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にっぽんの元気人
2012年11月時点の情報を掲載しています。

国家だけでなく企業が生き残るためにもインテリジェンスの活用は欠かせない
NHKワシントン支局長として外交の最前線を精緻に取材してきた手嶋龍一さん。現在は外交ジャーナリスト、作家として、数多くのノンフィクション作品やインテリジェンス小説などを手掛けている。一般にインテリジェンスとは、国と国との駆け引きに用いられる情報の武器とされるが、「企業が厳しい国際競争を生き抜いていくためにも、インテリジェンス感覚は磨き抜かれていなければ」と手嶋さんは説く。企業が活用すべきインテリジェンスとはいかなるものか、どう企業戦略に役立てるべきなのだろうか?


日本は牙を持たないなら長い耳を持つべきだ
BP:手嶋さんはインテリジェンスに関する数多くの作品を著し、大学ではインテリジェンス論も教えています。なぜ日本には、インテリジェンスという名の武器が必要なのでしょうか?

手嶋龍一氏(以下、手嶋氏):
いま東アジアの海洋を舞台に、21世紀のグレート・ゲームの幕があがりつつあります。日本列島を取り囲むように位置する中国、ロシア、韓国、北朝鮮は、日本の政治指導部が衰弱しているとみて、攻勢を強めています。日本の人々は、国境線は変わらないと思っていますが、周辺国は力で押せば日本は引き下がると見ているのです。ロシアは北方領土で、韓国は竹島で、中国は尖閣諸島で攻勢に転じており、日本の国境線は縮んでいると見るべきでしょう。
 戦後の日本は、軽武装・経済重視の路線を歩んできましたが、対する中国は、核ミサイルを持ち、新たに空母機動部隊を配備して「海洋強国」の道を歩んでいます。しかし日本も軍事強国を目指すべきか、冷静に考えるべきでしょう。鋭い牙を持たないなら、彼方で兆している異変をいち早く察知する長い耳は持つべきです。経済大国には情報収集の能力は不可欠なのです。
 日本は、G8(先進8カ国)の中で唯一、対外情報機関を持っていません。日本の国内にテロリストやスパイが浸透してくるのを監視するカウター・インテリジェンスの機関はありますが、米国のCIAや英国のMI6のような対外情報機関はない。これでは動乱の時代を生き抜くことはできません。


インテリジェンスとインフォメーションの違いは?
BP:長い耳を備えて、いかなる動きに耳を傾けるべきなのでしょうか?

手嶋氏:
ITの時代となったいま、我々のもとには日々、膨大で雑多な情報、つまりインフォメーションが入ってきます。しかし、どれが重要な情報なのか、どれが単なるうわさ話なのか、漫然と受け取っているだけでは、個々の情報に振り回されるだけです。
 膨大なインフォメーションの中から真贋を見極め、より本質的な情報を選り分けなければなりません。国家なら国益、企業であればその利害に照らして、おびただしい情報をふるいにかけ、その意味を考えなければいけない。そうしたプロセスから紡ぎだされる貴重な情報の一滴がインテリジェンスです。
 しかし日本語に訳してしまえば、インフォメーションもインテリジェンスも「情報」ということになってしまう。インテリジェンスは、賽ノ河原のおびただしい石ころに混在するダイヤモンドの原石のようなものです。
 戦後の日本は真の意味での国家的な危機にさらされることなく、超大国アメリカの傘のもとにひっそりと身を寄せてきました。国家の命運を賭けた決断をすることが少なかった。それゆえインテリジェンスの訳語ひとつ考えださなかったのでしょう。
 「情報に同盟なし」という格言があります。同盟国の米国も自らの国益に照らして情報の収集・分析をしているのであり、日本の国益に奉仕しているわけではない。イラク戦争の開戦にあたって、フセイン政権は大量破壊兵器を持っているという米情報は惨めなほどに誤りでした。しかし、日本は独自の情報網を持たなかったため、アメリカの情報に異を唱えることができませんでした。

BP:企業にとっても、インテリジェンスを紡ぐことは重要なのでしょうか?

