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PROFILE

株式会社minitts 代表取締役
木村 博史 氏

1984年 京都府亀岡市生まれ。専門学校の職員として勤務後、2012年9月に飲食事業や不動産事業を行う「株式会社minitts」を設立。1日100食限定をコンセプトに、 美味しいものを手軽な値段で食べられるお店「佰食屋」を行列のできる人気店へ成長させる。「1日100食限定」というお客さまにも従業員にもそして環境にも優しい経営の実現により、第32回人間力大賞農林水産大臣奨励賞、ForbesJAPANウーマンアワード2018新規ビジネス賞、日経WOMANウーマンオブザイヤー2019大賞等数々の賞を受賞。

コロナ禍で多くの飲食店が苦しむ中、京都市で1日100食限定で国産牛ステーキ丼を提供する「佰食屋(ひゃくしょくや)」が人気を博している。あえて多店舗化をせず、「ここでしか食べられない」「いつでも食べられるとは限らない」という希少価値で、全国から集まる客の心をとらえている。コロナ禍でも過去最高利益率を達成し、数多くのマスコミにも採り上げられた独自のマーケティングと経営哲学について、経営者の中村 朱美氏に聞いた。

コロナ禍の逆風を乗り越え、過去最高利益率を達成

本日は、コロナ禍にもかかわらず好調な販売を続けている「佰食屋」の人気の秘密や、中村さんの経営哲学についてお話をうかがいたいと思います。
まずは、そもそも飲食サービスを始めたきっかけから教えていただけますか。

中村 朱美 氏(以下、中村氏):「佰食屋」を始めるまでは、専門学校の事務職員として5年半ほど働いていました。

教育大学に入り、最初は英語の先生になろうと思っていたのですが、受験勉強を支援するのではなく、「子どもたちの夢を後押しすることを仕事にしたい」と考え、あえて教員採用試験は受けずに、専門学校の裏方として働くことを選びました。
オープンキャンパスの運営や学生たちのキャリア支援を行うなど、非常にやりがいのある仕事だったのですが、ある程度の立場になってくると残業時間が増え、帰宅が遅くなることに不満を感じるようになったんですね。
やりがいのある仕事をバリバリこなしたいけれど、残業はしたくない。でも、そんな希望を満たしてくれる仕事は世の中にありません。
だったら、自分で作ればいいんじゃないかと思って、夫と一緒に起業することにしました。

中村 朱美 氏

飲食サービスは、比較的残業時間が長い業種の一つだと思います。なぜ、それを選んだのでしょうか。

中村氏:スマートフォンに搭載されているカメラなら、撮影したい人にレンズを向けると自動的にフォーカスを合わせてくれるので、映像がぼやける心配はほとんどありません。
夫が以前から「いつかはレストランをやってみたい」という夢を語っていたので、一生の夢で終わらせず、「かなえられそうなときに思い切ってチャレンジしてみよう」と話し合いました(笑)。
おっしゃるように、飲食業は残業時間が長くなりがちなので、あえてランチに限定した業態を選びました。自分だけでなく、従業員もみんな定時で帰宅できる「働き方改革」をする飲食店を目指しました。

全く未経験で、成功するかどうか分からない飲食サービスを始めることには、周囲の反対もあったのではないでしょうか。

中村氏:90パーセント以上の友人や知人たちに反対されました(笑)。特に両親には、幼いころから「飲食だけは絶対にやったらあかん」と言われていたので猛反対です。
でも、専門学校の事務職員をしていたころから、新しい試みを次から次へと提案しては実践してきたので、誰が何と言おうとやってやろうという気持ちでしたね。
もちろん、綿密な起業プランは練り上げましたし、それによってしっかり結果を出せば、みんな納得してくれると分かっていたので、反対は気になりませんでした。やると決めたことを、ただ黙々と進めました。

いま、飲食サービスはコロナ禍による休業や営業時間の短縮を余儀なくされ、どこも苦しんでいます。
「佰食屋」も一時は大変だったと思いますが、その後、逆風を跳ね除けて過去最高利益率を達成されたそうですね。好調の理由は何でしょうか。

中村氏:コロナ禍が発生した直後の2020年4月、京都市内に4店舗あったうちの2店舗を閉鎖しました。状況の変化を感じ、赤字を垂れ流す前に即座に動いたのが幸いだったと思っています。
断腸の思いで店舗数を減らすことになりましたが、身が軽くなったことで、新しいことに挑戦しやすくなるメリットにも気が付きました。メニューごとの売り上げやお客さまの来店状況といったデータを入念に分析し、軌道修正を図りながらコロナ禍に対応しやすい事業やサービスの形態に進化させていきました。おかげで、2店舗を閉鎖した翌月には黒字へと回復し、2020年8月には過去最高利益率を達成できました。
そもそも、創業時に設定した「100食限定ランチ」というコンセプト自体が、不景気の影響を受けないようにするために定めたものです。

景気が悪くなると、スイーツやお酒といった嗜好品の売り上げはどうしても下がりますが、どんなに不景気でも、忙しくて食事をつくる暇がない人はいらっしゃるので、外食のニーズが途絶えることはありません。ディナーは難しいけれど、安いランチなら絶対行けるだろうと確信していました。
そもそも景気の波は10年周期で変動するので、悪い時期は必ずやってきます。だったら、「最悪のときでも、ある程度稼げる商売にしよう」と決めて「100食限定ランチ」を選んだのです。景気が悪くても、ある程度稼げるということは、景気がよければもっと稼げるということですからね。

