
PROFILE
フリーキャスター・コメンテーター 事業創造大学院大学客員教授
伊藤 聡子 氏
新潟県糸魚川市生まれ。東京女子大学文理学部英米文学科卒業。大学在学中にキャスターデビューし、数々のテレビ・ラジオ番組で活躍。2002年にNYへ留学し、アメリカ社会学を学ぶ。JICAを通してカンボジアやネパールを視察するなど、国際貢献への関心を高く持ち活動している。日本においても、地域課題の解決にはビジネスの視点が不可欠と捉え、事業創造大学院大学にて経営管理修士(MBA)を取得し、2010年、同大学の客員教授に就任。数多くの企業や経営者を取材し続けており、地方創生やエネルギー、地球温暖化対策などについて、国の委員会の議論にも参加。メディアや講演を通して、地域をいきいきと輝かせるヒントを伝えている。
2010年代以降、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった「VUCA(ブーカ)」という時代認識がビジネス分野でも使われるようになった。激しく変化する予測困難な時代に立ち向かうために何が必要か。キャスターやコメンテーターとして活躍する傍ら、中小企業を中心とする地域経済や地方創生などをテーマに取材・講演活動を行う伊藤 聡子氏にヒントを聞いた。
得意分野を軸にしながらさまざまな事業に挑戦を
近年ドラスティックに変化している日本経済について、率直なご意見をお聞きかせください。
伊藤 聡子氏(以下、伊藤氏): とにかく変化が速く、1年先も見通せないので、常に臨戦態勢でいなければならない時代です。ビジネスのグローバル化も進んでいますが、法律が異なる海外では、日本企業の優れたビジネスモデルが通用しないケースもあります。国と国との関係のバランスを取りながらポジションを見定めることも難しくなっています。
また、「曖昧」という点では、産業界の垣根が無くなり、さまざまな業態が生まれています。これまで「餅屋は餅屋」という専門性で生き残ってきた企業も、得意分野を軸としながら色々な事業にチャレンジしなければならない時代なのかもしれません。
特に最近は円安による原材料費の値上がりが続いています。価格に転嫁できずにジレンマを抱えている中小企業はどのように対応すれば良いのでしょうか。
伊藤氏:適切な価格転嫁はしていかなければならないと思います。しかし、ただ価格転嫁すれば良いのではなく、価格が上がることの丁寧な説明とともに付加価値を追求し、取引先に納得してもらう努力を続けることが大切ではないでしょうか。
また、中小企業同士でパートナーシップを構築することも有効です。原材料を大ロットで共同購入した方が仕入れコストを下げることができ、人材をシェアリングすることも可能です。得意分野を持つ企業同士が緩やかなパートナー関係を構築し、さまざまな部門を持つ1つの大きな会社に見立てられるような取り組みも必要だと思います。
例えば、金型の会社を取材した際、発注するメーカーと受注する工場が縦割りで、業界の横のつながりがほとんど無いため、繁忙期と閑散期の波が激しすぎて、後継者も育たずに廃業を余儀なくされるケースが繰り返されていると聞きました。
そんな中、複数の金型企業が提携し、工場の機械にセンサーを取り付けて、クラウド上で稼働状況が一目でわかる仕掛けを作ったという話もあります。どの機械が空いているのかがわかれば受注機会を逃さないだけでなく、1社では到底賄えない大きな仕事を受け付けることもでき、稼働率も収益も上げられます。
本当に人が集まらない時代なので、中小企業こそDXが重要です。特に単純作業は人が集まりにくいので、どんどんITや機械に任せるべき。DXやAIの世界はまさに日進月歩で、価格も安くて精度が高いシステムも出てきています。社員を1人、2人雇うのと同じくらいの成果があるでしょう。
なるほど。デジタル化によって人手不足の解消と業務効率化を実現する本来のDXの役割が、中小企業の課題を解決するのですね。一方、日本は「デジタル貿易赤字」が膨れ上がっています。巻き返すためには何が必要なのでしょう。
伊藤氏:デジタルに限らず、イノベーションをいかに起こせる状況にするかだと思います。最近は「人的資本」と言われますが、社員一人ひとりの力を引き出し、伸ばしてくことで新しい技術を生み出すことが重要。そして、その技術で日本が世界をリードすることに意味があるのだと思います。
今企業に必要なのは、現場で素早く状況判断し、上司に提言できる人材。今までは新卒を採用し、社風に合うように育ててずっと働いてもらうという方式でしたが、「うちの会社のことしか知らない」という人では対応できない時代です。
状況判断にはさまざまな経験や知識が必要だからです。社員一人ひとりがそれぞれに会社以外のことも経験し、学ぶことを会社が応援するという体制を整えることで、会社に多様な人材が生まれ、はじめて化学反応が起き、イノベーションが起きるのだと思います。ITでできること、人がやらなければならないことを明確化し、その上で人にどれだけ投資していくのかが、日本企業に突きつけられている課題ではないでしょうか。

職住近接とDX推進が地方に人的資本を育む
次に、日本は少子高齢化に突き進んでいます。ビジネスにおける大都市と地方の関係性はどのように変わるとお考えでしょうか。
伊藤氏:個性豊かな地方が独自の産業でいきいきと成長する形が理想ですが、現実は地方には仕事が無く、若者が東京に流出して、ますます人口が減少しています。一方、東京では人が集中し、物価が高く、生活が厳しくなるので、結婚しても共働きで一生懸命働かなければ家賃すら払えない状況です。
そこで問題になるのが女性の働き方です。日本では、女性はキャリアを諦めて子供を産み育てるか、出産を諦めてキャリアをとるかという二者択一の状況がまだまだ改善されていないのが現状です。前述の通り、東京で暮らす若い夫婦は共働きでなければ生活が成り立たないため、結局子供を持つことをあきらめざるを得なくなる。これが少子化を進行させている一因だと思います。
