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PROFILE

工学博士/東京大学大学院情報理工学系研究科 教授
松原 仁 氏

1959年東京生まれ。東京大学理学部情報科学科卒業。同大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。専門は人工知能。現在は、人工知能、ゲーム情報学、観光情報学の研究を行っている。東京大学次世代知能科学研究センター教授、株式会社未来シェア取締役会長。工学博士。一般社団法人人工知能学会第15代会長(2014年〜16年)。著書に『AIに心は宿るのか』(集英社インターナショナル)『コンピュータ将棋の進歩』編著(共立出版)『鉄腕アトムは実現できるか?』(河出書房新社)などがある。

世界中で話題となっているChatGPT。欧米諸国では、もろ手を挙げて受け入れるというよりは、使用を禁止する動きが報道されている。日本でもその対応について議論が始まっており、これからの成り行きに注目が集まっている。将棋・囲碁のAIをはじめとする、人工知能の進化を見守ってきたのは工学博士の松原 仁教授。東京大学大学院情報理工学系研究科の松原教授にAIとの付き合い方や、AIが進化することでもたらされる影響についてお伺いした。

AIのある社会が現実となった理由は?

最近、身近にAIのある社会が、当たり前のように受け入れられていると感じるのですが、その要因についてどのようにお考えでしょうか?

松原 仁教授(以下、松原教授)ディープラーニングによるAIは、2010年代の前半から第3次ブームと言われています。出始めた頃は、専門家や一部の人にしか定着しませんでした。それからシステムの質が向上し、次第に製品の値段が下がったことで普及が進み、2020年前後にかけて広く認知されたのだと思います。

例えば、AIスピーカーは、何十年も研究されていましたが、精度が悪く商品として成り立ちませんでした。ディープラーニングの技術によって、精度が向上したことで、多数の商品が登場したのはご存じの通りです。ただ、当初は値段が高いし、使い方になじめない時期が続きました。製品の開発者は、好きな音楽を登録するなどの使い方を想定していたようですが、料理を作る際に「5分経ったら教えて」というような使い方が便利だと知られると、たちまち利用が広がっていきます。このように、技術的革新があって、開発者が意図していなかった使い方が切り開かれて広まっていく。それが、ここ数年、色々な分野でAIが浸透してきた理由だと思います。

AIの技術を使ったサービスが数多く登場しています。これは精度の向上が普及のきっかけでしょうか?

松原教授:やはり大きいですね。ディープラーニングとは、ニューラルネットワークと呼ばれる人間の脳の神経細胞網を模したネットワークをコンピューター内に作るという仕組みですが、そのような研究自体は70年前くらい前からあります。昔のコンピューターではそんな複雑なネットワークをシミュレーションできません。いわば量が質に転化したのだと思います。

それと、実はグラフィックボードに搭載されているGPUは、ディープラーニングに向いていることが偶然分かりました。GPUの製造会社はゲーム市場ではなくて、ディープラーニングで大成長しています。話題のChatGPTなどのディープラーニングでは、膨大なデータを学習するため、高い処理能力が必要になります。従来のコンピューターでは、果てしなく時間がかかりますが、高性能のGPUを使えば短時間で学習できることが分かりました。ここまで普及しているのは、ディープラーニングというAIの技術の登場もありますが、CPUの進化のほかにGPUという高速で演算処理できるチップを転用できたことが背景としては大きいですね。GPUの製造メーカーは、今までゲーム業界だけの限られた市場でしたが、いきなり注目されているAIのメインの技術になったので、作るだけ売れる状態となり大成長しています。これは結構偶然なんですよね。

大変初歩的な質問で恐縮なのですが、以前からあるチャットボット(Chatbot)と今話題になっているChatGPTは仕組み的には全く違うのですか?

松原教授:チャットボットは、基本的な応答が数多く設定されていて、「こういう質問が来たらこう答える」という仕組みです。例えば、コールセンターの業務では、「こういう質問が来たらこう答えましょう」というマニュアルがありますよね。基本的にはそういうアイデアがベースになっています。そのため定型の質問に対して定型の答えを返すことしかできません。

ChatGPTはそういった定型文を返すのではなく、今まで人間が書いていた膨大な小説や、公開されているブログの記事、ニュースなどを大量に集めて、ディープラーニングに学習させたものです。一文一文を丸暗記するわけではなく、たくさんの中から似た答えをつなぎ合わせて文章を作っています。

人間は、生まれてこの方、読んだものとか見たものが頭の中にあって一文一文は覚えてないけど、質問があったときに、それらを参考にして返答します。それと同じですね。チャットボットの返答の仕方とは、全然違いますね。

今、AIは禁止すべき?それともうまく付き合える

今、欧米諸国では使用を禁止する動きがあったり、低学年への影響を気にして触らせないといった議論が始まっています。先生のお考えはいかがでしょうか。

松原教授:学校で禁止するのは簡単ですが、自宅で使用したかどうかを確認するのは大変だと思います。これからディープラーニングのAIの下書きを使用することは、普通に起こることなので、時々、嘘も入っているという前提で嘘の部分は自分で直せるようになる。そういう教育をするほうが、建設的で現実的だと思っています。

