ダイヤモンド半導体の有用性

最近、ダイヤモンド半導体という言葉を見聞きする機会が増えてきた。ダイヤモンド半導体とは、その名の通り、ダイヤモンドの結晶を基材とした半導体デバイスのことである。ダイヤモンドは炭素原子が強固に結び付いた結晶構造を持ち、地球上で最も硬く、熱伝導性が高い物資値を備えている。ダイヤモンドはそのままでは電気を通さない絶縁体だが、少量の不純物を加えることで、半導体としての特性を示す(シリコンなども同じように不純物を加えることで半導体になる)。ダイヤモンドが半導体になり得ることは古くから知られていたが、天然ダイヤモンドは高価かつ不純物が多く、産業用途には不向きであった。大きな転機となったのが1980年代以降に登場した化学気相成長法(CVD)である。これにより、人工的に高純度かつ大型のダイヤモンド薄膜を合成する技術が確立され、ダイヤモンドを電子材料として活用する基盤が整った。1990年代からはn型・p型の制御技術やトランジスタ構造の研究が進み、2000年代以降は電界効果トランジスタ(FET)やダイオードの試作も各地で行われるようになった。

ダイヤモンド半導体は、究極のパワー半導体材料といわれているが、その主な理由は以下の5つだ。「バンドギャップが広く、耐熱性に優れる」「絶縁破壊電界が高く、高電圧動作が可能」「熱伝導率がシリコンの10倍以上と高く、放熱に有利」「電子・正孔移動度が高く、高速なスイッチングが可能」「耐放射線性と化学的安定性を誇り、原子炉や宇宙などの極限環境下でも安定動作」。ダイヤモンド半導体はこうした特性を持ち、理論的にはシリコンに比べて約5万倍の大電力効率化、約1200倍の高速特性を実現するため、6Gと呼ばれる次世代通信や電力インフラ、航空・宇宙産業、電気自動車などの分野での応用が期待されている。例えば、6G基地局においては、小型・軽量化だけでなく、高出力と高周波性能の両立が必要になるが、そうした厳しい条件をクリアするのは現状のパワー半導体では難しい。また、電気自動車では電力制御ユニットの高効率化により航続距離延長や充電時間短縮が見込まれる。

日本は以前から、ダイヤモンド半導体分野では世界の最先端を走っており、佐賀大学の嘉数誠教授らのグループは、ダイヤモンドを用いたパワートランジスタの試作と特性評価を実施しており、高温・高電圧での安定動作を実証している。また、産業技術総合研究所(産総研)では、CVD法によりn型・p型の両方の制御に成功し、紫外線発光素子の実証にも着手。さらに独自の結晶面制御技術により、デバイスの信頼性向上にも成果を上げている。

佐賀大学の嘉数誠教授らが開発したダイヤモンド半導体のパワー回路

数年以内の実用化に期待

こうした進展を背景に、デバイス化や量産技術に関する研究も本格化しており、商業的応用に向けた準備が着実に進んでいる。その中でも、実用化の最前線に立つのが、大熊ダイヤモンドデバイス株式会社である。2022年3月に福島県大熊町に設立された大熊ダイヤモンドデバイス株式会社は、北海道大学および産総研の研究成果を基にダイヤモンド半導体の商用化を目指す世界初のスタートアップである。同社はまず、原子力発電所の廃炉作業など、放射線環境下でのセンサーや制御デバイスへの応用を最初のターゲットとし、ダイヤモンドベースの高耐久半導体の開発に取り組んでいる。すでに高温動作が可能なダイヤモンド半導体を利用した差動増幅回路の試作に成功するなど、輝かしい成果をあげている。同社は現在、福島県大熊町にダイヤモンド半導体の大規模な商用量産を目的とした世界初のダイヤモンド半導体製造工場を建設中であり、2026年から工場の稼動を開始する予定として、国内外から大きな注目を集めている。

現時点では、ダイヤモンド半導体はまだ試作段階であり、商用ベースにはなっていない。しかし、大熊ダイヤモンドデバイスが2026年からダイヤモンド半導体の量産を開始する予定であり、その他の企業も2030年頃の本格市場投入を見据えて開発を進めていることから、数年以内にダイヤモンド半導体が実用化されるようになるだろう。ダイヤモンド半導体は、現行のパワー半導体デバイスの限界を打破しうるポテンシャルを秘めている。2050年のカーボンニュートラル達成を視野に入れたとき、エネルギーを「いかに制御するか」という課題に対して、ダイヤモンド半導体は極めて有力な解となり得るだろう。