今年3月に発足した一般社団法人Metaverse Japan(メタバースジャパン)は、2022年現在をフェーズ1、開発ツール進化に伴うコンテンツ拡充をフェーズ2、廉価版VRヘッドセット登場を受けた急速な普及プロセスをフェーズ3と位置づけ、2030年のメタバース経済圏の確立をゴールにするロードマップを描いている。現状では、マネタイズが難しいとされているメタバースの商機はどこにあるのだろうか。

アバターを介したコミュニケーションの未来イチから学ぶメタバースとITビジネス

国際的な統計データ企業の予測によると「2021年に4兆2,640億円だったメタバースの世界市場は、2030年には78兆8,705億円まで拡大する」という。これらの発表から、これからのビジネスフロンティアとしてメタバースが注目されている。急成長する市場の商機を考えるうえで、まずはその概要を押さえておきたい。

メタバースはリモートワーカーの孤独を救うか

国際的な統計データ企業の予測によると「2021年に4兆2,640億円だったメタバースの世界市場は、2030年には78兆8,705億円まで拡大する」という。これらの発表から、これからのビジネスフロンティアとしてメタバースが注目されている。急成長する市場の商機を考えるうえで、まずはその概要を押さえておきたい。

メタバースがITビジネスの新フロンティアとして注目されている。その発端ともなったのが、2021年10月のFacebookの社名変更だ。VRヘッドセットのスタートアップ企業の買収など、社名変更前からメタバース領域への積極投資を進めるMeta(正式名称:Meta Platforms)社は、何を目指しているのか?CEOのマーク・ザッカーバーグのコメントから浮かび上がるのは、“次のスマートフォン”としてのVR(仮想現実)ヘッドセットとアバターが媒介する新たなコミュニケーションの可能性だ。

これまでに登場したメタバース空間の多くは、MMORPG(多人数同時参加型RPG)とプラットフォームを共有していることもあり、メタバースとオンラインゲームの親和性はとても高い。だがそこに注目するだけでは、メタバースの可能性を見誤る懸念がある。そこでここからはITビジネスの観点からメタバースを考えていきたい。

では、メタバースによりコミュニケーションはどう変わるのだろうか。そしてスマートフォンに匹敵するイノベーションと目される理由はどこにあるのだろうか。
そのヒントとして取り上げたいのが、現在多くの企業の人事・総務部門が直面するリモートワーカーの心身の健康管理に関する問題である。コロナ禍を受け、多くの企業がリモートワークを導入したが、それに伴う長期間の在宅勤務がメンタル不調につながったとみられるケースは少なくなく、「テレワーク鬱」という新造語まで生まれている実情がある。その原因の一つと指摘されているのが、職場での同僚との何気ないやり取りなどコミュニケーション機会の喪失である。マイクロソフトは、自社Webサイトでリモートワークの課題を以下のように表現している。

「(リモートワークでは)廊下ですれ違ったり、給湯室で情報交換したり、思いがけない相手に遭遇したりすることがなくなりました。また、会議室のテーブルを挟んで、言葉では表せないメッセージをボディランゲージで伝えていた頃を懐かしく思っています」

このコメントに共感するリモートワーカーは多いのではないだろうか。さらに加えるなら、こうした一見ムダなやり取りこそが企業のイノベーションの源泉になってきたとみることも可能だ。その一方で、コロナ禍をきっかけとして、いつ、どこからでも業務を始められるリモートワークが生産性向上に果たす役割を実感した企業も多い。

実は、リモートワークを巡る企業のこうしたジレンマを解決する手段として注目されているのがアバターを介してコミュニケーションを行うメタバースの活用である。
例えばマイクロソフトの場合、MR(複合現実)ヘッドセットHoloLensでアクセスするメタバース空間をコロナ禍直後に新入社員研修に活用。サービスはMesh for Microsoft Teamsの名称で2022年9月にプレビュー版の公開がスタートしている。

Mesh for Microsoft Teamsはアバターが交流するイマーシブ空間を提供する

メタバースには大きく三つ要件が求められる

現在、メタバースは、バズワードとして流通していることは否めない。ITビジネスの観点から捉えるうえでは、まずその定義を整理する必要があるだろう。現時点では、以下の三つの要件を満たすことがコンセンサスになっている。

一つは、いつだれでもアクセス可能なオンライン上の仮想空間であること。二つ目はアバターを介したリアルタイムのコミュニケーションが可能であること。なおメタバースには、AR・MRヘッドセットでアクセスする3次元空間とスマートフォン・PCでアクセスする2次元空間の双方が含まれる。

最後は、仮想空間内で経済活動が行える点である。オンラインゲームで行われるプレーヤー間のアイテム売買も経済活動の一つだが、メタバースではさらに仮想空間上の土地からアバターが身に着ける衣装などのIP(知的財産)に至るまで、あらゆるものの売買が可能であることが一般的だ。

