「勝ち組み」この言葉は、いま多くの企業や個人が望む結果だ。 経済関係の雑誌や書籍の中にも、勝ち組みになるための秘訣や事例が数多く書かれている。私も仕事がら、ITという視点を通してさまざまな企業に取材し、そこで何らかの成果をあげている例を見てきた。そこで、そうした経験の中から、ITを活用した勝ち組みにはどのような法則があるのか、考察してみたいと思う。その起点は、今よりもずっと前、パソコンのビジネス利用が盛んになったOAブームの頃にさかのぼる。実際のところ、現在のようなITブームになる以前から、すでに情報通信機器を活用した勝ち組みの法則はあったのだ。一回目の今回は、そんな温故知新となる話題から触れていこう。 セブンイレブンの成功要因 販売店に勤務していた時代、その事業部の部長がイトーヨーカ堂から引き抜かれた人物だった。その彼が、セブンイレブンがコンピュータをどのように活用して、ビジネスで成功を収めたのか、社員に講義をしてくれたことがある。いまでは、コンビニが導入しているPOSシステムの成功事例は、幾多のビジネス書で取り上げられているので、目新しいものではないが、1980年当時としては、かなり新鮮に思えた。中でも、「POSデータの集計結果から、その店の平均に満たない欠点を指摘するのではなく、売れ筋商品や店の販売傾向を見出すことが重要」という分析の着眼点が新鮮だった。 はじめてエクセルなどの表計算ソフトを使うと、誰もが面白がって平均値や標準偏差を求めようとする。そして、平均や偏差値を基準として、集計された数字の優劣を判断しようとする。コンピュータが得意とするのは、まさにこうした数字の集計と計算にある。どんなに大量のデータであっても、性能の高いCPUがあれば、ほんの数秒で結果を出してくれる。しかし、セブンイレブンではコンピュータが計算した数字をそのまま営業の指標とはしなかった。なぜだろうか。 その理由に同社の真の成功の理由があった。 データマイニングの重要性 セブンイレブンの話を聞いて15年くらい経ってから、米国から新しいIT用語が入ってきた。それは、データウェア・ハウスとデータマイニングだった。ウォールマートの「オムツとビール」の例え話に代表されるように、POS端末から得られたデータを蓄積するだけではなく、複数の要因を組み合わせて多角的に分析することが重要という考え方だ。「オムツとビール」の例では、週末にオムツを買いに来る父親が多いという消費者の傾向をデータから分析して、その行動パターンに合わせた品揃えや陳列によって、大きな成果を出した。 セブンイレブンでは、ウォールマートがデータマイニングで成功する以前からすでに、店舗を統括するスーパーバイザーが、POS端末から得られた、商品の販売日時と男女の年齢データを元に、その店ではいつ何が売れるのかを分析、予測し、在庫の調整や陳列計画などを指導していたという。この分析能力と着眼点が、ITを活用して成功する企業の秘訣ではないだろうか。 小売業にとっての勝つための法則とは コンビニエンス・ストアに限った例ではなく、何らかの商品を小売する販売業にとって、データマイニングの必要性や重要性はこの数年でかなり認識されてきたのではないだろうか。「売れる商品を店頭に並べる」これこそが、あらゆる小売業における勝ち組みの法則になる。しかし、それが実践できれば苦労はない。売れる商品が出てこなかったり、顧客の需要そのものが把握できなければ、この法則は実践できない。そのために、ITを活用する必要があるのだ。 データマイニングの事例では、派手な成功例にのみスポットライトが当てられているが、そのために作り上げられたITシステムは、地道な努力の結晶なのだ。 POS端末でスキャンした商品のバーコード情報をデータベースに登録するためには、そもそも商品データベースが構築されていなければならない。また、POS端末から収集するデータも、単なる商品コードだけではなく、日時や人数や性別など、細かければ細かいほど分析の精度を上げられる。こうしたデータの地道な集積があってはじめて、その分析が威力を発揮する。 手軽なデータマイニングの方法 大手スーパーやコンビニが導入しているデータウェアハウスとデータマイニング。その仕組みのすべてを一般の小売業や小規模事業者が導入するには、かなりの敷居がある。十分なシステムを構築するための資金や人材の面で課題があり、投資対効果を考えると必ずしも得策とは言えない。むしろ、重要なことはデータマイニングを通して、顧客と自店を正確に理解することにある。そのためであれば、スポット的にデータを収集し、エクセルのピボットテーブルを活用したデータ分析を試みることが効果的だと思うのだ。 OAブームの頃と現在のITブームの大きな違いは、このエクセルの存在にある。OAブームの頃には、表計算ソフトでグラフが作れるだけで「凄いこと」だった。しかし、現在のエクセルでは「ピボットテーブル」という優れた分析ツールが利用できる。データマイニングの基本は、リレーショナル型データベースに蓄積されたデータを三次元型のキューブに加工して、その内容を多角的に見ることだが、多くの企業ではその閲覧用ツールとしてエクセルのピボットテーブルを使っている。 エクセルで実践するピボットテーブル エクセルのピボットテーブルを利用するためには、その元になるデータが必要にる。そして、ピボットテーブルの有効活用にとっては、用意するデータの「精度」が重要になってくる。 例えば、【画面1】はもっとも一般的な売上集計のデータだ。日付と商品と販売個数や金額が集計されている。おそらく、OAブームの時代であれば、これだけの表をパソコンで作るだけでも、集計の手間は大幅に軽減されて、残った時間を販売への工夫やサービスの向上に活用できただろう。しかし、今はこれだけの表では分析の対象となる「情報」が不足している。 そこで、【画面2】のような表を作ってみた。