PROFILE
フリーアナウンサー
笠井 信輔 氏
1963年、東京都生まれ。早稲田大商学部卒業後、フジテレビアナウンサーに。浅野情報番組「とくダネ!」を20年間担当後、2019年9月に33年勤めたフジテレビを退社し、フリーアナウンサーとなる。しかし、2か月後に血液のがんである「悪性リンパ腫」ステージ4と判明。4カ月半の入院、抗がん剤治療の結果「完全寛解」となる。 現在はテレビやラジオ、講演のほか、がん知識の普及などにも活動の幅を広げている。ブログは15万人、インスタグラムは19万人のフォロワーを持つ。著書に闘病エッセイ『がんがつなぐ足し算の縁』(中日新聞)『生きる力~引き算の縁と足し算の縁』(KADOKAWA)など。
人から話を聞く際にインタビューの専門家である笠井 信輔氏は、何に気を付けているのだろうか。常にお客様の声に耳を傾けるパートナー様のヒントになるような「人に話を聞く」ことについて聞いた。また、インタビューの後半は、がんとの闘いで精神の支柱となった「引き算の縁と足し算の縁」について聞いた。
アイスブレイクに必要なのは相手のことを調べ尽くすこと
これまで数々の著名人をインタビューされてきた経験から、「人に話を聞く」ときに気を付けていることはありますか。
笠井 信輔氏(以下、笠井氏): 人に話を聞くときの難しさは、初対面の方やあまり親しくない方の場合にあります。会った瞬間は、お互い緊張状態にあるからです。そのため「素直に言葉が出てこない」、あるいは「コミュニケーションが取れない」ということが起こります。また初対面で、いきなり本題に入っても脳の思考が追いつきません。この緊張状態をほぐすのがアイスブレイクです。まさに氷を砕いて溶かすようにお互いの関係性を良くしてから本題に入るわけです。
このアイスブレイクで必要なのは、相手を和ませることですが、自分が面白い話をして盛り上げればいいわけではありません。どんなに話が盛り上がっても、相手は聞いて笑っているだけなので、実はエンジンがかかってない状態です。相手はまだアイドリング状態なのです。アイスブレイクでは、相手に話をさせながら緊張状態を解くことが求められます。そのために必要なことは、相手の情報を理解しておくことです。
例えば、俳優さんや企業のトップなどの著名人であれば、出版された書籍を読む、Webサイトで情報を集めるといったことが有効です。いちばん効果的なのはインスタグラムやフェイスブック、あるいはブログなどのメディアを調べることです。最近は、SNSで自分の情報を発信している人が多いので、調べることで相手のパーソナルな部分が見えてきます。
「先日、大きな魚を釣ったみたいですね」と聞くと「どうして知っているんですか?」というように会話が弾んできます。雑談のような会話がコミュニケーションでは、とても大事です。このようにパーソナルなキーワードを出すことで、相手は単なる他人ではなく、個人として認識してくれるようになります。
このような雑談をするときは、自分が気分よく話すと逆効果となり相手にひかれてしまいます。穏やかに相手の話を聞く姿勢を見せることで、「この人は話を聞いてくれる人」だと理解してもらえます。一方的に自分のことをしゃべりに来たのではなく、話を聞きに来たとわかってもらうことが大切なのです。
いわゆる準備段階、トークの前段階で相手に話しやすい雰囲気を作るための雑談は重要です。話を続けようと思ってもらえれば、本題に入りやすくなります。
インタビューの面白さは思いもよらない話が出てくるところ
自分自身を再発見するための学習とは、具体的にどういうものでしょう?
笠井氏:インタビューをするときに、事前に質問をすべて送ってくださいという話がよくあります。当日は、その質問と答えを全部覚えて、その通りに答えが出てきます。これは我々にとってはありがたい話なのですが、そのインタビューは成功に見えても7割しか成功していません。インタビューの面白さとは、思いもよらない話が出てくるところです。その3割を聞き出せるかどうかがインタビューの面白さになるわけです。質問に対して、想定内の答えしか返ってこないのであれば、わざわざインタビューしなくても書面のやり取りだけで完結できるからです。
仮に5つの質問を想定しているのであれば、5つの答えをもらうだけでは、面白くありません。1つ目の質問で、その答えが返ってきたら、2つ目の質問に移るのではなく、相手の答えの中にあるキーワードをとらえて、さらに質問する「セカンドクエスチョン」を投げかけます。キーワードがない場合でも、相手の答えを「こういうことですか」と聞き返すことで、より理解が進み深い話になるわけです。
一通りの答えが出たと思っても、その人が潜在的にしか分かってなくて、言葉にできていないキーワードがあります。インタビューでは、それを読み解く力が必要です。最初に返ってくる言葉は、表層的な言葉の場合が多く、本質に深く入り込む答えではありません。人間の思考は、段階的に深まるので1回のやり取りでは足りないですね。質問を順番に聞くだけでは、得られないことを引き出すためにもセカンドクエスチョンを投げかけて、まだ何か引っかかりがあったらそこからサードクエスチョンへと続けていきます。
相手が話したことの少しのひっかかり、自分の中にちょっと残る疑問などを聞くことはもちろんですが、面白いと感じたことは、セカンドクエスチョンでどんどん聞いていく。相手が言語化できていない思いや感覚を聞き出すことでインタビューの成功は10割になるのです。
人生をかけた決断後に人生最大の困難に直面
さまざまな困難を乗り越えてこられたとお伺いしています。そのご経験から読者に元気の出るようなお話をいただけますでしょうか。
