
PROFILE
株式会社パンハウス CEO 東京大学大学院博士課程修了(松尾研究室)・博士(工学)
岡本 弘野 氏
株式会社パンハウス代表取締役CEO。東京大学に進学し、日本のAI研究の総本山である松尾研究室に所属。画像認識の研究に従事したのち、博士課程では生成モデルと異常検知をテーマに研究を深め、博士号を取得。アカデミアで培った最先端のAI技術を社会実装するべく、2021年4月、株式会社パンハウスを創業。生成AI研修事業、AIソリューション開発事業の2事業を立ち上げる。現在は代表取締役として経営全般を統括すると共に、最前線のAI研究知見を企業の現場に届けている。
新たな業務変革の手段として期待を集める生成AI。しかし、その真価は現場で活用されてこそ発揮される。
私たちはビジネスシーンにおいて、対話型からエージェント型へ進化した生成AIとどう向き合うべきなのか―。日本におけるAI研究の総本山と言われる東京大学松尾研究室で知見を広げ、AIビジネスの社会実装に取り組む株式会社パンハウスの岡本弘野CEOに、生成AIの進化と可能性、導入のポイントについて聞いた。
生成AIは「IQ150の新入社員」
まずは、岡本さんが日本におけるAI研究の総本山でもある東大松尾研究室を経て、起業に至った経緯からお話をお聞きしていきたいと思います。
岡本 弘野氏(以下、岡本氏):は理学部物理学科を卒業していますが、松尾先生の著作を読み、私自身の興味・関心とかなり近いところにあると感じたことがAIに興味を持ったきっかけです。当時、松尾研究室が企業との共同研究も積極的に行っていたことから、まずはアルバイトとして関わりを持ち、博士課程からは松尾研究室でAI画像処理をテーマに研究に取り組みました。そして、博士課程修了後に立ち上げた会社がパンハウスです。当初は画像処理を中核にしたシステム開発を手掛けていましたが、ChatGPTの登場を受け、生成AI研修と関連システムの開発に軸足を移し、今日に至っています。
パンハウスさんは既に300社・累計2,000名以上に生成AI研修を実施されているそうですが、企業の生成AI導入の課題をどのようにお考えですか?
岡本氏:強く感じているのは、従来のシステムと生成AIの違いを理解することの重要性です。自動化や24時間365日の業務遂行が目的であるなら、ルール整備やRPAの方が効果的です。
私はよく、生成AIを「IQ150の新入社員」と説明しています。とても優秀で語学も堪能ですが、社内マニュアルや意思決定に至る経緯、社内の人間関係は全く知りません。その能力を発揮してもらうためにまず必要になるのは、「どこに行けばどのような情報が入手できるのか」を教えることです。
また、業務手順を教えても、新しいチャットを開くたびにリセットされてしまうようでは意味がないので、人と生成AIの会話を記憶としてプールする仕組みも必要でしょう。生成AIは従来の対話型から自律的に業務をこなすエージェント型に進化しており、この「AIエージェント」を使いこなすことで、生産性は5倍にも10倍にも向上するはずです。

生成AIが理解できるようにデータを整備することが一つの課題になりそうですね。
岡本氏:しかし、それを人間が行う必要はありません。生成AIを一口に言えば「多様な情報を統合し、よしなに出力する変換機」です。AIエージェントは、机の上に並べた名刺を撮影するだけで、データベース化から、相手企業に合わせたメール文面の作成、下書きへの保存まで一気通貫で行ってくれます。送信まで任せることもできます。
生成AI導入には新たなシステムのようなものが必要だと考えている方も多いと思いますが、私に言わせればそれは逆です。実は、こうしてお話をしているさな\かも私のPC上では10個ほどのAIエージェントが働き、今も返答のアドバイスをしてくれています。出張時のホテル手配でもエージェントに任せきりで、予約サイトを自分で操作することはほとんどありませんし、調べ物をするときもGoogle検索ではなくAIエージェントに訊ねています。データ基盤や、超高速処理・定型処理を担う一部のシステムを除くと、今後はデータと人の媒介役を担う社内システムの多くが不要になるのではないかと思っています。
仕組みを理解するよりも「使う」ことが重要
先ほど「変換機」という言葉が出ましたが、生成AIにブラックボックス的な危うさを感じている方も多いと思います。開発者として生成AIに携わったご経験は、認識の違いにも反映されているとお考えになりますか?
