世界的なパンデミックの拡大により、経済活動に関しては自宅などでのテレワーク需要が高まり、スマートフォンやタブレット、PCなどの需要が急増した。一方、製造現場では従業員の出勤制限や海外からの部品供給の遅れなどが発生し、生産ラインの停止や生産能力の低下などが発生。その結果、需要と供給のバランスが崩れ、半導体不足が起きたとされている。現在では、一時期の枯渇状況は緩和されたものの、いまだに不足が解消されていない分野もある。そこには半導体業界特有のある種の脆さがあるという。今回の特集は、復活を目指す日本の半導体業界についてレポートする。

車載用の半導体不足はこれからも続くかもしれない

過去数年間を振り返ると世界規模での半導体不足が表面化していた。PC、サーバーはもちろん、スマホや家電製品、自動販売機など多岐にわたり必要とされる半導体は、現代社会に不可欠となっている。一時期の枯渇状況は緩和されたものの、いまだに不足が解消されていない分野もある。例えば、2021年に表面化した車載用の半導体不足による大きな影響がいまも続いている。それにしても半導体の不足により、納車まで半年待ち、1年待ちが当たり前という状況はなぜ発生したのだろうか。国内外で起きた半導体工場の火災、リモートワークや巣ごもりに伴う需要拡大などさまざまな要因が複合的に関連したことは間違いないが、本質的には半導体需給がひっ迫に向かうタイミングだったとみるべきだろう。

車載半導体不足に至った経緯は、以下のようなメカニズムで説明されることが一般的だ。①新型コロナウイルス感染症の発生に伴い自動車販売が低迷。②ジャストインタイムを徹底する自動車業界が半導体発注を絞り込む。③半導体メーカーは空いた生産ラインをPCや通信機器、スマートフォン、ゲーム機器、家電製品など他業界に振り向ける。④その結果、市場が急回復しても半導体メーカーに自動車業界の需要を満たす余力は残されていなかった。

成長産業が供給不足と過剰供給を繰り返すことは珍しいことではなく、ある程度の供給不足は設備投資の踊り場として避けられない。だが今回の車載半導体不足では、半導体業界特有のある種の脆さが表面化している。

2021年の半導体需給ひっ迫において、特に不足が目立ったのが28nm世代のロジック半導体だった。半導体は無数のトランジスタを集積した電子回路である。その原点にあるのが、ゲート電極に電圧を加えるとソースからドレインに電気が流れるというトランジスタの性質である。電気が流れる状態と流れない状態で二進数の「0」と「1」を表す仕組みだ。

一方、半導体の微細化により処理の高速化体不足の根は実は深い。EV化と自動運転化の進展もあり、車載半導体の需要は確実に増え続けている。EV化では電力制御に不可欠なパワー半導体、自動運転では光や音、温度などのアナログ信号を処理するアナログ半導体の需要が高まるとみられるが、その多くは、最先端の技術競争から取り残されたレガシー技術によって製造されるからだ。

特に2000年以前に生産技術が確立と消費電力の削減が実現することは、今日「デナードのスケーリング則」として知られるが、1974年に発表されたIBMのロバート・H・デナードらによる論文を通して早くから知られていた。

2010年代以降の半導体微細化の取り組みにおいて大きな役割を果たしたのがゲート電極の見直しである。半導体に平面で接するプレーナ型の電極構造を見直し、3面から印加するFinFET(フィンフェット=Fin Field Effect Transistor)型の量産が開始されたのは2010年代初頭のことだ。半導体を挟む電極を魚のフィン(ヒレ)に見立てたことが命名の由来という。ちなみに3nm以降の最新世代では4面で印加するGAA(Gate All Around)型の採用が進んでいる。

処理の高速化と消費電力の削減に加え、高集積化による原材料コストの削減につながることも微細化のメリットの一つだ。だが、現実には新技術による歩留まり悪化もあり、コスト面のメリットを得るには一定の時間が必要とされる。そのためスマートフォン用SoCのように最新世代が必要とされるケースを除くと、半導体の調達は費用とコストの両面から判断することになる。

