高橋洋一氏の写真

PROFILE

上級マーケティング解析士 大畠 崇央 氏

元ウォルト・ディズニー・ジャパン シニア・プロデューサー。
早稲田大学教育学部卒。株式会社ナムコに入社しテーマパーク事業部にて新人教育でホスピタリティやCSなどを担当。
テーマパークの企画部にて、アトラクション企画・製作なども担当。
2001年、米国ディズニーの日本支社、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社にて、インタラクティブメディアグループでディズニーの企画部隊を統括。社内外に向けた企画勉強会の講師も行い、700人の卒業生を抱える。
これまでに担当した企画はアトラクションから携帯電話端末、銀行との新規事業まで多岐にわたる。

コロナ禍の影響で対面による営業機会は減り、Web会議ツールを使ったリモート営業が当たり前になっている。しかし、画面越しではなかなかお客さまの心がつかめず、営業成績が伸びないとの声を多く聞く。どうすれば、リモート営業でも成果を上げることができるのか。米国ディズニーの日本法人で事業企画や社内研修などに携わり、『ディズニー流感動を生む企画の秘密』(すばる舎刊)の著者でもある上級マーケティング解析士の大畠崇央氏に聞いた。

リモート営業で顧客との関係は「超ホーム&超アウェイ」に

Web会議ツールによるリモート営業活動を余儀なくされる中、対面の営業に比べると顧客とのコミュニケーションが難しく、営業成果も上がらなくなったという声をよく耳にします。どうすればリモート営業でも相手の心をつかみ、成果を上げられるのでしょうか。

大畠崇央氏(以下、大畠氏): まず、振り返っていただきたいのは、リモート営業になってからも、対面営業と同じコミュニケーションの取り方をしていないかということです。

私は、米ディズニーの日本支社であるウォルト・ディズニー・ジャパンで、事業の企画や社内研修の講師などを行っていました。その中で学んだディズニーの言葉の一つに、「現状維持は後退と同じ」というものがあります。

長年の対面営業によって身に付けたコミュニケーション手法が最高のものであったとしても、置かれている環境が変化すれば、たちまち陳腐化してしまいます。時代や状況の変化に合わせて、絶えず最適な手法を模索していかなければなりません。

大畠崇央氏

一方で、どんなに時代が変化しても、変えるべきではないものもあります。それは 「ホスピタリティ」を持って相手に接することです。

ディズニーのキャストがお客さまと接するときには、「主体的に相手の立場に立って考える」ことを大前提としています。分かりやすく言えば、「どうすればお客さまに喜んでいただけるのか」と常に考え、それを満たす行動を取ることが大切なのです。

ホスピタリティとは、単に丁寧に接することではなく、 お客さまの気持ちを思いやりながらコミュニケーションを交わし、求められるサービスを提供することです。その大切さは営業活動にも共通していますし、対面からリモート営業になっても、「変えてはならないもの」ではないでしょうか。

「変えるべき」部分についてですが、対面からリモート営業中心になったことで、顧客とのコミュニケーションにおいて、どのような点に注意すべきだと思われますか。

大畠氏: そもそも営業におけるコミュニケーションは、ホーム&アウェイの関係です。 ホームにいるお客さまが、アウェイから来る営業担当者を迎え入れるという状態ですね。そして、リモート営業だと、その関係性が「超ホーム&超アウェイ」の状態になってしまいます。

対面営業であれば、お客さまはオフィスにいるわけですし、アウェイからの来訪者だとしても、時間をかけて遠方から来てくれるので「わざわざ、どうも」という気持ちになるはずです。つまり、訪問してくれたということだけで、ある程度の好印象を持ってもらえるわけです。

ところがリモート営業の場合、訪問する側にそうした手間はありませんし、お客さまも、オフィスではなく、文字どおりホーム(自宅)で接するケースが多いので、何となくプライベートを邪魔されている気分になってしまう。

つまり、多くの場合、 最初からお客さまの拒絶感がある中で営業活動をスタートしなければならないわけです。

これでは、対面営業と同じコミュニケーションの取り方をしても、相手の心をつかめないのも当然です。話に耳を傾けてもらうには、それなりの工夫が必要です。

どんな工夫ができるのか、ヒントを教えていただけますか。

営業活動とは、自分が思っていることを相手に伝えることだと考えている方もいるようですが、ディズニーの考え方に照らし合わせれば、営業活動における「主人公」はあくまでもお客さまです。

主人公であるお客さまに、 伝えたい話をどれだけ自分事として感じてもらえるかということが大切です。

そのためには、伝えたい情報をお客さまに理解してもらいやすいように、プレゼンテーション資料に工夫を凝らすことも必要でしょう。

例えば、私の場合、1枚のプレゼンテーション資料にいくつかのポイントをまとめるときに、あえて複数の色を使っています。

画面の向こうで資料を見ているお客さまに、「何行目の文を見てください」と言っても、なかなか見つけにくいものですが、「水色で書いたところを見てください」と言えば、簡単に見つけることができます。

相手から見て、資料が分かりやすく作られているかどうかは、リモートでのプレゼンテーションにおける非常に重要なポイントです。

相手に資料や自分の表情がどう見えているかにも気を配る

なるほど。まさに相手視点に立ったひと工夫ですね。

大畠氏:さらに、映し出した資料が相手からどのように見えているのかをチェックすることもお勧めです。

これも私の工夫ですが、リモート会議でプレゼンテーションを行うときには、必ずデバイスを二つ用意して参加します。一つは対話をするためのPC、もう一つは相手に画面がどう見えているのかを確かめるためのスマートフォンです。