岡本氏:私の開発者としての経験は「生成AIに任せるべきこと」の切り分けには役立っていると思いますが、生成AIの能力が指数関数的に進化する中、5年前と今では「出来ること」に大きな違いがあります。そうした意味では、知識が発想の制約になっていることは否めません。私にとっても、生成AIの全体像を把握することは既に困難になっているのですが、仕組みを理解するよりも実際に使ってみたうえで、何ができるのかを考えていくことが大切になると思います。
生成AIが対話型からエージェント型に進化したというお話がありましたが、その可能性をどのように見ていますか。
岡本氏:まず整理しておきたいのは、「AIエージェント」という言葉の定義です。さまざまなニュアンスで使われていると思いますが、私が想定しているのは、OpenAIのCodex、AnthropicのClaude Codeといった、LLM開発ベンダーが提供するAIエージェント機能になります。自律的に作業を行うという特長は、従来の対話型AIより幅広い活用の可能性につながると感じています。
メール返信を例に説明すると、従来の対話型AIは、人が届いたメールを貼り付けて指示し、できた文面を人が送る使い方です。「承知しました」で済むメールなら時短効果はさほど大きくありません。エージェント型は、指示を受けると自分で過去のやり取りや社内資料を調べ、相手との関係を踏まえた返信を送る直前まで用意します。材料を人が集めて渡すか、AIが自分で集めて動くかの違いです。利用するプランによりますが、AIエージェントが月数千円から利用できることを考えると、費用対効果はかなり大きなものになると考えられますが、私の実感では、導入に取り組む企業はまだごく少数です。AIエージェントの導入支援ニーズはこれから急速に高まると見ています。
AIエージェント導入では、ハルシネーションの問題がこれまで以上に大きくなることが懸念されます。
岡本氏:場合によっては、返信メールの半分に誤謬が含まれているかもしれません。それをチェックする工数を考えると、当面は大きな時短にはつながらないことも考えられます。ある程度のミスは見逃すという考え方もあるかもしれませんが、それによる誤りがそのまま蓄積・再利用されることは、取り返しがつかないトラブルにつながるリスクがあります。おそらく、その対策は「少なくとも現時点では、人間が内容を理解し、チェックすることが必要だ」という言葉に帰結するのかもしれません。
ただし、指摘された過ちを蓄積し、それを共有するデータ基盤があれば、この問題に関しても、我々が想像するよりも早く解決できてしまう可能性もあります。また、解決するためには、チェックを繰り返すという地道な作業と、指摘された内容を記憶するためのデータ基盤の整備が大切になることは間違いないでしょう。
先ほど「検索画面を利用していない」という言葉がありましたが、AIエージェントの普及は仕事だけでなく、我々の行動そのものに大きな影響を及ぼしそうですね。
岡本氏:そのとおりだと思います。当社の従業員の多くは20~30代ですが、私が見る限り、彼らは検索画面を全く使っていません。それをどう受け止めるかはさまざまな考え方があると思いますが、人間の行動が楽な方に流れることは避けられず、5年後、10年後には当たり前になっていると考えた方がいいかもしれません。
AIエージェントが日本企業に及ぼす影響もかなり大きなものがありそうです。
岡本氏:日本の生成AI開発は、LLM開発にしのぎを削る米中に取り残されているのが実情です。そうした中で、私が期待しているのは製造業での活用です。フィジカルAIが注目を集めていますが、出力/行動のミスに対する指摘を蓄積するデータ基盤の整備は、継承が困難なベテラン社員の暗黙知を可視化し、技術を次の世代につなげることにも貢献するのではないかと感じています。
リスクを具体的に捉え、活用につなげる
最後に、ビジネスの観点から生成AIを考えていきたいと思います。生成AIはどのように顧客に提案すればいいのでしょう?
岡本氏:当社のビジネスモデルを紹介すると、冒頭でお話したような、生成AIによって対応すべき課題を抽出した次のステップとして、開発コストやツール利用コストと削減時間に基づく費用対効果を洗い出しています。多くの場合、削減可能な業務は多岐に及ぶため、ヒアリングを通して取り組みの優先順位も決定していきます。
そのうえで、当社では「人/システム」「内製/外注」の2軸に基づき、取り組みの方向性を固めています。人/システムの軸を言い換えれば、「研修を通して一人一人の能力を高める」のか、それとも「仕組みを用意することでスムーズな導入を図る」のかという違いになります。また、内製/外注軸で「外注」を選ばれた場合は当社のエンジニアがシステム開発を担い、「内製」を選ばれた場合でも、エンジニア研修などを通してサポートを提供しています。
生成AI導入において注意すべきポイントはありますか。
岡本氏:一番の注意点は、リスクを「怖い」で済ませ、機能を削った安全そうなツールを選ぶことです。LLMをAPI経由で使う制限付きのツールも多く出ていますが、本家より機能が少なく、更新も遅れます。指数関数的に進化する生成AIで、この遅れは致命的です。結果、現場では使われず、社員は個人で本家を使い始める。これでは安全にもなりません。当社の顧客でも「使いにくいツールを選んで導入が止まった」例は少なくありません。
必要なのは、何が危険かを具体的に定義し、対策を決めることです。入力情報は学習に使われるのか、どこに保存されるのか。整理したうえで本家を直接使えば、最新の機能をすぐ使えます。この順番です。
では、最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。
岡本氏:生産性の向上と同様に、全社員がAIエージェントを使いこなせるようになれば、売上・利益も大きく伸びるはずです。そのためにはトップが実際に使うことがマストですが、そのうえで「任意参加の会議には原則参加せず、AIが作成した議事録で内容を把握する」「質問はエージェントに投げかけ、Google検索は使わない」などの縛りを設定することも効果的です。お客様への提案に先立ち、まずは自社においてAIエージェントの活用に取り組んでいただきたいと思っています。
AIエージェントの普及で、
社内システムの役割が変わります

