セキュリティ
次世代の暗号技術「量子暗号通信」とは?
掲載日:2026/07/14

量子コンピューターの実用化により、現在機密データの送信に用いられている暗号が簡単に解読されてしまうリスクが指摘されている。特に重要な国家安全保障や金融、医療関係のデータ送信では、絶対に安全な方式が求められる。そこで期待を集めているのが「量子暗号通信」だ。
量子暗号通信がなぜ求められているのか
現在、情報の通信にはAES、RSA暗号などの「現代暗号」が用いられ、情報の機密性が保たれている。
AES(Advanced Encryption Standard)は「共通鍵暗号方式」の一つで、2001年にアメリカ連邦政府標準として採用された。
RSA暗号(Rivest-Shamir-Adleman)は「公開鍵暗号方式」のアルゴリズム。桁数が大きい合成数の素因数分解が困難であることを安全性の根拠としたものだ。
現状、RSA暗号は膨大な数の素因数分解の計算に莫大な時間がかかる。しかし、量子コンピューターを用いると短時間で計算できてしまう。今よりさらに大きな数の素因数分解を必要とさせれば、量子コンピューターでも時間を要することにはなるが、それでは堂々巡りになり、抜本的な解決には至らない。
そこで、量子コンピューターにも解読できない仕組みが求められるようになった。
量子暗号通信とは
量子コンピューター時代に突入しても、サイバー攻撃からデータを確実に保護するための方式として期待されているのが「量子暗号通信」だ。
1984年には量子暗号の手法が発表され、90年代に開発が本格化。2000年頃からは各国で通信網の構築が始まった。日本では、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)を中心にした「東京QKDネットワーク」の試験運用が進められている。
光子(光の粒子)は、何かに触れると必ず状態が変化する量子力学的な性質を持つ。その性質により、光ファイバー上で光子に暗号鍵を載せて伝送すると、第三者が鍵を盗聴したときには確実に検知することができるようになる。つまり、量子暗号通信では、盗聴を迅速に見つけることでデータを保護するのだ。
鍵として使用する「量子暗号」は共通鍵暗号に位置づけられるものだが、現代暗号と異なるのは、送り手と受け手の間で、絶対に安全でありながら自動で共有できる仕組みを持っている点だ。
量子暗号通信の仕組み

ワンタイムパッド
量子暗号の鍵には「ワンタイムパッド」という暗号化・復号の方式を用いる。この方式自体は1940年代から数学的に証明されており、太平洋戦争で日本陸軍が利用した歴史もある。しかし、安全性が高いことを分かっていながら、現在は日常的に使われているわけではない。その理由は、ワンタイムパッドでは秘密鍵の長さが平文(暗号化したいデータ)と同じ長さである必要があり、通信データ量が大きくなってしまうからだ。
それでもテキストデータだけなら利用できないことはないが、動画などではデータ量が膨大になるため、現実的ではなかった。
こうした問題に対し、量子鍵配送(QKD)によって欠点が補えるようになれば、ワンタイムパッドでの暗号化が使用できるようになる。
量子鍵配送
データの送信側と受信側で、暗号鍵(乱数)を「事前に」共有する仕組みが量子鍵配送だ。
光子1粒ごとに1ビットの鍵情報を与え、受信者に送る。もし、盗聴者が鍵を盗み取ろうとすると光子に変化が起こるため、盗聴を検知できる。量子鍵配送のプロトコルは複数考案されている。
BB84方式の量子鍵配送
データの送信者は、乱数で生成した1ビットの情報を光子1粒に載せて、送信機で送る。受信機は、光子検出器で光子1粒を検出してビットの情報を読み取り、盗聴があった場合は、それを検知する。現在、この方式を複雑にした「デコイBB84方式」というプロトコルが絶対に安全だと証明されている。
しかし、BB84方式は光子検出器に特別な性能が求められ、光ファイバーを占有することで通信の距離や速度に制約が生じることがデメリットとなっている。
CV-QKD方式の量子鍵配送
CV-QKD(Continuous Variable)方式とは、送信機を使い、微弱な光波と通常光との位相差に1ビットの鍵情報を載せて伝送する方法。受信機はBB84方式のような特別な性能が必要なく、光ファイバー上で通常の光通信と共存できる。安価に実現できることもメリットとなる。
特に活用が期待されるシーン
政府機関、医療関係、金融関係などは特に機密性の高さが重要となり、以下のような取り組みが行われている。
医療・金融分野における共同検証
ある大手電機メーカーでは医療分野において、電子カルテデータの伝送を量子暗号で秘匿化するシステムを開発した。また、同社や別の国内電機メーカー、大手証券グループ、そして公的研究機関であるNICTなどが共同で、量子暗号の金融分野における適用可能性の検証を予定している。
行政情報を想定した実証実験
ある大手印刷・IT企業ではNICTと共同で、TOPPANデジタルの事業内に量子鍵配送(QKD)装置を設置し、住民情報を想定した高秘匿情報の送受信と保管に関する実証を行った。サイバー攻撃の被害が後を絶たない今、量子暗号通信の実用化が待たれる。