのがAIリスキリング。日本におけるリスキリングの第一人者として、政府や自治体向けの政策提言や企業向けの導入支援を行う一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブの後藤宗明代表理事に、AIリスキリングの真の意義と成功させるためのポイントを聞いた。
AIがもたらす技術的失業に我々はどう向き合うべきか
BP:後藤さんは、リスキリングという言葉をかなり早い段階から日本に紹介されてきました。まずはその理由から教えていただけますか?
後藤 宗明氏(以下、後藤氏):ジャパン・リスキリング・イニチアチブの設立は2021年ですが、その3年前には啓発活動を開始していますから、かなり早かったことは間違いありません。その理由は大きく二つありました。一つは社会的課題の解決という観点です。私は20代後半にビジネスを通して多様な課題を解決する「社会起業家」という概念に出会い、自分もそうした仕事に人生を捧げたいと考えるようになりました。自分なりのテーマを模索する中、出会ったのがオックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らが『雇用の未来』(2013年)において発表した「今後10~20年の間に今ある職種の約半分がAIに代替される」という衝撃的な近未来予測でした。テクノロジーの進化による自動化がもたらす失業を「技術的失業」と呼びます。ではAIの進化による技術的失業を回避するには、我々は何をすべきなのか。情報収集を進める中、浮かび上がったのがリスキリングという概念でした。既にビックテックではAIによる初級エンジニアの採用抑制や解雇が始まっています。『雇用の未来』で描かれた世界は絵空事ではなかったのです。今後リスキリングがより大きな意味を持つと考えています。
BP:では、もう一つの理由とは?
後藤氏:当時私は社会起業家を支援するNPOなどで働いていたのですが、AIによる技術的失業への対応策を考えるには、働く側からのみこの問題を見るのではなく、自動化を推進する企業側の論理を知ることも大切だと考え、テック企業への再就職を図ることになります。しかし私は、40歳になるまでデジタル分野の業務は全く未経験でした。一方では、組織の支援が得られない、聞くも涙、語るも涙というリスキリング体験の中で得たものを多くの人に伝えたいという思いもありました。

リスキリングは転職するための手段ではない
BP:岸田内閣が2022年に掲げた「新しい資本主義」の重要施策に取り上げられたことでリスキリングという言葉は一気に普及しました。後藤さんもかなり手応えを感じられたのではありませんか?
後藤氏:実は、必ずしもそうではありませんでした。確かに言葉は普及しましたが、ではその意義が日本企業に正しく伝わったかというと、いくつかのボタンの掛け違えがありました。
当時、リスキリングは働き手が成長分野の企業に転職するための手段と受け止められました。背景には、2010年代に文部科学省が推進した「リカレント教育」との混同もありました。一口に言えば、各人の興味関心を追求することで人生をより豊かなものにするというのがリカレント教育の狙いです。そうしたことから、「リスキリングは働き手自身が主体となって行うこと」というイメージができてしまいました。しかし、リスキリングは本来そのようなものではありません。分かりやすい話をしましょう。御社でライター養成講座で3カ月の講習を受けた異業種出身の方を即戦力として採用し、このようなインタビュー記事の執筆を任せますか?
BP:人手が不足していても、それはちょっと考えにくいですね。
後藤氏:当然の判断だと思います。どんな仕事でもそれは当たり前のことです。成長分野がまず求めるのは即戦力ですから、リスキリングを働き手の取り組みと位置付ける限り、技術的失業は回避できないわけです。ではどうすべきか。欧米では、リスキリングを自社のビジョンを実現するための従業員の再教育と捉えることが一般的です。リスキリングによる技術的失業の回避は、教育と実践の組み合わせによってはじめて意味を持ちます。さらに言えば、企業主導のリスキリングが企業側に多くのメリットを与えるという点にも注目すべきです。
業務課題に即したリスキリングは業績の向上をもたらします。待遇改善は従業員が転職を考える必要をなくし、結果として自社が育てた人材の定着化によるさらなる成長が期待できます。2010年代に日本企業がデジタル化に足踏みを続ける中、欧米企業は迅速なデジタル化を実現していますが、そこで大きな役割を果たしたのがリスキリングだと説明すると、なるほどと頷かれる方も多いのではないでしょうか。
経営計画に基づくリスキリングが成長につながる
BP:後藤さんは現在、自治体とタッグを組み、地方の中小企業支援に注力されています。それはこうしたリスキリングの考え方が地方の企業が直面する課題とマッチしたと考えてよいのでしょうか?
後藤氏:まさにそのとおりです。リスキリングによる企業と従業員の好循環の実例をいくつか紹介しましょう。一つ目が石川県加賀市の石川樹脂工業株式会社の事例です。漆器用木地の製造からスタートした同社は、樹脂製漆器生産を経て、インフラ用工業部品の製造などの業務を行っています。経営トップが主導したリスキリングは、製造工程の自動化のほかデジタルマーケティングを活用したオリジナル食器ブランドの成功にもつながりました。ネットで検索いただくと分かりますが、「1000回落としても割れない」をキャッチフレーズに独自マーケティングを行ったガラスと樹脂を掛け合わせた新素材によるオリジナル食器ブランド「ARASシリーズ」は、インスタグラムで30万フォロワーがつくヒット商品に成長しています。
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