トランジスタ構造の進化

実は28nm世代はプレーナ型半導体の最終世代にあたる。そのためコストパフォーマンスの観点で優れた特長を持つ製品として以前から高く評価されてきた。一方で半導体メーカーにとっては付加価値がより大きい最新世代と比べ、旧世代の生産ライン増設はうまみが少なく、28nm半導体のひっ迫が進んでいた。こうした中、確保してきた生産ラインを解約すれば、生産量が減るのは火を見るより明らかだ。

自動車業界の行き過ぎたジャストインタイムシステムが半導体不足の起点になったことは間違いない。だがこうした半導体業界ならではの事情は再注目する必要がある。

28nm半導体不足は解決したが、車載半導した半導体は、今後、調達の困難さが増すことを指摘する声も多い。シリコンウエハ直径の主流が8インチから12インチに移行したのは2000年前後のことだ。それ以前に構築した製造ラインの増設では、8インチに対応した製造装置の調達が必要になるが、現実には8インチ世代の装置の生産を事実上停止した装置メーカーも多く、調達に苦労している実情がある。8インチ世代の半導体の需給ひっ迫は、車載半導体分野の新たな火薬庫にもなり得るだろう。

昨年のSuicaやPASMOの発行停止にも同様の事情がある。キーテクノロジーであるFeliCaチップが発表されたのは1990年代のことだ。FeliCaはほぼ国内独自規格だったこともあり、生産拠点も限られていたことが発行停止の背景にあるとみられている。

プロセスノードとは何を示す数字なのか

ここで半導体業界の現状をあらためて俯瞰しておきたい。まず押さえたいのがプロセスノード(テクノロジーノード)の考え方だ。一例として、インテルのロードマップを上に示した。これを見ると半導体の微細化(省電力化)がFinFET型トランジスタなどのテクノロジー開発と共に進んだことがよく分かる。

では、nm(ナノメートル)単位で示される数字は実際には何を表しているのか。当初、この数字は、半導体の最も微細なパターンであるトランジスタゲート電極長を表す数字だった。インテルの場合、90nm、65nm、45nmという順序で微細化が進んだ。微細化はトランジスタ面積を半分にするという考え方で行われる。正方形の面積を例にすると分かりやすいが、面積を半分にすると一辺の長さは約70%に縮小する。インテルに限らず、半導体メーカーのプロセスノードがおおむね前世代×70%で示されるのはそれが理由である。

だが2000年代以降、ゲート電極長の微細化が緩やかになったことで、プロセスノードと電極長は一致しなくなった。インテルの場合、2010年に発表されたプレーナ型の最終世代である32nm世代まではある程度の対応関係があったが、FinFET型導入後はズレが目立つようになった。しばらくの間は最も微細な配線幅がプロセスノードと比例関係にあったが、すでにそれも破綻している。そのため近年は、インテルの10nm世代が他社の7nm世代とほぼ同等といわれるなど、プロセスノードによる優劣の比較は難しくなっている。Intel 7世代以降、インテルは命名からnmを外したが、従来の命名ルールを変更することで他社の表示と足並みをそろえる狙いもあったといわれる。

2024年時点の微細化の最先端は、2022年に台湾TSMCと韓国サムスンが相次いで発表した3nm世代。インテルは2023年末にIntel 4を発表している。
半導体製造では一般に、直径8~12インチ(200~300ミリ)のシリコンウエハ上に数百回以上のプロセスを経て、一度に1000個ほどの半導体が作り込まれる。具体的にはメタル、絶縁体、多結晶シリコンなどの薄膜を成膜し、ウエハに感光性材料のレジストを塗布し、露光、現像、エッチングにより回路パターンを転写する一連のプロセスを何十回も繰り返す。

前工程のプロセス

微細化において特に大きな意味を持つのが、露光解像度の向上である。その実現では、より短い波長の光の利用が有効だが、2010年代以降、技術的に大きな壁に突き当たることになった。それを打破したのが、オランダASML社が2016年に量産機製造に成功した波長13.5nmの極端紫外線(EUV)を利用した露光装置である。

EUVを採用した製品は2019年TSMCとサムスンが発表し、インテルもIntel 4で採用しているが、生産規模でも歩留まり率でもTSMCが先行するとみられている。ではなぜTSMCは微細化の最先端を走り続けることができるのか。その答えは半導体業界の構造を知ることで見えてくる。

次のページへ