
PROFILE
データ分析・活用コンサルタント 株式会社セールスアナリティクス 代表取締役
高橋 威知郎 氏
内閣府(旧総理府)およびコンサルティングファーム、大手情報通信業などを経て現職。官公庁時代から一貫してデータ分析業務に携わる。ビジネスデータを活用した事業戦略および営業戦略、マーケティング戦略、マーケティングROI(投下資本利益率)、LTV(顧客生涯価値)や、統計モデルや機械学習などの数理モデルの構築のコンサルティングを、組織の内外で行う。高騰するデータサイエンス系サービスに抵抗のある人や企業向けに、手軽かつ安価に「ビジネス貢献するデータ分析」を学び実務で活用できるよう、株式会社セールスアナリティクスを設立。大企業のみならず、中小企業やベンチャー企業、社長一人企業などにおけるビジネスデータ分析とその利活用のコンサルティングや、ビジネス貢献するデータ分析者の育成支援、その学びの場の提供をしている。最近の著書に、共著「データサイエンティストの秘密ノート35の失敗事例と克服法」(SBクリエイティブ)、単著「営業生産性を高める! 『データ分析』の技術」(同文館出版)など。中小企業診断士。
DXやAIの進化が止まらない昨今、企業活動におけるデータの重要性が高まり、その活用が業務の効率化や収益拡大、生産性向上の有効な手段になると注目されている。果たして蓄積されたデータをどのように分析し、ビジネス戦略に結びつければ最大の成果や課題の解決につながるのか―。データ分析・活用の専門家である高橋威知郎氏に、データの利活用を成功させるためのポイントについて聞いた。
データ利活用の要諦は孫子にあり
近年、企業経営におけるデータ利活用の重要性は日増しに高まっています。ただし、今でこそデータサイエンティストやデータエンジニアは花形職になりましたが、以前はデータ分析に携わる方が注目される機会はそれほどなかったように思います。まずは先生がなぜデータに目を向けるようになったかというパーソナルな話題からお聞きしてよろしいでしょうか。
高橋 威知郎氏(以下、高橋氏): 私の場合、仕事としてデータ分析に携わりかれこれ25年になりますが、そのきっかけは大学を出て、中央省庁に入省した際に配属されたのがデータ分析を任務とするセクションだったという身も蓋もないものでした。ただし、業務として分析に取り組む中で、データの重要性を改めて認識する機会は何度もありました。入省した2000年代当時、すでに政府のさまざまな意思決定にデータが用いられていたことはその一つです。もちろん後付け的にデータが用いられるようなことも少なくないのですが、それでもデータに基づいて組織が動き、人が動くことを目の当たりにしたのは、やはりちょっとした驚きでした。
私が配属された内閣府(旧総理府)は、アメリカ政府との折衝を行うことも多かったのですが、その際にアメリカ側の担当者が口にした「人間はプレッシャーによって判断を誤ることが多いが、どのような状況であってもデータは誤ることがない。だから私たちはあらゆる判断で常にデータを優先しているんだ」という言葉も強く印象に残っています。当時のアメリカ政府がデータに基づく意思決定をどこまで行っていたかは分かりませんが、なるほど、彼らはこういう考え方をするのかと思ったことを覚えています。振り返ると、25年間、データに向き合い続けてきた理由は、やはり職場での出会いや気づきが大きかったのかもしれませんね。内閣府の私の上司の上司にあたる方から聞いた「データ活用の要諦はすべて『孫子』にある」という言葉もその一つです。
『孫子』ですか?
髙橋氏そうです。データ分析に大切なことは、紀元前の兵法書である『孫子』にすべて書かれているというのです。実際に『孫子』を読むとデータという言葉こそ出てきませんが、まさに情報に基づいて状況を分析し、徹底的にリスクを避け、最大のリターンを得ることの大切さが言葉を尽くして説明されているわけです。なるほどそういうことか、と腑に落ちたことを覚えています。
私の学生時代は、データマイニングという言葉が広く使われるようになった時代でしたが、一方で金融工学がデータ分析の新分野として台頭した時代でもありました。そこで追求されていたのは、いかに標準偏差の幅を狭めるか、つまりリスクをいかに減らし、リターンを最大化するかという課題でした。これなどまさに『孫子』の考え方そのものですよね。

インセンティブ次第で進むデータ利活用
先生は8年前に株式会社セールスアナリティクスを立ち上げ、ビジネスデータ分析コンサルティングを手掛けています。その社名通り、セールス支援という観点でビジネスデータ活用に取り組まれる理由を教えていただけますか?