先ほどの表に曜日と顧客数と時間、そして天気の要素を加えたものだ。時間の要素を入れることで、商品ごとの売上集計はさらに細分化されている。そして、このデータを元にピボットテーブルを作ってみる。 画面【画面3】は、日付と商品で合計個数を集計したピボットテーブルになる。このテーブルならば、画面1の表からも作成できるが、これでは単に日付ごとの売上集計を求めているだけに過ぎない。そこで、日付の替わりに曜日のテーブルを使ってみよう。 【画面4】では、同じ合計個数を曜日で集計してみた。サンプルのデータはあらかじめ作ったものだが、実際に集計するデータでも「曜日」の要素が入ることで、ある傾向が見えてくるはずだ。 もちろん、ピボットテーブルの本領を発揮するのは、さらに集計する項目が増えたときだ。【画面5】は、曜日の要素に天気を組み合わせたもの。同じ曜日でも天候による商品の変動を分析することができる。さらに、天候と顧客数をもとに、商品の販売個数を分析したいときには、【画面6】のようなピボットテーブルを作る方法がある。この表では、曜日と天候と顧客数の関係による商品の販売個数が集計できる。 セルB1にある▼をクリックすれば、商品の種類を選択できるので、全体数だけではなく商品ごとの販売傾向も分析できる。 重要なことはサンプルの数と分析の視点 本連載は、エクセルの解説講座ではないので、ピボットテーブルに関する機能や操作方法については触れない。しかし、残念なことにピボットテーブルの有効な活用方法を解説した書籍が少ないことも事実だ。おそらく、エクセルを使ってビジネスにおける勝ち組みになろうと思ったら、セブンイレブンやウォールマートの成功事例をイメージしながら、ピボットテーブルを使いこなすことが、もっとも有効な手段ではないかと思う。 先のサンプルでは、曜日や天気という店舗商売の集客における大前提になるデータを使っているが、多くの販売店では個人の経験や勘によって、その傾向を予測しているのではないだろうか。確かに、日本人の優れた頭脳があれば、ある程度の規模までの店舗の集客予測はたやすい。小都市の販売店などには、そうした優れたエキスパートが一人や二人はいる。だが、おそらくその能力の及ぶ範囲が限界に来ていることが、「物が売れない」理由の一つになっているのではないだろうか。 もし、ここまでの内容を読んで、エクセルのピボットテーブルの有用性について理解してもらえたならば、きっと次の疑問が出てくるはずだ。 「分析するのはいいとして、その元になるデータはどうやって集めるのか?」という疑問だ。 天気や曜日などは簡単にわかるが、実際の店舗ではもっと詳細な情報を求めている。単純な顧客の数ではなく、性別や年齢、家族構成や年収なども知りたい。さらには、住所や自店からの距離なども重要な情報となる。こうした情報を実際に収集し、有効に活用している成功事例がTSUTAYAになる。 TSUTAYAのクラスタ技術 TSUTAYAに関しては、多くの学ぶべきIT活用の事例があるので、本連載でも継続して紹介していくが、今回はまず「クラスタ」という顧客分析のための仕組みについて説明する。 TSUTAYAは、レンタルビデオの会員カードを作るときに、詳細な顧客データを入手する。そこには、住所や家族構成などが記録されているので、顧客がビデオを借りるたびに、どのような人がどういった作品を好むのか、その傾向データを入手できる。それは、単なる販売集計として活用するのではなく、次に新作のビデオを店舗に配布するときの重要な資料となる。例えば、郊外の住宅地に立地する店舗であれば、家族向けの作品が多くレンタルされているとか、都心部の独身者が多い地域では娯楽作品が多いなど、顧客をプロファイリングして傾向をまとめることで、新作のビデオをどの店にどのくらい配分するかを予測できる。レンタルビデオは、回転率が勝負になるだけに、話題性のある旬な時にどれだけ多く貸し出せるかが重要になる。しかし、作品を多く仕入れすぎてしまえば、利益率は下がる。その微妙な加減を膨大なデータから導き出すことで、効率のよい品揃えが可能になっている。 問題は取り組むか否か TSUTAYAのような例は、理屈としては十分に理解している経営者も多いだろう。ITを活用すれば、自社のビジネスにとって何らかのメリットがあると考える管理者も増えている。しかし、それでも実際に取り組むことができない店舗や事業者はまだ多い。現状を打開するためには、何らかのアクションが必要だとは考えていても、そこでITをどのように活用すればいいのか、その具体的なイメージが湧いてこない。なぜなら、ITを取り巻く技術的な用語や仕組みにとらわれてしまって、肝心な「目的と成果」が見えにくくなっているからだ。 一方、私が取材してきた成功事例の多くは、はじめに明確な目標がある。TSUTAYAの場合は、「効率のよいレンタルと出店」のためにITを活用し成功している。その秘訣は、データマイニングを活用した分析と予測力だ。そして、データマイニングの効率と精度を上げるために、会員カードによる綿密なデータ収集を実現した。このように、目標に向かって組み上げられたITだから、成功したといえるだろう。 次回に向けて。。。 今回の話で、データマイニングには効果が期待できると思っていただけたなら、実際に取組みを開始してもらいたい。データマイニングは、多くのサンプル数を集める仕組みと、データ短時間で集計し分析できるIT環境、それに予測と推論を組み立てられる有能な人材が、三位一体となって取り組まなければならない。そのため、全社的なプロジェクトとして、トップダウンで推進する必要がある。そうした推進力のあるリーダーがいる企業もまた、ITによる勝ち組みの大きな条件の一つといえるだろう。 今回は、ITの中でもTの部分が中心となったが、次回はIの部分における成功モデルを探っていく。