基本的にメタバースは物理的な実体を伴わないデジタルデータの集合体にすぎない。ここで浮上するのが、容易に複製できるデジタルデータを旧来の資産同様に扱えるのかという疑問である。これまでもサービス終了による購入アイテム消滅などのトラブルがたびたび報告されているだけに、ただ経済活動が行えるだけでなく、取引の信頼性をいかに担保するかが大きな課題になる。

その観点で注目したいのが、NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)やWeb3といったホットなテクノロジー・サービスとメタバースの親和性の高さである。ブロックチェーン技術を活用し特定データに代替不可能な価値を付与するNFTは、2021年3月にはビープルというアーティストの作品「Everydays: the First 5000 Days」がクリスティーズのオークションにおいて約75億円で落札されるなど、アートシーンにおいて活用が進んでいる。NFTの第一の意義は、メタバースで活動するクリエーターに正当な収益の機会を提供する点にあることは間違いない。それとともに、ある特定のメタバースの商取引が別のメタバースにも反映される環境の構築という観点からも注目する必要があるだろう。

ビープルというアーティストのNFTアートは約75億円で落札された

昨年来の仮想空間の地価高騰というニュースをきっかけに、メタバースに目を向けた方も多いのではないだろうか。仮想空間の土地売買と聞くと「火星の土地分譲」に似たいかがわしさを感じないでもないが、高騰の背後にはNFTとは別のロジックが働いている。
ユーザーがメタバースにアクセスする際、最初に訪ねる場所はプラットフォーム事業者によりあらかじめ設定されていることが一般的だ。仮想空間上の土地がどれだけ広くなろうとも、こうした特別な場所の価値は上がることはあれ、下がることはないのがその理由だ。
スマートフォンによるアクセスを前提にしたライトなメタバース空間を提供するNAVER Zの「ZEPETO」には、一等地にラルフローレンが進出し、ニューヨーク・マディソン通りの旗艦店を再現するとともに、アバター向けのポロシャツ等の販売などを開始している。現時点では地価に見合った売上の確保は難しいと考えられるが、中長期的な期待もあり有力プラットフォームの地価は高止まりが続いている。

有力ブランドがメタバースでアバターの衣装を販売するケースも現れている

メタバース経済圏は2030年に確立そこに至るプロセスが大きな商機

次にメタバースを構成要素の観点から整理しておきたい。それは大きく三つの要素に分けられる。一つはハードウェアである。メタバースは没入型3D空間を前提とするものではないが、中長期的に見るとVRゴーグルの普及はその進展に大きな役割を果たすと考えられる。

次がソフトウェアだ。まず挙げられるのは、メタバースの基盤となるプラットフォームである。現在、Minecraft、Fortniteなど多様なプレーヤーがそれぞれ特徴あるプラットフォームを提供している。だがプラットフォームはあくまでも箱にすぎない。そこに新たな世界を構築するのはデジタルクリエーターの役割だ。
こうした中、ブロックチェーン技術を活用することで、LANDと呼ばれる仮想の土地に配置されたゲームやサービスを収益化するサービスをクリエーターに提供しているのがThe Sandboxである。SHIBUYA109エンタテイメント、エイベックス・テクノロジーズ、スクウェア・エニックスなど多くの日本企業と提携することも同社の特徴の一つだ。
またクリエーターを支援するツールの分野で独自の地位を築くAdobeは、2022年春、VR対応3Dモデリングソフト「Adobe Substance 3D Modeler」をリリースしている。粘土細工のような直感的な造形が可能になることから、仮想空間のデザインの生産性向上において大きな役割を果たすことが期待されている。

The SandboxのLAND。ユーザーはゲームを配置し収益化が図れる

最後に通信回線をはじめとするインフラ環境である。没入型体験を伴うメタバースの実現には、通信環境の向上が大きな役割を果たしている。特に、5Gへの完全移行は仮想体験の進化に大きな役割を果たすことが期待されている。さらに2030年のサービス提供開始を目標に開発が進む6Gにも注目する必要があるだろう。

では、メタバースの社会実装は今後どのように進むのだろうか。今年3月に発足した一般社団法人Metaverse Japan(メタバースジャパン)は、2022年現在をフェーズ1、開発ツール進化に伴うコンテンツ拡充をフェーズ2、廉価版VRヘッドセット登場を受けた急速な普及プロセスをフェーズ3と位置づけ、2030年のメタバース経済圏の確立をゴールにするロードマップを描いている。
このロードマップにおいて、初代スマートフォン発売に匹敵するインパクトを生むと考えられているのが2025、2026年に見込まれる廉価版VRヘッドセットの登場である。それがどのようなものになるのか想像は難しいが、おそらく開発ツールの進化に伴うオンラインゲームコンテンツの充実と足並みをそろえる形でデバイスの普及が進み、その後、多様な領域への活用が進むという普及シナリオになることが予想される。

Metaverse Japanが掲げるロードマップ

メタバースの普及はオンラインゲームを成長エンジンに、その空間で共有されたアバターによるコミュニケーションの作法が多様な領域に水平展開されるという流れで進むのではないだろうか。ITビジネスの観点では、フェーズ3以降と予想でき、多様なオポチュニティが生まれると考えられる。

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