手嶋氏:
社運を賭けた決断をしなければならない時、企業は決断を支える独自のインテリジェンスが必要です。競合する有力な他社を買収するかどうか。重要な決断を下すにあたって、買収の対象とする会社の情報を徹底的に収集するはずです。しかし、集めた情報には不正確なものもあれば、単なる風聞も混在しているはずです。それらのインフォメーションからインテリジェンスの原石を選り分けていかなければなりません。詳細なバランスシートの数字に、財務体質の本質を示すものが含まれている。それを選り出し、買収に値するのか、見極めなければなりません。インテリジェンスとは、国家のリーダーだけのものでなく、経営者のものでもあります。組織を率いて決断を委ねられし者が、決定的な決断を下すときの拠り所にな
るものです。
 決断とは、近未来に向かって一歩を踏み出す営為です。それゆえインテリジェンスは、近未来を射抜く力を持ったものでなくてはいけません。情報を組織全体に行き渡らせる機能、そう新鮮な血液を体中に巡らす心臓のような機能が、インテリジェンス・サイクルです。この情報の心臓にあたるのがインテリジェンス・サイクル。この回路が粛々と機能している組織は強い。大災害に見舞われたときに、企業のリーダーは、企業を存続させるために迅速に手を打たなければなりません。そのためにはまず、最前線で何が起きているか、適確な情報をつかみ、そこから対処方針を考えだし、現場に指示を与えなくてはいけない。
 一方で決断すべき者に情報を届ける人々の練度も高めなければいけません。とりわけ報告は簡潔なことが肝要です。だらだらと長文の報告は結局なにも述べていないにひとしいからです。いま日本の企業の間ではBCP(事業継続計画)の取り組みが盛んになっています。しかし災害時のマニュアルづくりにとどまっているケースが大半で、情報という視点からクライシス・マネージメンの質を高める必要があります。

BP:海外企業はインテリジェンスをどのように活用しているのでしょうか?

手嶋氏:
モトローラやロイヤル・ダッチ・シェルなどの国際企業は、社内に優れ
インテリジェンス・オフィサーを擁しています。インテリジェンス・オフィサーとは、組織のインテリジェンス・サイクルを粛々と回し、トップに的確な決断を促す役割を担っています。欧米の有力企業は、インテリジェンス・オフィサーを特別な研修機関に送ってインテリジェンス感覚に磨きをかけています。教育を担当するのは、CIAやモサドといった情報機関で活躍していた一級のプロフェッショナルです。ハーバード大学のキャンパスで毎年開催されるACIは代表的な研修機関と言っていいでしょう。
 インテリジェンスを取り扱う力は、ビジネス・スクールに通うだけでは十分に習得できないと欧米のトップ企業は考えています。ビジネス・スクールで扱うのは、過去に起こった事例をもとに解決策を探るケース・スタディが中心です。インテリジェンスは近未来の事態を適確に予測するための技ですから、過去の素材を研究するだけでは情報感覚は磨かれません。
 どうすれば近未来に備える力をつけることができるのでしょうか。意外に思われるかもしれませんが、競馬をお薦めします。競走馬に関する様々なデータから近未来の結果を予測する。これこそまさしくインテリジェンス力を養う格好の教材だと言っていいでしょう。予測の結果が自らに富をもたらすのですから、
自ずと真剣味も増すはずです(笑)


決断する気概を持ったリーダーが求められている
BP:日本は外交が不得意だと言われますが、日本の企業が対外交渉力を強めていくにはどうすればいいでしょうか?