笠井氏:私は4年前、2019年の暮れにがんの告知を受けました。悪性リンパ腫という血液のがんでステージ4です。担当の先生からは、予後の悪いアグレッシブなタイプのがんは、脳に転移しやすく通常の治療法では治らないと知らされました。良い情報が全くなく絶望しかありませんでした。
しかも会社を辞めてから、わずか2ヶ月です。今が高く飛べる最後のチャンスと思い、周りの忠告や家族の心配を押しのけて会社を辞めていました。それが高く飛ぶどころか、羽をもがれるような告知を受け、入院は、半年から1年かかるとのことです。
どうしようもなかったですね。
ただ、「笠井はフリーになったけど消えていったね」と言われるのはあまりにも悔しい。それまでのアナウンサー生活は、33年間、ほぼ生放送の番組を担当し、司会者あるいはリポーターとして、日々発信を続けてきました。会社を辞めて次はどの形で発信していこうかと考えていた矢先でした。
でも一つだけ良かったのは、今はSNSという個人の発信するツールがあったことです。実は著名人が、毎日病状を発信するケースは多くありません。がん患者というイメージは、その後のタレント活動に影響するからです。
私のいた報道の世界は常に間接報道です。災害や事故などが起きたところへ行って話を聞きます。そしてそれを伝えるのは伝聞による間接報道でした。しかし、がんになったことは、自分の経験\がそのままニュースになるわけです。人に話を聞かなくても「今こういう体験をしています」「今はこういう状況です」ということが情報になる。使命感のようなものを感じていました。今思えば、あれだけ細かいことをよく発信できたと思います。
困難を乗り越えるには精神的支柱が必要
笠井氏:悪性リンパ腫の治療は基本的に抗がん剤。しかも大量投与で本当に大変でした。その治療の苦しさを和らげてくれる緩和医療もありますが、闘病には精神力の強さが重要となります。そこには精神的支柱が必要で、私は「引き算の縁と足し算の縁」という言葉を基本としていました。
これは13年半前の東日本大震災の取材で自分の心の中に生まれた言葉なんです。
津波の発生した2日目から1ヶ月間ほど、毎日、現地から中継していました。本当に悲惨な状況で、当初は家族や知人が「死んでしまった」「行方不明で連絡が取れなくなった」という、失われた縁を引き算のように数えながら泣く声しかありません。誰に話を聞いても親しい誰かを失っていました。「死者、行方不明者2万人」とは、そういう状況です。
ところが3週間、1ヶ月と日が経つにつれて「避難所で友達ができた」「病院で看護師さんや先生と仲良くなった」「ボランティアの皆さんと絆ができた」、そして「笠井さんに会えたのは津波が来たからですね」というコメントまで出るようになりました。
最低最悪のとき、そこですべてが終わるのではなく、最低最悪のときに出会った人はとても大事な人だということ。そして最低最悪のときに出会った「人」や「こと」「もの」の縁を大切にして広げることで「人は前に進む力を得る」ということをあの震災の現場で東北の人たちに教わりました。人は引き算から足し算へ、最悪のときにスイッチを切り替える力を持っているのです。
会社を辞めるときに半年先くらいまでの講演会が決まっていました。ところが4ヶ月半から半年の入院との診断で、全部キャンセルになりました。あれもダメ。これもダメ。出たいと思っていた仕事もすべてなくなりました。
その頃に南三陸の皆さんがお見舞いに来てくれました。この13年間に交流を続けてきた友達といえる関係の人たちです。遠くから色紙を持ってきてくださり、そこには私の知らない南三陸の方たちからのメッセージがたくさん書かれていました。
あのマイナス志向でしかなかった状況で、こんなにもたくさんの足し算の縁を得たことで「ここで後ろ向きになっていたら笑われてしまう」「自分よりも辛い思いをしていた被災地の皆さんに笑われてしまう」と思ってスイッチを切り替えることができました。
引き算の縁と足し算の縁。困難が紡ぎ、つながる縁
笠井氏:今、私はたくさん仕事をいただいています。仕事の半分は、がんに関する仕事です。それを中心にしてそこから得た新たな仕事もたくさんあります。「引き算の縁と足し算の縁」を信じてよかった。人間はマイナスの状況からプラスに転化できるのだと実感しています。
例えば、客室乗務員を目指していたが、コロナ禍では航空会社の求人募集がなくなってしまった。だから仕方なくホテルマンになりました。あるいは有名大学に入りたいと思っていたが、コロナ禍のオンライン授業がつまらなく、勉強に集中できずに滑り止めの大学しか受からなかったという人がいたとします。
こういう人たちが「こんなはずじゃなかった」といって、下を向いて生きているだけではあまりにもったいない。なぜなら本当は客室乗務員よりホテルの方に向いている人かもしれない。滑り止めの大学かもしれないけども、無二の親友や、かけがえのない先生との出会いがあるかもしれない。
引き算から足し算へ「引き算の縁と足し算の縁」ということを意識しながら生きていると、最悪のとき、どう乗り越えていくかという思考になることができます。がんサバイバーの友達に聞くと、皆さんそれぞれに気づいたことがあるそうです。がんになった人たちの中には、がんになってよかったとまで言う人がいる。自分はそこまでは言えませんが、がんになって得たことは山ほどあります。
私は引き算でしかなかった状況を足し算に変えることができるのは、その人の心次第だと気付くことができました。誰しも困難になりたくはありません。しかし、予期せぬ困難に直面したときは「引き算の縁と足し算の縁」を思い出して気持ちをプラスに転化してください。
困難が紡ぎ、つながる縁もある。
最低最悪のときに出会った「人」や
「こと」「もの」の縁を大切にすることで
「人は前に進む力を得る」