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PROFILE

クリエイティブディレクター、映像・テレビプロデューサー インプリメント株式会社 取締役社長/COO
木村 博史 氏

1971年、兵庫県生まれ。企業規模問わず仕事での動画活用を得意としており、企業内での動画活用スキーム構築、Web会議活用からYouTubeをはじめとするSNSでの動画活用まで幅広く対応。運用はもとよりプロの映像演出を社員が活用し動画を制作できるようになる研修も好評で、500社を超えるサポート実績がある。

企業が自社PRや新卒採用、株主との対話などにオンライン動画配信を利用する動きは、ますます活発になっている。最近ではスマートフォンのカメラ機能の高性能化とともに、こうした動画を自社で制作する企業も増えているようだ。しかし、プロが作った動画に比べると「クオリティが低い」「面白くない」という感想が寄せられることもある。どうすれば、アマチュアでも魅力的な企業動画コンテンツが作れるのか。数多くの企業の動画制作を支援している映像演出家の木村 博史氏に聞いた。

映像の良し悪しよりも、まずは音にこだわる

コロナ禍の影響で、決算説明会、株主総会などをオンラインで開催したり、YouTubeを使って自社PR用の動画を配信したりする企業が増えています。
最近は高性能なカメラを搭載したスマートフォンが普及しているので、制作会社に依頼することなく、広報やIRの担当者が自分たちで動画を制作するケースも目立つようです。

木村 博史氏(以下、木村氏):自分たちでやってみようとするのは、とても良いことだと思います。

便利な道具が使えるようにはなったは良いけれど、プロのカメラマンのように撮れるだろうか、しっかりした構成に編集できるだろうかと心配して、自分たちで作るのをためらう人もいます。しかしプロのカメラマンや編集者も、最初から素晴らしい動画を作れたわけではありません。

できる、できないという「100対0」の考え方ではなく、まずは「できることから少しずつやってみる」というスタンスで臨んでみてはどうでしょうか。黒澤 明監督や木下 恵介監督といった映画界の巨匠たちも、最初は手探りの状態で映画を撮っていました。

例えば、木下監督がメガホンを取り、1951年に公開された『カルメン故郷に帰る』という日本初のカラー映画は、約1時間半の上映時間のうち、9割前後は屋外で撮影したカットを使用しています。全く前例のないカラー撮影だったので、光が十分に確保できる屋外でのカットを増やすという工夫を凝らしたわけです。

巨匠と呼ばれる人々ですら、新しい技術を使いこなすためにさまざまな試行錯誤を重ねたわけですから、わたしたちが「最新の機器をうまく使いこなせるだろうか」と悩む心配はありません。
まずは使ってみて、うまく撮れなかったり、編集できなかったりしたときは修正を加える。その繰り返しによって、少しずつ良い動画が作れるようになると思います。

大畠崇央氏

機材の操作に慣れていない人が撮影すると、映像がぼやけたり、手ブレを起こしたりする失敗がよくあるものです。しかも会議やセミナーといったイベントの撮影は、撮り直しができません。何か良い解決策はありますか。

木村氏:スマートフォンに搭載されているカメラなら、撮影したい人にレンズを向けると自動的にフォーカスを合わせてくれるので、映像がぼやける心配はほとんどありません。

むしろ注意したいのは、録音です。
スマートフォンに搭載されているマイクは全方位の音を拾ってしまうので、カメラで追っている人の声だけでなく、 周りにいる裏方の声や、会場音までが録音されてしまいます 。実際にできた動画を見ると、映像の良し悪しよりも、むしろ、そんな音の悪さが気になってしまいます。

BP:それは意外ですね。

木村氏:人間の感覚というのは不思議なもので、目は相手の輪郭をとらえるけれど、かけている眼鏡のフレームの太さとか、襟の大きさといったディテールまで瞬時に見ることはありません。

それに対し耳は、どんなに小さな雑音でも瞬時にとらえ、聞きたい声や音がはっきり聞き取れないことに不快感を覚えさせるのです。
そのため、会議やセミナーなどのイベントを撮影するときには、映像よりも音響に気を配った方が良いです。スマートフォンに内蔵されているマイクではなく、 外付けマイクを使用するのが望ましいと思います。

そうした工夫も、さまざまな試行錯誤を重ねることによって生み出されるものなのでしょうね。
ところで、編集の際に別々のカメラで撮った動画をつなぎ合わせようとすると、それぞれの撮影のタイミングがずれていて、うまくつながらないことがあります。これは、どうすれば解決できますか。

木村氏:映画の撮影で「カチンコ」という道具を使うことは、ご存じの方も多いと思います。撮影が始まるときに、「用意、アクション!」という監督の掛け声とともに「カチン」と打ち鳴らされる、あの道具です。
カチンコは、全てのカメラで撮った映像とマイクで撮った音を、後で編集しやすくするための道具です。

どのカメラもカチンコを打ったところを撮影し、どのマイクも「カチン」という音を拾うので、編集する際に、そこを出発点にすればタイミングを合わせやすくなります。

同じように、動画を複数のカメラで撮影するときには、後で編集しやすいようにスタートするタイミングを合わせるようにすると良いでしょう。
また、スマートフォンのカメラには、1秒間に何コマ撮影できるようにするかを設定するFPS(フレーム・パー・セカンド)という機能がありますが、この設定がカメラごとに異なっていると、編集の際にズレが生じやすくなります。1秒間に60コマなら60コマ、30コマなら30コマといったように、 全てのカメラのFPSを合わせておくことをお勧めします。

