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PROFILE

株式会社アルバトロス 代表取締役 退職代行モームリ 代表
谷本 慎二 氏

1989年、岡山県生まれ。神戸学院大学卒業後、東証一部上場企業に入社し、サービス業に従事。入社5年でエリアマネージャーに抜擢され、約10年の勤務を経て退職。その後、2022年2月に株式会社アルバトロスを設立する。同年3月には退職代行サービス「退職代行モームリ」を開始。サービス開始3年で、利用者は3万人を突破し、業界最大手となる。また退職代行利用実績データを基にしたコンサルティングサービスも手掛け、この7月には、Z世代への指示をスコアリングする管理職向けAIコミュニケーションツール「コミュトレZ」の提供も開始。労務環境改善に向けた提案でも注目されている。

DXやAIの進化が止まらない昨今、企業活動におけるデータの重要性が高まり、その活用が業務の効率化や収益拡大、生産性向上の有効な手段になると注目されている。果たして蓄積されたデータをどのように分析し、ビジネス戦略に結びつければ最大の成果や課題の解決につながるのか―。データ分析・活用の専門家である高橋威知郎氏に、データの利活用を成功させるためのポイントについて聞いた。

実は昔から存在した退職代行のニーズ

まずお聞きしたいのが、谷本先生が退職代行サービスに注目された経緯です。

谷本 慎二氏(以下、谷本氏):

私は大学卒業後、サービス業に勤務しましたが、その労務環境はかなり過酷なものでした。同期が次々に辞め、私自身も何度も辞めようと思いましたが、そのたびに上司の方などから慰留され、退職するのも簡単ではないことを実は私自身が実感していました。こうした中、総務部にいた同僚から聞いたのが退職代行サービスの存在でした。

私自身もそうでしたが、辞めると言いづらいと感じる人は少なくありません。その後、ビジネスの立ち上げに向けて動く中で知り合った年長の方々の中にも「20年前、30年前にこうしたサービスがあったら、私も使っていた」という人が多く、時代を問わず、ニーズとしては昔からあったのではないかと思います。また働き方改革などを通して、企業の労務コンプライアンスは確実に向上していますが、ハラスメントは今も存在します。職場の人間関係に悩む方にとって、退職代行は必要不可欠な存在であると考えています。

一方で経営層やマネージャー層には、退職代行を利用されることに違和感を持つ方もいるようです。

谷本氏:当社スタッフが依頼人の勤務先に連絡した際、高圧的な態度をとられる企業が1割ほど存在します。考え方はいろいろですが、我々外部の人間にそうした態度をとる会社の、従業員に対する姿勢はやはり察するものがあります。代行サービスを利用してでも辞めたいと考えるのは当然ではないでしょうか。退職にあたり、「上司や同僚に感謝の気持ちを直接伝えるべきだ」という意見もあります。しかし勤め先に感謝しているなら、そもそも代行サービスは利用しません。退職に際し、本心を伴わない、形ばかりのやりとりを求めるのは、やはり本題からズレているように思います。

私の学生時代は、データマイニングという言葉が広く使われるようになった時代でしたが、一方で金融工学がデータ分析の新分野として台頭した時代でもありました。そこで追求されていたのは、いかに標準偏差の幅を狭めるか、つまりリスクをいかに減らし、リターンを最大化するかという課題でした。これなどまさに『孫子』の考え方そのものですよね。

「モームリ」を利用するのはどのような方が多いのですか?

谷本氏:齢でいえば20代、30代が中心ですが、利用者の年齢層は、下は15歳から上は80代までかなり幅広いです。10代の場合、シフトを次々に入れられてアルバイトが辞められないというのが大部分で、高齢者の場合、人材育成など特別な役割を担ってきた方の相談が目立ちます。業種では1位がサービス業、以下、製造業、医療関連が続きます。母数が反映された順序といえますが、医療関連の依頼者の大部分が看護師で占められるなど、労務環境が過酷であるほど退職代行が利用されやすい傾向があります。

確実に存在するZ世代とのギャップ

定着率の向上において、Z世代と呼ばれる若い世代との認識のズレが指摘されることも少なくありません。モームリ利用者の中核を占める世代になるかと思うのですが、まずお聞きしたいのは、彼らが会社を辞める理由です。

谷本氏:当社は4万人の利用者に対する30~40項目のヒアリング内容をデータとして蓄積していますが、そこから見えてくるのが「2・6・2の法則」です。分析すると、ハラスメントなど明らかに会社側に非があるケースは約2割。同じように明らかに労働者側に問題があると考えられるケースも2割で、残る6割はどちらが悪いとも言えない、ボタンの掛け違えとしか言えないケースで占められています。

掛け違えの内容を具体的に見ていくと、やはり世代間の認識のギャップが目立ちます。その一例が、朝礼の社訓唱和です。私がある大学で講義をした際、学生たちに社訓唱和についてたずねたところ、ほぼ全員が「受け入れられない」という反応を示しました。受け入れられない理由として思い当たるのが、効率性を重視する価値観とのズレです。社訓唱和以外にも、「新入社員のエレベーター利用禁止」「デジタル化できるはずの業務を紙ベースで行う」など、彼らの目に無駄と映るルールや業務手順への反発を強く感じます。リモートワークや在宅勤務を許す労働環境を高く評価するのも、こうした価値観の表れだと思います。

谷本先生ご自身がZ世代とのギャップを感じられることはありますか?