スマートフォンを映像モニターの代わりにすることで、相手の画面に資料がどのように映っているのか、自分の表情はきちんと笑顔になっているか、といったことが確かめられます。これによって、資料が出る前に話を始めてしまったり、困った表情を見せて気分を削がれたりといったことがなくなります。

自分の表情をチェックしながら対話をするというのは、対面の営業ではあり得ないことですが、リモート営業ならそれも可能なのです。こうしたメリットを、もっとうまく活用したほうが良いと思いますね。

スマートフォンを脇に置きノートパソコンを操作する写真

リモート営業のメリットとしては、ほかにどのようなものがありますか。

大畠氏:対面営業の場合、お客さまから突っ込んだ内容の質問を受けたときに、「私では分からないので、上司に確認して、次回の訪問時にお答えします」といった対応をせざるを得ないことがあると思います。

上司の都合次第ですが、リモート営業であれば、その場で呼び出して営業に参加してもらうことも可能なので、話が進みやすいというメリットもあるのではないでしょうか。

リモート営業に限った話ではありませんが、顧客の対話において心掛けるべきことは何だと思いますか。

大畠氏:営業の方が伝えたいことと、お客さまが聞きたいことは、なかなか一致しないものです。

営業の方は、製品やサービスを売り込みたいので、その素晴らしさを伝えたいのですが、お客さまはその導入によって、どんな結果が得られるのかが知りたい。導入を決断するための根拠が欲しいのです。 まずは、お客さまが何を求めているのかを理解することが大切です。

リモート営業でお客さまの要望を引き出すのは、なかなか難しそうですね。しかも、お客さま自身が答えを持っていないこともあります。

そうした点も考慮して、 目的の異なる三つほどの提案を用意しておくと良いと思います。営業の方なら、お客さまの業界に共通するさまざまな課題を解決した経験を持っているはずなので、そのうちの典型的なものを提示して、「御社も同じ問題を抱えていませんか」と尋ねるのです。

デジタルマーケティングはまず「ゴール」を決める

大畠さんは、デジタルマーケティング(DM)のご経験も豊富ですが、コロナ禍の影響で多くの企業が取り組み始めているDMについてもアドバイスをお願いします。

大畠氏:ディズニーはデジタルマーケティングの目的として、
①効率化すること
②個別化すること
③新しい顧客体験を作ること
④チャネルを越えてインタラクティブな関係を作ること

の四つを挙げています。デジタルのメリットを生かして、この四つの目的に合わせて試行錯誤してみてはどうでしょうか。

例えば、①の効率化ですが、デジタル化とは24時間営業の新しい店舗を開店するようなものです。

 

チャットボットやFAQを用意すれば、お客さまは、欲しい情報を24時間いつでも入手できます。オペレーターを24時間働かせることはできませんが、テクノロジーならそれが可能です。 人手を極力抑えながら、効率良くお客さまのニーズを満たすことができるわけです。

 

また、②の個別化することは、対面によるきめ細かな顧客サービスを、いかにDMでも再現できるようにするかがポイントとなります。

 

対面の接客には、マニュアルに沿って平均的なサービスを提供する「ファストフード型」と、お客さまごとにサービスや提案の仕方を変える「街の八百屋型」の2種類があります。

 

オンラインによるサービスは、前者に近いものが分かりやすいですが、若い女性にはインスタ映えのする西洋野菜を勧め、野菜不足を気にしている男性にはほうれん草を勧めるといったように、 お客さまに応じてきめ細かな提案ができるようなサービスが理想です。こうした個別の接客を実現できるDM用のツールはいろいろと開発されているので、うまく活用してみてはどうでしょうか。いずれにしても、DMにおいて最も重要なのは、「何をゴールにするか?」という目標を明確に定めることです。

 

契約数を伸ばしたいのか、製品・サービスに関心のある人のリストを作りたいのか、認知度を上げたいのか。 それぞれの目的に応じて、取り組むべき施策や、活用できるツールも異なってきます。無駄な投資をしないためにも、まずは目標を明確にしましょう。

最後に本誌読者にメッセージをお願いします。

大畠氏:ある家電メーカーの研修の講師をしたときに、「未来の冷蔵庫を考えてください」というお題を出したことがあります。

最初に返ってきたのは、「入っている食品をAIが分析してメニューを提案する」や「在庫を確認して足りない食材の購入を勧める」といった答えでした。しかし、これらは開発者視点の発想であって、利用者が本当に求めている機能ではありません。

そこで「料理をする人の視点で、もう一度考えてください」と促したところ、結局「冷蔵庫はいらない」という意外な結論にたどり着きました。今の時代、必要な食材は宅配業者がすぐに届けてくれるので、冷蔵庫に入れて保存するよりも、そちらのほうが新鮮でおいしい料理が作れるという答えにたどり着いたのです。

ある意味、自己否定に至ってしまったわけですが、そのくらい 相手視点で考えることが、今の時代には求められています。今後、ビジネスを広げていくためには、こうした相手視点が欠かせないと思います。

リモート営業は顧客のプライベートを邪魔する超アウェイ環境
最初から拒絶感がある中で営業活動をスタートしなければならない