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にっぽんの元気人
2009年11月時点の情報を掲載しています。

残業は減るのに売上は伸びる「ワークライフバランス」の本当の力
働く時間を減らしながら、同時に売上を伸ばす―。従来の常識では「ありえない」ことを現実にできるのが「ワークライフバランス」だ。個々人の仕事の生産性を高めれば、その分残業が減り、生活をエンジョイできるだけでなく、自己研鑚に時間を費やすことで知識やスキルがさらにアップする。その結果、社員も会社も幸せになれるという好循環が生まれる。「ワークライフバランス」を提唱している小室 淑恵氏に、いますぐ始められる実践方法について聞いた。



商品説明だけでなく「こうなります」を伝える
BP:小室さんは、起業される前に資生堂で営業職の経験をされていますが、そこで得た教訓とは何でしょうか。
小室 淑恵氏(以下、小室氏)「営業の役割は、時代の変化に応じて時々刻々と変わるものだ」ということです。
 資生堂での最初の仕事は、化粧品販売店への営業担当でした。当時私たちが先輩から教えられた営業というのは、販売店の方に新商品についてよく理解していただき、お客様にどういうトークをすれば、その商品をすすめられるかを教えなさい、というものでした。でも、そういう営業は、商品さえ並べればお客様が来ていた時代の営業ではないかと思ったんです。
 担当した化粧品販売店の方が口々に言っていたのは「お客さんが来ない」という愚痴ばかりでした。商品をすすめるどころか、そもそもお客様が来ないのですから、先輩から言われた営業をしても意味がありません。
 それから商品の説明はほとんどせず、お客様をお店に呼ぶためのお店の魅力づくりに地道に取り組んだところ、3カ月目から担当した5店舗の売上が前年比130%ぐらいになったんです。目標が前年比90%という売れない店が成果を上げたので、社内で大変驚かれました。支社長賞をいただいたことを今でも覚えています。
 「営業とはこういうものだ」という勝手な思い込みで行動すると、むしろお客様の迷惑となるケースもあるのではないかと思い至らされる経験でした。

BP:ITの分野でも、まず、お客様が何を求めているのかを考えることが大切なのでしょうね。
小室氏:
極端に言えば、サーバやPCの機能そのものを説明するよりも、それを使えば仕事がどう楽になるかといった、効率化のノウハウの話だけをしてもいいのではないかと思います。効率化を突き詰めれば、こういうサーバも必要になりますという話の進め方になるのかもしれません。

BP:モノが売れない時代ですが、売れるプレゼンテーションの秘訣は?
小室氏:
プレゼンの基本的な構造は@課題、A解決、B未来の3つです。冒頭でお客様の課題を明確に示して、それを解決するための提案を掲げます。そのうえで、「課題が解決されると、お客様の未来はこのように良くなります」と説明するのが本当のプレゼンなのです。
 ところが、ほとんどの方のプレゼンは解決まで、つまり商品やサービスの説明だけで終わってしまいます。お客様が抱えている課題をきちんと確認していないからです。
 そうすると、「商品のことはよく分かったけど、いらない」ということになってしまうんですね。商品の良さが分かったことと、欲しいと思うかどうかはまた別の問題です。
 モノが売れない時代に売るためには、「なぜこの商品が必要か」という課題を明確に提示してあげなければいけません。本人が気づいていない課題もありますし、いまは現実化してないけど、5〜10年先に起きる課題もあるわけです。「このままでは、いずれ問題が起きますよ」という危機感を持っていただいて、そのうえで、こういう商品をご提案しますと言われれば、その商品の価値が伝わるんです。

BP:未来を提示するためには、その会社の課題をきちんと把握しなければなりませんね。
小室氏:
そこで不可欠なのは「聞く力」です。ヒアリングはプレゼン力の6割を占めるといわれています。お客様の最近の状況や業界動向などをしっかり聞いて、提案に結び付けることが大切です。
 そのためには普段から他業界の人と話をしている人じゃないと、話をしてもちゃんと聞き取れないものです。異業種交流会に参加したり、子どもの友達のご両親とか地域のお祭りやボランティア活動とか、誰とでも話ができるようになるとヒアリングがとても上手になります。

BP:不況の時代において、営業はつい価格競争に陥りがちです。
小室氏:
価格競争よりも、費用対効果競争をすべきですね。効果の大きさを相手に実感させれば、費用を上げることもできるわけです。それを実感させることができないから、価格の安さで勝負するしかなくなってしまうのです。


残業時間が減れば自己研鑚の機会が増える
BP:「リーマンショック」で、企業は労務コストの削減を迫られています。ワークライフバランスに対する取り組みは後退してしまうのでしょうか。
小室氏:
むしろ危機に直面した結果、日本企業のワークライフバランスに対する関心は高まっています。売上を下げずに社員の残業を削減するには、働き方をどう改革したらいいのか、という課題が真剣に考えられるようになったのです。おかげで当社のコンサルティング案件も急増しました。
 ワークライフバランスは、育児休暇制度などの福利厚生の一環と思われがちです。実際には、仕事を効率よくこなして、会社の業績を上げると同時に、社員の私生活も充実させることが目的です。それがワークライフバランスの本質であることに多くの企業が気づき始めたのです。

