高橋洋一氏の写真

PROFILE

ビジネスコンサルタント 細谷 功 氏

1964年、神奈川県生まれ。東京大学工学部を卒業後、株式会社東芝を経て、アーンスト&ヤング、キャップジェミニ等の米仏日系コンサルティング会社にてコンサルティングに従事。専門領域は、製品開発や営業等の戦略策定や業務/IT改革。「好奇心」「論理的思考力」「直感力」など、考える力のベースとなる思考能力を「地頭力(じあたまりょく)」と定義し、その考え方を提言。問題解決を必要とするビジネスマンはもちろんのこと、考える力を向上させたいと考える全ての人を対象に「地頭力トレーニング」の術を伝授している。

物事の本質をとらえ、型にはまらない発想やアイデアを生み出すための思考法である「メタ思考」。身に着けると問題意識や「考える力」が高まり、顧客が抱えている課題に対して、より適切なソリューションが提案できるようになるという。では、どうすれば身に着けることができるのか。ビジネスコンサルタントで『メタ思考トレーニング』(PHPビジネス新書)などの著者でもある細谷 功氏に聞いた。

物事をいったん抽象化して課題の本質を探る

本日はよろしくお願いします。今回のインタビューのテーマは「メタ思考」ですが、その前にまずは、細谷さんのプロフィールについてお聞かせください。
現在、思考力に関する企業研修をする一方で、『地頭力を鍛える』(東洋経済新報社)や『考える練習帳』(ダイヤモンド社)など多数の本も書いておられます。もともとはエンジニアだったとうかがっていますが、なぜコンサルタントに転身されたのでしょうか。

細谷 功氏(以下、細谷氏):大学の工学部を卒業して重電メーカーに就職し、プラント設計エンジニアとして約8年間働きました。
設計現場に3次元CADやデータ管理システムなどのITソリューションを導入し、仕事のやり方を変えるプロジェクトを担当していたのですが、やっているうちに設計よりもそっちの方が面白いと感じてしまったんです。
そこで、ビジネスコンサルティングの世界に入り、アーンストアンドヤングやギャップジェミニ、クニエなどのコンサルティングファームを経験しました。

ビジネスコンサルタントとしての知識と経験は、全くゼロから積み上げたわけですね。

細谷氏: 最初は会計の知識もなかったのですが、実務の傍ら、通信講座などで必要な知識を学びました。
企業の業務改革や戦略策定、グローバルERP導入、プロジェクトマネジメント、チェンジマネジメントなどのコンサルティングを経験して、現在は主に研修の講師や執筆活動などを行っています。

大畠崇央氏

ありがとうございます。では本題の「メタ思考」についてお話をうかがいたいと思います。
そもそも「メタ思考」とは、「物事を1つ上の視点から眺め、本質を考える」ことだとうかがっています。より詳しく教えていただけますか。

細谷氏: 物事の「考え方」には、その物事を具体的にとらえてそのまま実行するのと、いったん抽象化してから考える方法の2つがあります。「メタ思考」は、後者のアプローチによる思考法です。

 

例えば、あなたが企業の情報システム部門の担当者で、会社の役員から「経営管理に使っているシステムのダッシュボード画面をもっと大きくしてほしい」という注文を受けたとします。
物事を具体的にとらえる人は、注文どおりに画面を大きく作り直そうとするでしょう。

これに対し、物事をいったん抽象化してから考えようとする人は、「なぜ、画面を大きくしたいのだろう」と思います。言われたことをそのままするのではなく、注文の理由をしっかり理解して、それに合った「より良い解決策はないか?」と考えるわけです。
仮に役員が年配の方で、「目があまりよくない」というのが注文の理由だったとすれば、部分拡大できるとか、表示内容を音声で読み上げる機能を付けるといったように、画面を大きくする以外の方法を思い付くかもしれません。

言われたことをそのまま受け入れていては、ほかのアイデアなど生まれようもありませんが、「なぜ?」という問いを投げ掛け、課題の本質を探り出せば、それを解決するためのアイデアは無限に広がっていきます。これが「メタ思考」です。

よく分かりました。しかし、物事を抽象化して本質をとらえるというのは、頭では理解しても、なかなか実践できないように思えるのですが。

そんなことはありません。「なぜ?」と問い掛けるのは、生まれたときから人間にとってごく当たり前の基本動作なのですから。

小さな子どもたちはもちろん、わたしたち大人だって、普段、仕事や身の回りのことに何らかの疑問を感じていますよね。
それをもっと習慣付けして、あらゆる課題に直面したときに「なぜ?」と問い掛けるようにすれば、「メタ思考」は自然と身に着くはずです。しかもわたしたちは、幼い子どもたちと違って、問いに対する答えを知ったときに、それを解決するための知恵や知識を豊富に持っています。さらに言えば、「なぜ?」と問い掛けることで、知恵や知識の引き出しはますます広がっていきます。

問題意識を持つと知識の引き出しが増える

それはなぜですか?