居酒屋チェーンの出店オファーを断る

佰食屋」の成功を知って、中村さんのところには、いろいろなオファーが寄せられているそうですね。
ある居酒屋チェーンからランチ販売の提携を打診されたにもかかわらず、断られたそうですが。

中村氏:その理由は、「希少価値」を一番のポイントにしているからです。
大手フランチャイズチェーンのように多店舗展開すれば、売り上げは増えるかもしれません。しかし、どこでも同じ料理が食べられるので、逆に希少価値は下がってしまいます。
あえて京都だけに店を構え、「京都でしか食せない」という希少価値を大切に守っていきたいと考えています。「100食限定」ということも含め、お客さまに特別感を味わっていただきたいからです。

多店舗展開をしたとしても、それによってメリットを得られるのは会社だけです。働いてくれる社員の給料が上がるわけではありません。
それよりも日本中や世界中の方々に、「京都に行ったら、『佰食屋』に食べに行こう」と思っていただけるようなお店にしたい。結果的に京都を訪れる観光客が増えて、地元により多くのお金が落ちるきっかけになれば、願ってもないことだと思います。

希少長価値を守るのも大切だと思いますが、お客さまの中には、「100食限定なので、いつ行っても食べられない」という運の悪い方もいらっしゃるのではないでしょうか。

中村氏:よく指摘される点ですが、わたしたちはポジティブにとらえています。
なぜなら、「いつ行っても整理券が配り終わっている(食べられない)」という状態が続けば続くほど、お客さまが整理券を手にしたときの喜びは大きくなるからです。その喜びは、料理をさらにおいしくしてくれます。

「佰食屋」の食事は“作業”ではなく、お客さまに心から楽しんでいただける“イベント”にしたいと思っています。テーマパークでアトラクションの順番待ちをするお客さまが、待っている間のワクワク感も含めて楽しまれるように、ちょっとハードルを上げることで、より大きな楽しみを味わっていただきたいと願っているのです。
オンラインで何でも簡単に手に入る時代になったからこそ、そうした楽しみに大きな価値があるのだと言えます。

ちなみに、あえてハードルを上げることには、いい意味で“お客さまを絞り込む”効果も期待できます。考え方に共感し、応援してくださるお客さまだけになるからです。
これによって、お客さまとのトラブルはかなり減り、店舗の雰囲気もよくなります。スタッフも働きやすくなるのでモチベーションや定着率が上がるというメリットもあります。
それと、一部のメニューは電話予約によるテイクアウト販売を行っています。店内でしか食べられないメニューもありますが、どうしてもという場合は、テイクアウトメニューをご利用ください。

店舗はアナログ。マーケティングはデジタル

飲食業界の人手不足は深刻で、それが長時間労働などの過酷な労働環境に結び付いている側面があります。
その対策として自動券売機やテーブルオーダーシステムを導入するなど、飲食サービスのICT化が進んでいますが、「佰食屋」では、どのように取り組んでいますか。

中村氏:実は「佰食屋」では、店内にWi-Fiがありませんし、オーダーは全て手書き、レジも全て手打ちです。デリバリーやキャッシュレス決済も行っておらず、支払いは現金のみの対応です。
つまり、店内サービスはICT化していないのですが、これはあえてそうしています。
サービスの自動化や無人化を進めると、どうしてもお客さまとのつながりが希薄になってしまいます

「何をご注文なさいますか?」「今日はこれがお勧めですよ」といった会話を通じて、お客さまに心の通ったサービスを提供したいと考えているからです。
いまの時代に、あえて昔ながらの飲食サービスを提供することで、「こんなお店がまだ残っているんだな」とお客さまに喜んでいただきたい。これも希少価値の一つだと思います。
また、キャッシュレス決済を導入すると、QRコードや電子マネー、クレジットカードなど、支払い方法に応じて処理しなければなりませんが、現金だけなら取り扱いがシンプルなので、スタッフの負担も少なくて済みます。

何より、機械やシステムにお金をかけなくて済む分、お客さまへのサービス向上にお金を使えるのが“非ICT化”の最大のメリットです。

店内サービスはアナログにこだわる一方で、マーケティング活動にはデジタルを活用しておられるようですね。

中村氏:はい。飲食業に限らず、あらゆるサービス業で、SNSや電話、DM(ダイレクトメール)などのオムニチャネルによるマーケティング活動が一般化していますが、その取り組みは積極的に行っています。
例えば、店舗の場所や情報を紹介してくれるGoogleマイビジネスというサービスでは、1カ月で30万アクセス以上という状態が何年も続いていますし、テレビでお店が紹介されたときには50万アクセスを超えることもあります。

さらに、インスタグラムやフェイスブックなどのSNSでも頻繁にお店の情報を発信しています。お客さまがSNSに写真や情報を上げてくださる効果も絶大なので、ご来店いただいたお客さまには、「何を撮ってもらってもいいですよ」と話しています(笑)。
「店舗はアナログ、マーケティングはデジタル」と使い分けることで、意図した集客効果が実現できていると思います。

いろいろ興味深いお話をありがとうございます。最後に本誌読者にメッセージをお願いします。

中村氏:コロナ禍によって、厳しいビジネスを余儀なくされていらっしゃる方も多いと思います。「佰食屋」も一時期どん底を経験しましたが、ビジネスに一発逆転はありません。大切なのは、できることから着実に、かつ速やかにやることだと思います。
「当たり前のことを、誰よりも早く、たくさんする」ことを信条としています。
自分が動かなければ、周りが動くはずはありませんし、物事も前に進みません。まずは、一歩踏み出してみてください。

当たり前のことを、誰よりも早く、たくさんする
自分が動かなければ、周りが動くはずはありませんし、
物事も前に進みません