当社の従業員の8割は20代のZ世代です。30代半ばの私であってもギャップを感じることが少なくありません。私もそうでしたが、我々より上の世代は自分自身の体験のほかは、読書体験など限られた情報を通して知識を積み上げ、自分の生き方を考えるしかありませんでした。しかし生まれたときからインターネットがある彼らは、SNSでリアルタイムの情報にアクセスし、さまざまな判断を下すという環境の中で育ってきました。

働き方に対する認識もそれは同じです。私がサラリーマンだった頃、たとえ休日であっても携帯に連絡があれば対応するのが当然と考えていました。しかし、今はそうではありません。休日は業務から解放されることが当たり前のこととして周知されています。その違いは、考える以上に大きいと思います。

こうした中、離職率を低下させ、定着率を向上させるため、企業は何をすべきでしょうか。

そのポイントは大きく二つあると考えています。一つは社員が辞める理由を理解することです。例えば製造業の場合、退職理由として、流れ作業に伴う単純作業の繰り返しが挙げられることがやはり少なくありません。業種を問わず、残業時間の多さも辞める大きな理由の一つです。自社に多い退職理由に正面から向き合い、働き方の見直しまで含めた改善策を探っていく必要があります。

もう一つ言えるのは、採用時に自分たちを良く見せようと思わないことです。というのも、入社前の説明と入社後の実態のギャップがモームリ利用者の退職理由の多くを占めているからです。採用時の面談で「うちは残業はほぼありませんよ」と伝えたとします。実際には30分~1時間程度の残業が常態化していたとしても、その程度は当たり前という認識があれば、嘘をつかれたという意識はないはずです。しかし、30分でも残業はしたくないという人はやはりいるわけです。なんとかして人材を確保したいという事情があることは理解しています。しかし、嘘やきれいごとで人を集めても、結局辞めていくわけです。採用コスト、教育コストを考えると、それほど無駄なことはないと私は思います。

企業にとり、売上拡大も人材の確保も考え方は同じです。製品市場により優れた製品を投入できた企業が売上を伸長できるのと同じように、労働市場により優れた労務条件を提示できる企業が最後は勝つのです。実際には月40時間ある残業時間を月20時間と偽るのは、40時間と言ってしまうと人が集められないと知っているはずだからです。そう考えるなら、嘘でごまかすのではなく、実際に残業時間が20時間に収まるように工夫すべきなのです。結果として、それが人材確保の一番の近道になると私は考えています。

まずは法令遵守の徹底に取り組むべき

採用担当の「うちは残業はほぼありません」という言葉からも、自社を客観視する難しさがあることは否めません。応募者に労務条件を正しく提示する上で注意すべき点はありますか?

谷本氏:まず注目いただきたいのは、労務管理に関するルールが確実に守られているか、という点です。そう言うと、ほぼ全ての方が「大丈夫です」と答えるはずですが、1分単位の勤怠管理であったり、朝礼や清掃を勤務時間として扱うといったルールに対応できている企業はそれほど多くないように思います。特に中小企業の場合、有給休暇が消化されていないケースが目立ちます。大企業の場合、人事・総務部門の担当者のコンプライアンス意識は高いのですが、では全ての現場にそうした意識が反映されているかといえばそうではありません。部門長や支店長という現場トップの認識次第で、昔ながらのブラックな環境が残存しているのが実情です。

また中小企業の場合、業務負荷がオーバーしていないことを再確認する必要もあるでしょう。代行手続きでは、「今彼に辞められると会社が回らなくなるんですよ」と泣きつかれることも少なくありません。本当にそうなら、仕事の組み立て方自体に問題があったというべきでしょう。こうした状況では、満足に有給休暇を取得することもできないはずですからね。

残業については、若い世代が仕事を覚える上で必要なプロセスだという考え方もあります。

谷本氏:よく「意識高い系」などと言われますが、そうした考え方を否定するつもりはありません。でも本当にそう考えるなら、募集段階から自分たちの考え方をしっかりと伝え、共感してもらえる人材を確保すべきなのです。そうではなく「アットホームな職場」などの甘言で人を集め、毎日長時間の残業が強いられているのであれば、やはり問題があると思います。

既にお話ししたように、今はSNSで他社の働き方をリアルタイムで知ることができます。その結果、「20代で年収1000万円超」などという一般的ではない情報に踊らされてしまう傾向があることは否めませんが、SNSが様々な職場を比較し、より良い働き方を考える上で重要なツールになっていることは間違いありません。以前はどうであれ、今は経営層の価値観を従業員に押し付けることは困難です。事実を正しく伝えることは、今後さらに重要になると考えています。

最後に読者へのメッセージをお願いします。

谷本氏:もし人材不足に悩んでいるのであれば、辞めていく人にフォーカスし、慰留に努めるという考え方は改めるべきです。私自身も経営者の一人なのでその気持ちはよく分かります。でも辞めたいという人の心を変えるより、会社を変えていった方が絶対に早いのです。組織を変え、ついてきてくれる人を確実に育てていくことが人材確保の一番の近道であることは間違いありません。

美辞麗句で人を集めても、結局離れていきます
離職率を下げたいなら、ありのままを伝えるべき