2021年07月14日公開
「AutoCADとの高い互換性と、同等の機能を備える」とする、安価な他社製CADソフトが広まりつつある。DWG形式の図面を低コストで扱える点は魅力的だが、その一方で、作成した図面から一部の情報が欠落するといった問題も指摘されている。クローンCADのリスクについて、CADコンサルタントの井上竜夫氏による検証結果をもとに解説する。
「クローンCADは安価に使える“AutoCADの代替品“ではない」
「CADコンサルタントの井上竜夫氏は、警鐘を鳴らす。指摘されているのは、「AutoCADと高い互換性を持ち、同等の機能を備える」とされるCADソフトのこと。井上氏は例として「ARES」(ドイツ グレバート社)、「Brics CAD」(ベルギーBRICSYS社)、「IJ CAD」(日本インテリジャパン社)を挙げている。
「こうした「クローンCAD」は、AutoCAD標準のDWG形式図面を作成・編集可能。それでいて、本家よりも価格は低く抑えられている。シェアトップのソフトと同等の環境を低コストでととのえられるのは非常に魅力的だが、果たして本当に同等の機能は使えるのか、互換性は担保されているのか、作成した図面に不備は出ないのかと、諸々の不安は否めない。井上氏による、クローンCADの有用性に関する検証結果をひもとき、明らかにしていこう。
検証にあたり、井上氏はオートデスクのWebサイトに挙げられているチュートリアルを利用した。使用したソフトはAutoCAD 2022と、2021年5月1日の段階で配信されていた、ARES Commander 2022、Brics CAD Ultimate 2021、IJ CAD Pro 2020の体験版。課題の図面をAutoCADとクローンCADで同様に作成し、それぞれの操作性や機能性を比較している。
課題はゼロの状態からの建築平面図作成。画層やスタイルなどの各種設定操作や、基本的な2D作図コマンド、ブロックライブラリやダイナミックブロックなど、AutoCADの一通りの機能を要求する仕様だ。オートデスクがAutoCAD向けに提供する課題のため、クローンCADにはハンデがある。井上氏は公正を期して各CADに対し2時間程度のトレーニングを行っている。
その結果、操作に要した時間はAutoCADが1時間28分で最速。ARESは2時間11分、Brics CADは2時間1分、IJ CADは1時間53分となった。どのクローンCADもアクションマクロ機能がなく、課題の一部は省略している。
また、ダイナミックブロックについては、ARESとIJ CADはアクションパラメータのみで拘束パラメータは使用不可。Brics CADはダイナミックブロックそのものが作成できず、いずれも別の機能で代替したという。
一連の作図を経た井上氏のファーストインプレッションは、「各CADの基本的な作図機能に大きな違いはない」とのことだ。井上氏が挙げる「AutoCADを適切に使いこなすための5大項目」(表作成・異尺度対応など注釈の設定・ブロックの共有・印刷設定・図枠ブロック)についても、ダイナミックブロックの一部機能を除き全て実行できた。
ただし、異尺度対応については使い勝手が異なり、ブロック挿入についてはどれもダイアログ式。AutoCADのリボンギャラリーやブロックパレットは、どのクローンCADも未装備で、井上氏は「AutoCADと同等の機能を持ってはいるが、操作においては異なるCAD」と印象を述べた。ARESとBrics CADは全くインターフェースが異なり、IJ CADは正確には「AutoCAD 2014」あたりに似ているという。
井上氏は、こうした操作性の違いは、導入時における生産性の一時的な低下につながると指摘。場合によってはトレーニングのためのコストも発生するため、「製品価格だけではなく、導入時のコストやリスクを多面的に考える必要がある」としている。
井上氏はクローンCADで作成したDWGファイルの互換性も確認している。どのCADも最新のAutoCAD DWG(2018形式)を読み書きできるが、そもそもDWGはAutoCADの使い勝手を向上すべく、ファイル内部の最適化やデータ保管の効率化といった更新が続けられており、その仕様は非公開のはずだ。
にもかかわらずクローンCADで読める点に問題があると指摘した。クローンCADがDWGファイルを扱えるのは、リバースエンジニアリングの賜物。メーカーが独自のファイル解析により互換させているため、確実性には欠けるということだ。
実際、クローンCADで作成した図面は、AutoCADで開く際に警告が表示。本件について、オートデスクは「問題なく利用できるか言及することができません」「例えば、図面内のオブジェクトなどにエラーが発生している場合があります」と説明している。
井上氏が検証時に作成したDWGファイルをAutoCADで開いたところ、表示自体は可能だったという。ただし、AUDIT(監査)コマンドでエラーチェックを行うと、ARESで作成した図面はエラーが1件、Brics CADでは14件検出。また、ARESで作成したダイナミックブロックは全て通常のブロックに変更され、AutoCADでは操作不能となった。
同様にBrics CADのパラメトリックブロックも通常のブロックと化し、AutoCAD上ではパラメータによる形状変更が行えなかったとのことだ。井上氏は、これらの不具合は一例に過ぎず、どのクローンCADで作成したデータでも起こりうるとしている。
井上氏は全体を総括し、「実際の図面にはさらにさまざまな要素が含まれ、繰り返し使用されるということも考慮しなくてはいけません。大事な知的財産である図面を安全、安心なAutoCADネイティブのDWGファイルで保管することは、とても重要であると考えます」とコメントしている。
クローンCADは低コストで導入できる反面、トレーニングのコストやロスが生じるケースがある。また、不完全な互換性がもとでデータに欠落等が生じた場合は、修正や再作成などの手戻りが発生する。生産性が低下するうえに、取引先の信用を著しく損なう可能性もあり、そのリスクは決して看過できないものだ。
井上氏が語るように、コストやリスク、メリット・デメリットを多方面から考慮したうえで、CAD環境を考えたい。