細谷氏:一度、問題意識を持つと、それが頭の中に残って、新聞や雑誌、インターネットなどに書かれている記事や情報に敏感に反応するようになるからです。しかも、単に情報が集まるだけでなく、それを生かせばこんな解決が可能ではないか、というアイデアがどんどん膨らんでいきます。

物事を具体化にしかとらえられない人の中にも、知識や情報の引き出しが多い人はいますが、アイデアに結び付きにくいので、宝の持ち腐れになってしまいかねません。
「メタ思考」によって問題意識が起こるのは、「のどが渇いている」状態に似ています。
「課題は分かったけれど、どう解決すればいいのか分からない」という渇いた状態が続くので、身の回りにあるさまざまな知識やヒントが水のように吸収されていくのです。

問題意識は持ったけれど、自分一人だけでは解決策が浮かばないというときは、チームワークでアイデアを広げたり、専門家に聞いてみたりするのもいいと思います。

「メタ思考」は、本誌読者の多くが携わっているITソリューションの営業にも役立ちそうですね。

先ほども述べたように、「メタ思考」を心掛けると、知識や情報の引き出しはどんどん広がっていきますから、多面的なソリューションの提案が可能になるのではないかと思います。
何よりも、相談されたことに応えるだけでなく、本質的な課題を見極めた提案ができるようになるのは、お客さまにとってありがたいことではないでしょうか。

本誌読者には経営者の方々もいらっしゃいます。「メタ思考」を持つ人材を育てたいと思っている経営者の方々にアドバイスをお願いします。

人材の育て方には、二通りの方法があると考えています。

一つは、仕事の仕組みやルールをしっかりと決めて、それをきちんと守るように指導する方法です。この方法は、十分な知識や技能を持たない人材を育成するのに適しており、日本のものづくりや品質管理の現場では、積極的に採り入れられてきました。

二つ目は、自ら能動的に「言われていないこと」で付加価値を上げようという人材の育て方です。
そういう意欲的な人には、強制的な教育を施すよりも、自分の意思で成長しようとする機会を与えるべきではないでしょうか。「メタ思考」を持つ人材は、後者の教育方法で育てることができると思います。

「物事を抽象化する」というのは、「考える」ということとほぼ同じ意味です。そしてその力は、強制されて養うものではなく、自らの意思で積み上げていくものなのです。

「これだけを学びなさい」という強制型の教育を受けると、どうしても考える力は弱くなってしまいます。
大切なのは、自らの意思で力を積み上げようとしている人材たちの努力を遮らないこと。
また、ひと口に人材といっても、職能やキャリア、性別などによって積み上げるべき力は異なるわけですから、画一的ではなく、多様性を持った教育機会を与えたほうがいいと思います。

コロナ禍による変化は飛躍のチャンス

話題は変わりますが、コロナ禍によってIT業界を取り巻く経営環境も厳しさを増しています。
そうした厳しい環境の中で営業活動に励んでいる読者に、元気が出るようなアドバイスをお願いします。

細谷氏:コロナ禍によって、人々の価値観や、活用される技術の種類は大きく変わりました。外出の制約によって“巣ごもり消費”が活発になり、リモートワークの常態化とともにオンライン会議などの技術が普及したことは、その典型例だと思います。
ところが、このように価値観や技術が大きく変わったにもかかわらず、いまだに従来の価値観や技術に引きずられている人々がいます。

新しい価値観や技術が登場するとき
新しい価値観や技術が登場するとき

掲載した図は、その様子を概念図にしたものです。コロナ禍によって、従来の価値観や技術(図の1)は、新しい価値観や技術(図の3)に大きくずれてしまったのに、いまだ1にとどまっているような感覚を持ち続けている人々です。
こうした人々は、例えば、従来の価値観や技術の一部(図の2)が切り取られ、働き方がオフィスワークからリモートワークに変化したことに対し、「お客さまに対面で営業できなくなった」「オンライン会議では微妙なニュアンスが伝えられない」「部下とのコミュニケーションが取りにくくなった」といった不満を感じています。

これに対し、新しい価値観や技術を受け入れた人々は、同じ2の部分について、「コミュニケーションは面倒だけど、通勤がなくなって時間にゆとりができた」「仕事に集中できて、むしろ効率が上がった」など、今までになかったメリットを実感しているのです。

さらに、従来の価値観や技術と重なり合う2の部分だけでなく、重なり合わない3の部分にも「メリットがあるはずだ」と考えるようになります。
今後、コロナ禍が終息して丸の位置がさらに移動すれば、そこにも新たな価値を発見することでしょう。
そして、新しい価値観や技術を受け入れる人々の中には、3の部分にビジネスのチャンスを見出す人も現れるはずです。
コロナ禍によってすっかり定着したスマートフォンで注文する飲食の宅配やオンライン会議サービスなどは、その先駆けだと言えます。

変化が起こっているときには、いち早くチャンスを探り当てて何かを始める人と、そうでない人の差が大きく出るものです。飛躍の機会ととらえて、ぜひ探ってみてください。

大畠崇央氏

大切なのは、自らの意思で力を積み上げる人材の努力を遮らない
ピンチや変化は飛躍の機会ととらえてチャンスを探り当てたい