会議室を専用スタジオにして、セッティングの手間を減らす

制作会社に頼まず、自分たちで動画を撮ろうとするのには、コスト削減の狙いもあると思います。
しかし、実際には撮影や編集に手間取ったりして、むしろ人件費がかかってしまうケースも多いようです。
どうすれば、余分な手間やコストを抑えられるでしょうか。

木村氏:企業の動画制作は、映像作品を作ることが目的ではないので、クオリティよりも、「伝えたいことをいかに伝えるか」や、「いかに効率よく作るか」 を考えることが大事だと思います。
効率よく動画を作るためには、パターン化できることは、なるべくパターン化するのがお勧めです。
例えば、頻繁に動画を撮影するのであれば、オフィスの会議室の一つを専用スタジオにしてしまうという方法もあります。

カメラの三脚や、出演する社員が座る椅子とテーブルをあらかじめ固定しておき、すぐに撮影のセッティングができるようにしておくのです。

過去の撮影の経験をマニュアル化して、共有するのも方法です。ここに三脚を置けば、こんな角度で映像が撮れるといったノウハウを共有すれば、セッティングなどの時間を大幅に短縮できるはずです。
また最近は、企業の人事部が地方に出向いて入社説明会を行うケースも増えていますが、その様子を動画配信するのであれば、旅行カバンに入るくらいのカメラや照明器具などのセットを用意し、常時持ち運べるようにしておくと良いでしょう。

大畠崇央氏

クオリティよりも、「伝えたいことをいかに伝えるか」が大切だということは、おっしゃる通りだと思います。
とはいえ、普段からテレビ番組やユーチューバーの動画配信などを見ていると、どうしても「もっと上手に撮りたい」という欲が出てしまいます。

木村氏:よく分かります。日頃から企業の動画制作を支援していますが、動画作りや配信が軌道に乗ってくると、経営層の方々などからも、「もっと質の高い動画を配信できないか」という要望が出てくるものです。

そんなときは、使用する機材を少しレベルアップしてみてはどうでしょうか。スマートフォンのカメラやWebカメラでもそれなりの映像は撮れますが、よりクオリティの高い映像を求めるのなら、Webカメラの代わりに一眼レフカメラを使用するという方法もあります。一眼レフカメラなら、レンズの変更などで周囲をぼかして撮影対象を際立たせたり、立体感を持たせたりする効果を演出できます。

Z世代に受け入れられるコンテンツ作りを心掛ける

映像の質を高めるのはもちろん、コンテンツとしての面白さをもっと追求したいという欲も出てくるものです。
人気ユーチューバーのように数十万、数百万とはいかないまでも、なるべく多くの視聴者を獲得するためには、どのような動画コンテンツ作りを心掛ければいいでしょうか。

木村氏:動画のオンライン配信で最も大事なのは、オープニングでいかに視聴者の心をつかむか です。
人気ユーチューバーの配信を見ると、スタートのところで動画の面白い部分を先に見せたり、挨拶もそこそこに、いきなり本題に入ったりする動画が多いことが分かります。
これは、YouTubeの視聴者が動画を最後まで見ようとしないことや、途中で簡単に飛ばしてしまうことへの対策なのです。

今の若い視聴者は、動画を見るときに、まず結論を知りたがります。テレビ番組のように、まず番組のタイトルから始まり、次に出演者の紹介とあいさつがあって、ようやく本題に入るというような流れでは、途中で視聴を離脱されてしまいます。

そのため、企業が配信用の動画コンテンツを制作する場合も、冒頭のあいさつは短くして、なるべく早く本題に入るようにすること。視聴者が関心を持っている内容を、できるだけ前に持ってくるようにすることが視聴者数を増やすポイントだと言えます。
特に、新卒採用のための企業紹介動画などは、YouTubeを見て育ったど真ん中の世代、いわゆる“Z世代”がターゲットなのですから、なおさら本題を前に持ってくる動画コンテンツづくりが欠かせません。

大畠崇央氏

人気ユーチューバーの動画を見ていると、息も継がず早口でまくしたてる動画が多いように感じます。

それも、Z世代の視聴者に合わせた工夫の一つです。
息継ぎの間を詰めるのは、映画の世界でも昔から使われている古典的な手法で、より多くの情報が詰め込めるだけでなく、視聴者を動画に引き込む“空気感”を演出することができます。

もう一つ、“空気感”を演出するテクニックを紹介しましょう。
アマチュアの方の動画演出では、出演者を横に移動させたり、情報を書き込んだフリップを横に動かしたりすることはよくありますが、前に押し出すことはあまり多くありません。

しかし、出演者やフリップが前に出ると、大きさに変化が表れて、動画に“空気感”が出るのです。
ちょっとしたテクニックですが、これだけでも視聴者を惹きつける演出ができるはずです。

最後に、本誌読者にメッセージをお願いします。

木村氏:企業のオンラインコミュニケーションには、決まった正解はなく、それぞれの企業文化や環境に合わせて最適なやり方を選ぶのが正しい考え方 だと思います。
例えば、ライブ配信を行うにしても、Web会議システムを使って視聴者との対話を完全に双方向にするのが望ましいのかと言えば、必ずしもそうではありません。

視聴者からの直接の問い掛けに対応しきれそうもなければ、コメントはメールで受け付けるといったように、ワンクッション置く方法もあります。
いろいろな方法の中から自分たちに合ったやり方を選び、少しずつ経験を積みながらレベルアップさせていくことお勧めします

企業の動画制作は
「伝えたいことをいかに伝えるか」
「いかに効率よく作るか」を
考えることが大事なポイントだと思います