高橋氏:その答えとしてまず挙げられるのは、どのような企業でも顧客情報や商取引履歴などセールスに関連するデータは必ず残っている点です。それ以上に大きいのが、売上を伸ばすためになにができるかをデータに基づいて考えることが多くの企業にとりきわめて受け入れられやすい領域であるという点です。
ご存じの通り、データ分析はさまざまな企業活動に活用が可能です。製品開発における原価管理もその一つですが、データを活用して原価を抑えても担当者の評価が急に高まるわけではありません。仕事なんだから、抑えて当たり前というわけです。しかしセールスはそうではありません。特に営業担当の場合、インセンティブという目に見えるリターンに直結しますから、データ分析による提案を積極的に受け入れる十分な動機があるわけです。データ分析を通して組織を変えていこうとする場合、その違いはやはり大きいと思いますね。
逆に言えば、従業員のモチベーション次第では、セールス以外でもデータ利活用が進むというわけですね。それもデータドリブンな経営を実践する上で重要な観点になりそうです。ちなみに今はどのような顧客が多いのでしょうか?
もともと大手製造業が多いのですが、近年はそれだけでなく、新たにDX推進部署を立ち上げ、データ分析への取り組みを開始した企業も目立ちます。具体的には「データ人材を集め、分析プラットフォームを構築して全社的な取り組みを開始したものの、自分たちの取り組みが正しいかどうか分からない。毎週ミーティングに参加してアドバイスしてもらえませんか」というような相談が増えています。
分析者に求められる一歩踏み込む勇気
多様な企業のデータ利活用を支援するなかで気づかれた、各社に共通する課題のようなものはありますか?
高橋氏:そうですね。子育てしやすい環境で、社員のQOLが向上すれば会社へのエンゲージメントも高まります。「人的資本」を活かす1つの方策として、地方にサテライトオフィスを置くという選択肢が出てきているということだと思います。
中小企業の場合、やはりデータ分析に携わる人材不足が大きな課題であることは間違いありません。一方で、人材を一から育てたり、中途採用で確保できる大手企業はそれとは別の課題が生じています。それはデータ分析を担う人材が現場を知らず、現場との積極的なコミュニケーションを避ける傾向にあるように思える点です。企業レベルでデータ利活用を進めようとする場合、これは大きな問題です。現場の理解なしにダッシュボードを構築しても実用に耐える機能を備えるとは思えません。またDX部署が現場スタッフのリスキリングを担当することも多いのですが、現場を理解しないままリスキリングを行ったところで、知識が現場に反映されることはないと考えた方がいいでしょう。リスキリングに手を挙げた、知識欲を持つ現場の方が本当に気の毒ですよ。
そうした問題の解決策をどのように考えますか?