BP:これからワークライフバランスの改善に取り組む企業は、何から始めればいいでしょうか。
小室氏:
当社のワークライフバランス改善プログラムでは最初の2カ月間、社員の方々にひたすら「朝メール」「夜メール」を実践していただきます。毎朝、その日の仕事が定時で終わるようにスケジュールを立てて上司と同僚に「朝メール」で通知。スケジュール通りに仕事がこなせたかどうかを「夜メール」で報告するというものです。
 スケジュールよりも終わる時間が遅い人は、好きな仕事から行き当たりばったりに始めて、最後に時間の帳尻が合わなくなってしまうことが少なくありません。そこで「朝メール」では、集中力の高い朝の時間帯から、優先順位の高い順に所要時間を見込んで仕事のスケジュールを組んでいきます。突発的な仕事に備えて時間の余裕を設けながら組むと、1つの仕事にかけられる所要時間が意外に短いことがわかってきます。その結果、短時間でも仕事に集中できるようになるんですね。
 ある脳科学者の方によれば、人間の脳は「3時間でやってください」と言われれば3時間後に、「50分で」と言えば50分で結論が出るようにできているそうです。毎日タイムトライアルを行っていると、脳の反応速度が速くなり、短時間で仕事が片付けられるようになります。
 「夜メール」には、スケジュールと結果とのズレを見て、なぜそうなったかを振り返る目的があります。
 知識不足やスキル不足がズレの原因となることも多いですね。2時間仕事と見込んでいたのに4時間もかかってしまったのは、エクセル関数が使えず、電卓で一つひとつ計算したからとか。それで深夜残業が続くと、書店が開いている時間には帰れないので、エクセルの本を手にすることもなく、家に帰って寝るだけになってしまう。
 もし6時に帰れれば、書店に立ち寄りエクセルの本を買って勉強することもできます。深夜まで電卓と格闘していた仕事が、30分で終わるようになるのです。
 ワークライフバランスの「ライフ」は、くつろぎや団らんの時間だととられがちですが、もっと重要なのは自己研鑚の時間として活用することです。会社の研修ではなく、自分のお財布で勉強する時間をどれだけ持っているかによって、仕事の生産性は大きく違ってきます。生産性が高まれば、残業は減る一方、昇給チャンスは高まるので、いい地位と幸せな生活を両方手に入れることができます。


中小企業でも優秀な人材が獲得できる
BP:ワークライフバランスの改善に成功した企業の実例を教えてください。
小室氏:
ある企業の営業部門では、残業が月110時間もあったのですが、8カ月間のワークライフバランス改善プログラムによって、現在は20時間まで減っています。しかもお客様への訪問頻度や営業成績は上がっています。
 残業が多かったのはスタッフのスキル不足で、社内事務に時間を取られ過ぎていたからなんです。
 しかも、社内のI Tインフラの処理速度が非常に遅く、営業先からサーバにアクセスして発注処理をしようとしても、いつまでもページが表示されない点も大きな問題でした。
 結局、当社がITコンサルタントのような立場になって、サーバの容量拡大などを提案しました。「システムを改善しないために、残業代がいくらかかっていますか」とご説明したんです。社員3,000人くらいの部門だったので、残業代を年間2億円も削減できる計算になりました。それならシステムに5,000万円ぐらい投資してもいいのではありませんかと、まさに費用対効果ですね。

BP:経営サイドがワークライフバランス改善に取り組むうえで大切なことは何でしょうか。
小室氏:
まずは管理職の意識改革ですね。多くの管理職の方は、年度末に1円でも多く売上を稼いでいる営業マンを評価するのが成果主義だと思っています。しかし、本来の成果主義は、時間当たり生産性の高い人を評価するものなのです。どんなに売上が多い人でも、時間当たり生産性が低ければ、残業代などのコストがかかってしまいます。
 さらに、睡眠時間まで削った労働は必ず健康に跳ね返ってきます。もっと怖いのはメンタル疾患です。メンタル疾患の方が労災訴訟を起こしたら、だいたい会社側が負けるんですね。間違った成果主義をやると、会社は大変なリスクを抱えてしまうんですよ。
 そうならないためには、管理職が正しい評価をすることが大事です。評価方法は非常に簡単で、年度末の成績を労働時間で割ればいいのです。

BP:最後に本誌読者にメッセージを。
小室氏:
いまの学生が就職の条件としてもっとも重視しているのはワークライフバランスなんです。優秀な男子学生ほどその傾向が強いですね。
 企業の規模にかかわらず、「うちの会社に入れば、私生活を充実させながら評価される仕事ができる」ということを打ち出していけば、優秀な人材を引き付けることができます。
 そういうモチベーションの高い人材を引き付けるために、ワークライフバランスの改善を図っていくことは、大企業だけでなく中小企業にとっても重要だと思います。

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小室 淑恵氏
Y o s h i e K o m u r o

◎ P r o f i l e
1975年、東京都出身。日本女子大学在学中に米国留学。99年に株式会社資生堂に入社。翌年社内のビジネスモデルコンテストで優勝し、本社経営企画室IT戦略担当に抜擢。資生堂を退社後、2006年7月に株式会社ワーク・ライフバランスを設立。残業時間の削減や育児・介護休業に関する企業のコンサルティングなどを幅広く行う。また、分かりやすいプレゼンテーションにも定評があり、社内研修講師・講演なども数多く行っている。




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【にっぽんの元気人】

・ワタミ株式会社
代表取締役会長・CEO 渡邉 美樹 氏 【Vol.46】


・ブックオフコーポレーション株式会社
代表取締役社長 佐藤 弘志 氏 【Vol.45】


・フリージャーナリスト 田原 総一朗 氏 【Vol.44】


 
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