
LLM(大規模言語モデル)をはじめとするAIの急速な進化に伴い、その実装は多くの企業にとって、喫緊の課題になろうとしている。こうした中、再注目されているのが、2019年に経団連が公表した「AI活用戦略~AI-Ready社会の実現に向けて~」である。社会課題のAIによる解決に向けとりまとめられたレポートを、企業の「AI-Ready」に関する提言を中心に読み返す。また、AI-Readyには、ハードウェアへの設備投資が必要不可欠ということで、オフィスに必要とされる2025年のハードウェアの動向についても紹介する。
AI活用の前提条件としてのAI-Readyという考え方
LLM(大規模言語モデル)の目まぐるしい進歩を受け、AI実装はすでに現実の課題になりつつある。こうした中、あらためて注目されているのが「AI-Ready」という言葉だ。その誕生は、内閣府がAI運用のルールづくりを開始した2018年にさかのぼる。「人間中心のAI社会原則」として2019年に取りまとめられたレポートで示されたのは、AI有効活用における「AI-Readyな社会」への変革の必要性だった。
2019年2月に発表された「AI活用戦略~AI-Ready社会の実現に向けて~」では、人類の歴史を狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に分類し、それらに続くSociety 5.0の主要テクノロジーとしてAIを位置付けている。「人間中心のAI社会原則」の視点を踏襲する同レポートにおいて注目されるのは、AI-Ready化ガイドラインとして企業や個人の取り組みが具体的に示された点にある。Open-AIのChatGPT-3が社会に衝撃を与える以前の提言だが、その内容は今も有効だ。
ガイドラインに踏み込む前に、その前提となるAI活用原則について見ていこう。示されたのは、①AIによるSociety 5.0 for SDGsの実現、②多様性を内包する社会のためのAI(AI for Diversity and Inclusion)、③社会・産業・企業のAI-Ready化、④信頼できる高品質AIの開発を行う(Trusted Quality AI)、⑤AIに関する適切な理解を促進する、の五つ。特に注目したいのが③で、「やみくもなAI活用では、その便益を最大限享受できない。まずはAIを活用するための準備(AI-Ready化)を行い、AIによって大きな価値が生み出されるように変革(AI-Powered化)する」と解説する。また⑤では、全従業員へのAIリテラシー教育の重要性を指摘する。さまざまな先行事例を見ても、AIやデータの利活用では、組織と人の両面で変革を推進することが大きな意味を持つことは間違いない。

AI-Readyの進展を5つの段階で解説
AI-Ready化ガイドラインでは、経営層、データエンジニアをはじめとする専門家、一般従業員、システムレベル・データという4つの観点に基づき、それぞれ5段階でAI-Ready化の進展状況を定義する。
レベル1(AI-Ready化着手前)として紹介されるのは、AIやビッグデータといった方法論の議論だけが先行しており、事業においての活用が議論されていない段階である。経営層にAIへの理解がなく、データエンジニアリング分野の専門人材も欠落し、直面するさまざまな課題には、従業員が勘や経験で対応するほかない。
レベル2(AI-Ready化の初期段階)はAI活用のスモールスタートをした段階になる。AIに関するプロジェクトに従事する一部の従業員はAIの基礎を理解しているものの、AI×データ活用の目標設定や個人情報・プライバシーの課題などの整理がうまくできていない。また、製造、物流、販売など基本業務のためのシステム運用とデータマネジメントは行っているが、AI×データを使った事業の運営、刷新、創造については未着手、という状況もここに含まれる。
レベル3(AI-Ready化が進行)は、既存の業務フローのAI×データ化による自動化に目途が付き、戦略的なAI活用も開始する状況だ。経営戦略にAI活用が組み込まれ、社内には相当数の専門要員が在籍すると共に、基礎的なAIリテラシーを持つ従業員が3~5割を占める。
レベル4(AI-Ready化から本格的なAI-Powered化へと展開する)では、AI×データの力を解き放つことで、コア事業でこれまでは不可能だった夢や課題解決を実現。AI×データの意義を理解する人材が全社の経営に深く関わり、全社員の8割以上がAIの基礎リテラシーを備える。
レベル5(AI-Powered企業として確立し、影響力を発揮している)として想定するのは、複数の企業が連携して業界全体・社会全体の最適化を進める段階になる。レベル4以降は、レポートの表現も漠然としたものに変わった感じが否めないが、イメージとしては、データ利活用によるサプライチェーン全体の最適化がいよいよAIによって実現するような状況であろう。
ここからもうかがえるとおり、AI-Ready には、AIの理解や活用だけでなく、幅広い領域でのデータ化の促進とその活用が不可欠になる。AI-Readyという言葉からはともするとAIのみに目が向けられがちだが、IoT技術を含めたデータ基盤の確立は避けて通ることができない課題になるはずだ。

また「AI-Readyな個人」の観点では、以下のような目指す姿が掲げられている。
◆トップ人材・研究者
・世界的な研究者が国内の研究機関において活躍。世界レベルのAI研究拠点も存在する。
・国内外の企業、研究機関と連携の上、それぞれの強みを活かした研究開発が行われる。
◆中核人材・技術者
・領域知識とAI技術に関する知識を持ち、各領域においてAI応用やデータの活用を行う技術者が多く存在している。
・すべての従業員がAIを活用し、さまざまな業務にあたっている。
◆リテラシー・利用者
・すべての人が仕事、生活の場面でAIやデータを活用している。
・AIを使うことによって、多様な人々の多様なライフスタイルが実現するとともに、従来できなかったことができるようになる。
・日曜大工と同じ感覚で家庭のAIソフトウェアを改良し、個々人の生活を豊かにするためにデータやAIを有効に活用している。
AI人材育成に関する提言としてまず注目したいのが、教育・研究環境の全面的な見直しである。レポートでは、AI工学という専門領域の確立に加え、文系学部を含めたAI×専門領域という新課程の創設も提言する。実は、マサチューセッツ工科大学(MIT)では、当時からAIを含むリベラルアーツ教育が行われてきた。今後の人々にとって、文系・理系を問わずAIとの共生は避けて通ることができない課題になるだろう。