高橋氏:ビジネスの現場の目的は、データ利活用ではありません。なんであれ、成果が挙げられればそれでいいわけです。それを考えると、データ分析者が歩み寄る必要があることは間違いありません。あまり適切な言い方ではないかもしれませんが、私は現場と「共犯関係」を結ぶことが大切になると考えています。具体的には、データ分析の前提であるテーマ抽出の段階から現場のスタッフにも参加してもらい、課題を共有し、その解決を図るのです。
ある電機メーカーの法人営業部門では、メイン製品とオプション品の併売率がベテラン営業担当は8割を超え、入社2、3年目の若手は1割程度に留まるギャップが大きな課題になっていました。若手へのヒアリングを通して浮かび上がったのは、オプション構成や顧客ニーズの複雑さに関する問題でした。過去実績に基づく業種や顧客別の併売提案リストを自動出力する仕組みを構築した際、私は「この中から最善と思える提案を行ってください。判断がつかない場合は一番上の商品を提案してください。提案の機会がなければお礼メールにその製品ページのアドレスを付け加えてください」というような使い方のアドバイスまで行っています。実はその会社には、過去の併売実績を可視化する仕組みはすでに存在しましたが、データを分析してアクションにつなげるという流れが出来ていなかったわけです。
逆に、その踏み込みがなかったために、数億円のプロジェクトが無駄になることもあります。経営者へのヒアリングに基づき構築した経営ダッシュボードに対し、当の経営者が苦言を呈したという話はその分かりやすい例です。
実は経営者が挙げた要件はすでにExcelで可視化できていました。つまり開発側が要件として受け止めたのは、経営課題を把握する観点を理解してもらうための要素に過ぎなかったわけです。データ分析者にとり、なぜそのデータが必要なのかを問うことは、ときに勇気も必要です。データ利活用ではそうした一歩の踏み込みが大切になることは間違いありません。

経営者自身がデータを分析するという選択肢
データ利活用では、なにを目的にデータ分析を行うかというテーマ設定が重要になるというお話しですが、その際に注意すべきポイントはありますか?
高橋氏:小さなテーマで構わないので、現場の課題に即していることという一言に尽きますね。いかに小さな成功でもインセンティブがある環境では必ず注目され、次につながるからです。現在行っているような手作業によるデータ集計を自動化することで、リアルタイムのデータ可視化を実現するというのはその一例です。特にDX推進では、データ分析に大上段で取り組むより、こうした小さな成功を積み重ねていく方が確実に前に進むように思いますね。逆にそれを取り違えてしまうと、最後まで上手くいかないと考えた方がいいです。仮に発言力がある方の要望でも、現場へのインパクトが希薄で難易度だけは高いというようなテーマは避けるべきです。私の経験では、こうした場合、関わったメンバー全員が確実に不幸になります(笑)。
データ分析の領域でもAIの性能向上は目覚ましいものがあります。データ分析におけるAIの可能性をどうお考えになりますか?
高橋氏:今後のAI活用は、二つの観点で捉えるべきでしょう。テーマ設定を起点とする一連のデータ利活用のプロセスの中でAIに代替可能なプロセスがあるなら、積極的に活用すべきであるというのが一つ。もう一つが中小・零細企業のデータ利活用における意義です。すでに触れた通り、中小以下の企業では、データ利活用を担う人材の不足が大きな問題になっています。これまでExcelによるデータ分析も難しかったような企業であっても、今後はAIによる高度な分析が可能になります。
中小・零細規模の企業におけるAI活用のポイントをぜひお聞きしたいです。
高橋氏:ここまでお話ししてきた通り、データ分析では正しい分析テーマ設定が重要ですが、それにはデータ分析に関する知識よりなりより、経営課題を正しく理解することが求められます。そういう意味では、小さな会社の場合、経営者ご自身がデータ分析に取り組んだ方が早いことも多いと思います。
実は若手社員中心の分析チームの支援から始まった取り組みが、気づくと経営者自身による分析のサポートに変わっていたということも少なくありません。AIとの対話により60代、70代の経営者がデータ分析を行えるようになった意義は大きいと思います。
また、女性の上司は、多様な意見に耳を傾けることが求められる時代に適しています。最近は、早い段階から自分が必要とされていることを実感したい若者が増えているので、彼らが「頼りにされている」とい感じることでエンゲージメントが高まります。女性がいきいきと働ける環境づくりが、ひいては地域と企業の未来につながるのです。
最後に企業のデータ利活用全般についてのアドバイスをいただけますでしょうか。
高橋氏:データ利活用によってリスクを最小化する取り組みを企業経営に当てはめると、結果として各社の経営方針を金太郎飴のように収斂させることにつながります。当然そうなると各社横並びになりますし、ワクワクさせるような要素もどんどん減っていきます。データ利活用の促進によるリスクの最小化は結果として、積極的にリスクを取ることの重要性にもつながります。データ利活用の普及により、冒険に乗り出す勇気がこれまで以上に求められる時代が到来すると私は見ています。
現場は、方法を問わず結果が得られればそれでいい
データ分析側が歩み寄れば、問題はすべて解決するのです