しかし、コロナ禍で働き方に対する価値観が変わり、デジタル化も一気に進んだことで、IT人材が地方のサテライトオフィスで働くという形が普及してきました。地方にIT人材が来ることで地元の中小企業のDXも支援でき、お互いにプラスになる取り組みが進んでいます。
その延長線上で、地方で生まれ育った人材を、地元で暮らしてもらいながら採用する東京の企業も現れています。新潟県長岡市の市内で暮らしながら首都圏企業に完全リモートワークで勤める「長岡ワークモデル」もその1つ。今後兼・副業が当たり前になり、東京の企業に在籍するIT人材が副業で地元の中小企業のDXを担う動きも出てくるでしょう。
実は、企業によっては、地方のサテライトオフィスの方が利益率が高いという結果も出てきています。米国のIT企業の日本法人では、地方にサテライトオフィスを置いたら東京の分社より20%も実績がアップしたそうです。「職住近接」で、通勤電車に長時間揺られることも無く、きれいな景色を見ていつでもリフレッシュできる。こうした環境が生産性を上げ、利益率の向上につながるということなのです。企業が成長するためには社員の健康を守り、働きやすい環境づくりが不可欠だという認識が高まれば、地方に新しい視点が生まれます。
地方に眠る宝に注目 環境分野でも新たな芽
地域のIT化だけに留まらずに、そこで働く人の能力や生活を考慮した新しい働き方が進んでいるということなのですね。
伊藤氏:そうですね。子育てしやすい環境で、社員のQOLが向上すれば会社へのエンゲージメントも高まります。「人的資本」を活かす1つの方策として、地方にサテライトオフィスを置くという選択肢が出てきているということだと思います。
さらに、SDGsで重視される環境分野でも地域の可能性が広がっています。2026年度にはCO²の「排出量取引制度」が本格稼働することもあり、森林が多い地方は「吸収源」としてより注目されるでしょう。さらに今後は「ネイチャーポジティブ(自然再興)」の観点から、たとえば工場を建てる際は、その企業がいかに生物多様性を維持しながら産業活動を行っているかなどを開示することも求められるようになると思います。自然資源がある地域との協業や、地域と一緒に生物多様性の回復に寄与する活動に携わっていることを企業がアピールする時代になれば、「地域に宝が眠っている」という発想に変わるのではないでしょうか。
最近注目されている「サーキュラーエコノミー(循環経済)」という経済システムにおいても、実は地域に大きな芽があります。例えば、廃棄されていた古米や砕米を原料の一部に使用したバイオマス素材のプラスチックが地域で作られており、このプラスチックを使ったアメニティを提供することで、ホテルはCO²の排出を削減することができるため、積極的に使われるようになっています。また、企業がサーキュラーエコノミーに転換する理由は、鉄やアルミなど資源価格が高騰し、もしかすると有事で仕入れルートが止められるということも想定しておかなければならない時代なので、BCP対策としても国内資源に目を向ける動きが高まっているのだと思います。
岩手県には、戦時中に、鉄の代わりに竹筋を芯に通して建造したコンクリートの橋があり、東日本大震災を経ても壊れていません。竹は繁殖力が極めて強く、伐採や廃棄にも大変な労力がかかるので「竹害」とも言われてきましたが、裏を返せば、それだけ早く育つ資源なので資源調達にも困りません「いらないと思っていたものが宝になる」という発想が浸透すれば、資源のある地域の価値はさらに上がるので、身近な地域の中小企業がアンテナを伸ばして新しい芽を見つけ、大きく育てていただきたいですね。

未来のために女性の活用を 課題こそビジネスチャンス
まだまだ「宝」が眠っている地方と連携することがビジネスの可能性を広げるのですね。他にも中小企業経営者の役に立つアドバイスがあればいただきたいのですが。
特に女性の活用に注力していただきたいですね。東京に出ていく若者は、実は女性の方が多いのです。地域から子供を産む女性がいなくなれば、必然的に人口が減り、消滅可能性都市になってしまいます。商圏もますます小さくなりますから、これは、企業の存続にも関わる問題です。女性たちが子供を産み育てるという選択肢を諦めることなく、地元に居ながらやりたい仕事ができる場を、地方の企業にはぜひ提供していただきたいですね。
女性は共感の生き物なので、クライアントのニーズに寄り添うことができます。コミュニケーション能力が高い方も多いので、ダイバーシティを進める際のクッションとして職場を活気づけてくれるでしょう。
また、女性の上司は、多様な意見に耳を傾けることが求められる時代に適しています。最近は、早い段階から自分が必要とされていることを実感したい若者が増えているので、彼らが「頼りにされている」とい感じることでエンゲージメントが高まります。女性がいきいきと働ける環境づくりが、ひいては地域と企業の未来につながるのです。
最後に、日本でビジネスを進める経営者の方々に、元気が出るメッセージをお願いします。
伊藤氏:VUCAの時代だからこそ、根本に立ち返ることが大事。ビジネスで多くの人に喜んでもらい、世の中の役に立つことをご自身の喜びとして経営されていらっしゃる方が多いと思いますが、これからはさまざまな「課題」が起きてきますので、そこに寄り添って解決していくという姿勢がより大切になっていくのではないでしょうか?「課題」はネガティブな言葉のようですが、それこそがニーズであり、ビジネスチャンスにつながることもあります。特にこれから地方は大きな可能性が出てくると思いますので、資源を活かし、連携しながら色々な可能性を探っていただきたいですね。
ITでできること、人がやらなければならないことを明確化し
人にどれだけ投資していくのかが
日本企業に突きつけられている課題