手嶋氏:
企業を代表して交渉に臨む者は、選り抜かれたインテリジェンスを胸ポケットに忍ばせていかなければなりません。雑多なインフォメーションしかアタッシュケースに入っていなければ、交渉相手に苦もなく付け込まれてしまうでしょう。
 日本を代表する大企業が米国で企業を買収する交渉に立ち会ったことがあります。日本語の通訳はインフォメーションもインテリジェンスもともに情報と訳していたのを鮮烈に憶えています。これでは負けてしまう。日本企業の視点から選び抜かれた情報をもつことこそインテリジェンス能力ですから。後に数千億円規模の損失を蒙ることになりました。インテリジェンス・サイクルがまったくと言っていいほど機能していなかったのです。
 外国企業との交渉では、何も無理をして英語を使う必要はありません。むしろ使うべきではないといったほうがよいかもしれません。相手は母国語、こちらは非母国語では、どうしても不利になってしまいます。互いに第三国の言葉、たとえばフランス語で交渉するならイーブンです。大切な交渉は、選び抜いた通訳を使って行うべきでしょう。日本の外交官も、アメリカ政府を相手にするときは、日本語で交渉していることは意外に知られていません。もちろん、ディナーなどの席では、相手国の言葉でコミュニケーションを図った方が気持ちも通じます。存分に外国語を話したほうが好感を持たれるにちがいありません。

BP:最後にBP読者に手嶋さんからメッセージをお願いします。

手嶋氏:
日本では知識人と言われる人たちほど、「日本の将来は暗い」「中国が一層台頭し日本は取り残されてしまう」と深刻そうな表情をして見せる。そうすれば、なんとなく知的に映るとでも思っているからなのでしょうか(笑)。BBC・英国放送協会が毎年行っている調査でも、日本は「世界で最も信頼できる国」のトップの座を守っています。そう悲観したものでもありません。
 世界第二の経済大国中国では、「反日デモ」のような形でしか、共産党の支配体制にモノが言えないのが現実です。また、最も豊かだと思われている米国でも、ディープ・サウスと言われる最貧地帯には月収がわずか200ドルで暮らしている人々が大勢います。病気になっても健康保険がない数千万人の人々がいます。そうした国々と較べても、日本は貧富の差が少なく、全体として安定しています。
 最近の日本の若者は海外に行きたがらないとよく言われます。僕だって特派員勤務を命じられなければ、おそらく海外にはいかなかったでしょう。日本国内にいるほうが、遥かに居心地がいいですからね。それほど日本は暮らしやすいと思います。NHK時代には勤めていた機関のほぼ半分くらいは海外勤務だったのですが、まあ仕方がなく出稼ぎに行っていたようなものです。
 ただ、いうまでもありませんが、日本の現状がいまのままでいいという訳ではありません。改革は何としても必要です。日本の若者も改革の先頭に立つべきでしょう。日本のリーダーシップはいかにも衰弱しています。「決断するは我にあり」。一国の指導者は率先してインテリジェンス・サイクルを回して、自ら決断する。その決断の結果に自ら責任をとる。こうしたリーダーを生み出さなければ、世界から信頼されている日本が将来も存続していくことは難しいでしょう。いまの日本が抱える最大の問題は、政界にとどまらず、経済界も、教育界でも、未来を切り拓いていくリーダーを新たに育てていくことにこそあると申し上げたい。

photo
手嶋 龍一氏
R y u i c h i T e s h i m a

◎ P r o f i l e
外交ジャーナリスト・作家。NHKワシントン特派員として東西冷戦の終焉に立会い、『たそがれゆく日米同盟』『外交敗戦』(ともに新潮文庫)を執筆。これらのノンフィクション作品が注目され、ハーバード大学国際問題研究所に招かれる。その後、ドイツのボン支局長、ワシントン支局長。NHKを独立後に上梓したインテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』『スギハラ・サバイバル』( 新潮社)は50万部を超すベストセラーに。最新作は『動乱のインテリジェンス』(佐藤優氏との対論本)。慶應義塾大学大学院教授。







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【にっぽんの元気人】

・経営コンサルタント 小宮 一慶氏 【Vol.64】

・株式会社イー・ウーマン 代表取締役社長 佐々木 かをり氏 【Vol.63】

・作家 中谷 彰宏氏 【Vol.62】

・スポーツジャーナリスト 二宮 清純氏 【Vol.61】


 
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