道具が少し進歩すると人間が脅かされるのではないかという不安があります。例えば、自動車は100%安全な道具ではなく、運転を間違えると死亡事故につながることがあります。しかし、アメリカのフォード社が「T型フォード」を製造してから、自動車は世界中で使われています。そこには運転免許制度を導入するとか、道路に制限速度や道路標識などのルールを整備したことで、自動車の安全性を高めた背景があります。自動車はデメリットより、長距離移動をサポートする道具としての価値を認められたからこそ、利用するためのルールが整備されたのです。

だとすれば、この時代もT型フォードみたいにポンッと「ChatGPT」が生まれたのかも知れません。できてしまった以上、これを禁止しても誰かがこれを真似して作れるし、悪意ある使い方をすれば事故も起きるかもしれない。

だから「みんなで使い方を考えていきましょう」ということですね。自動車も今のルールが整備されるまでに時間がかかりました。「ChatGPT」も、正しい付き合い方ができるように、道具としての整備が早くできればいいですね。

ビジネスの世界においてもAIが進出しています。世界的に受け入れられるには、AIの存在をあまり表に出さないほうが良いのでしょうか。

松原教授:AIを前面に出すと、嫌悪感や恐怖感を持つ人が一定数いるように思います。ただ、あまり見えなくするよりも、ある程度、理解して使った方が良いという考え方もあるとは思います。日本でもスマートフォンに意思決定を任せるシーンが増えています。記憶の一部や検索も任せています。例えば、他人の電話番号や住所などを暗記しなくなりましたよね。そうなると、スマートフォンなしでは生きられない。問題なのは、多くの人は意思決定に必要な情報の一部をスマホに依存しているという自覚がないことですね。

例えば、ある意図を持った人が作ったアプリをインストールすると特定の商品を買うように誘導される危険があります。検索すると同じ商品が常に一番上に表示される。何度も見ていると、意識を誘導される可能性は十分にあります。AI自体が人間に悪さをするのではなく、だまされる可能性があることを知らないと、後悔するかも知れません。

記憶であったり、意思決定のための調査をAIが行ってくれる場合、人間はそれ以外の新しいことができる可能性を切り開けますか?

松原教授:私は将棋・囲碁のAIの研究をしています。過去には、AIが強くなったとき、業界を滅ぼすのでは? とずいぶん言われました。5、6年前に将棋や囲碁でAIが名人に勝ちました。当時は「これで将棋も囲碁も終わった、プロに価値はない」と考えられていました。ところが、現在、将棋だと藤井聡太棋士が注目されています。彼はAIを練習道具として使うことで明らかにレベルが上がっています。また、昔はどっちが勝っているかわからなかった将棋の途中経過をAIが評価を出すことで観戦しやすくなっています。

これが良いモデルだと思っています。AIの進歩は、結果的に上手くいっています。さまざまな業界でAIやChatGPTの導入が進んでいます。それをうまく使いこなすことで、人間だけなら到達できなかった、一段、二段高いレベルに到達できます。日常生活にも良い影響があるのなら、会社の発展、人類の幸福にもつながるのではないかと期待しています。
例えるなら近くに賢い子がいるのであれば、その子を敵視するよりは、協力しながら高みに行くほうが良いという提案ですね。

ビジネスの世界だけでなく社会全体が大きく変わる

確かにその方がより良い未来を作り出せそうですね。最後に、このAI時代を乗り切るためのメッセージをお願いいたします。

松原教授:一つ言えるのはこの先のAIの進歩は早いです。ChatGPTは、すぐ過去のものになるかも知れません。例えば、現在、OpenAIからGPT-4が出ましたけど、2023年中に、GPT-5がリリースされます。OpenAIはもちろん、それに対抗するようにGoogleやFacebookも動きを活発にしています。日本でも開発が活発になっていますので、この勢いは止まらないでしょう。

ビジネスの観点からは、その動向を常に観察してうまく対応する必要があると思います。今すぐ流行の波に乗ることは難しいですが、その波に取り残されるのは危ういと思います。世の中の人が使っているのに、目の前にあるものを使わないのは、競争力が低下することになるからです。

ChatGPTをはじめ、AIの動きがゲームチェンジ(試合の流れを一気に変えてしまう)につながっています。ビジネスの世界だけではなく、社会全体を大きく変える可能性があります。それに備えて、少なくとも心の準備は必要です。例えば、米国で始まったITベンダーのリストラの話も一つの対応の仕方だと思います。従来のやり方に固執すると、ゲームチェンジについていけなくなり、売上の減少という危険もあるので経営者の方は覚悟をもって、見守っていく必要があると思います。大げさに言うと、人間は、皆、社会を変革させる覚悟が必要なのではないかと思います。

従来のやり方に固執すると
ゲームチェンジについていけなくなります。
大げさに言うと、人間は、皆、
社会を変革させる覚悟が必要なのではないかと思います