ドットコムバブルの崩壊に加えて、粉飾会計や大型倒産など、米国では景気の先行きを懸念させる不安材料が増えている。しかし、株価をあてにした経営が終焉を迎えるなかにあって、堅実に成長を続けている企業もある。インターネットを取り巻くビジネスでは、とかくインフラ整備の部分やECなどの直接的な物販ばかりが注目されがちだが、今、改めて情報産業としての可能性を考えることが、新しいビジネスの成功を実現する糸口になる。 ISIZEモデル 二年以上前にリクルートが運営するISIZE(イサイズ)を取材したことがある。www.isize.comは、リクルートの情報誌をベースとしたインターネットでのWebサービスの窓口で、現在では「仕事」「資格」「旅行」「結婚・出産」「住まい」「クルマ」「コスメ」といったジャンルの情報が用意されている。 過去に取材したときに、イサイズの編集長は「ライフイベント」という言葉を使っていた。つまり、就職や転職、結婚や出産、引越しや車の購入など、人生における大きなイベントをバックアップする情報を提供して、生活者に役立つサイトにすることが、イサイズの大きな目的となっていた。 そのコンセプトは今も変わっていないが、同サイトは今年の3月に大幅なリニューアルを行った。その売り上げは初年度が160億円で、3年目にあたる今期は380億円となった。そして、次期では売り上げを430億円と見込んでいる。インターネット関連のコンテンツ事業が低迷するなかで、どうしてイサイズは堅調な成長を続けているのか。秘密はリクルートという会社の事業構造にある。 コンテンツを価値にする仕組み もともと、リクルートはイサイズを始める前から情報提供者から広告料を徴収する仕組みを確立していた。それまでの出版事業の多くは、雑誌などを販売するための魅力あるコンテンツを制作し、その販売部数に見合った媒体効果を元にした企業からの広告集稿を生業としていた。 それに対して、リクルートでは初めから、求人募集や不動産物件などの情報発信者から広告料として徴収していた。その結果、販売部数に関係なく固定的な収益が得られるようになっていた。イサイズでは、その仕組みをインターネットに応用し、コンテンツを制作する時点ですでに、収益が見込まれるビジネスを展開していた。つまり、初めから収益の見込めるビジネスがあり、それをWeb化したことで、より大きな収益が得られるようになったのだ。 イサイズのビジネスから学べること イサイズの事業モデルから学べることは多い。第一は、テクノロジよりもビジネスとしての基盤がしっかりしていることで、利益の出せるWebサービスを展開している点だ。多くのドットコム系の事業では、テクノロジさえあれば収益はついて回ると錯覚していた。それは、鉄砲さえあれば戦に勝てると過信していた戦国時代の武将にも似ている。しかし、テクノロジだけではビジネスは成立しない。事業としての利益を上げるためには、確実に収入の得られる基盤の確立が重要になる。 二つ目に学ぶべき点は、イサイズを推進したスタッフが情報誌のプロたちであり、インターネットはあくまで手段の一部として利用したにすぎないというスタンスにある。過去に取材したイサイズの編集長は、インターネットの技術には詳しくなかったが、リクルートとしての情報ビジネスをどのようにWebで展開するかについては、明確なビジョンを持っていた。イサイズのサイトは、そのビジョンを形にしたにすぎない。彼は、事業を行うにあたってHTML入門などを読んだわけでも、IPネットワークを自分で配線したわけでもない。むしろ、イサイズとして既存の紙媒体と差別化を図れる部分や、事業としての可能性や方向性について、十分な学習と検討を積み重ねてきたはずだ。こうした部分にも、インターネットのコンテンツ系事業で成功する一つの手がかりがうかがい知れる。 そして三番目の教訓は、技術が前面に出てきていないことにある。イサイズのサイトを実際に使ってみればわかるが、わかりやすい文字やボタンの情報に、情報誌ならではの整理された内容がリアルタイムに表示される。背後ではかなり高度な技術を利用しているのだろうが、利用者にはそれが感じられない。もちろん、先進的なサイトに比べれば技術的な目新しさは少ないかもしれない。しかし、情報を求めている人たちの層の広さから考えれば、実によく計算されたサイトのデザインといえるだろう。 情報の内容と価値を評価する インターネットができるから、という理由だけで早期に立ち上げたベンチャー系のビジネスや新興出版社が収益の上がらない状況に苦しむなかで、紙ベースの時代から情報を価値に変える事業力を持っている企業は、確実な成長を遂げている。これらの勝ち組みに共通している点は、やはり人的な能力にある。イサイズの例だけではなく、ECのテーマで取り上げようと考えているHMVのEC事業部長にしても、インターネットを使う方法については研究していても、その構築技術やシステムについては、あえて学ぼうとはしていない。使う側の立場に立って要求することによって、インターネットは事業の推進者が求める仕様へと進化していくのだ。 反対に、技術ばかりを学びすぎると、その覚えたての新しい機能を使いたがったり、使う側の立場に立った設計や仕様を考えられなくなったりする。そうしたサイトが乱立したことで、利用者がインターネットから情報を得る努力をしなくなった例もある。 インターネットはメディアかインフラか インターネットを通してコンテンツなどの情報を中心とした事業を推進しようと計画するときに、まず判断すべきことは、この通信手段がメディアになるのか、インフラでしかないのか、ということだ。メディアとしての期待が高すぎると、ビジネスは失敗しかねない。インターネットを新聞や雑誌に代わる新しいメディアと考えて、出版と類似したビジネスモデルを転用して、失敗した例もある。メディアとして考えるには、あまりにも自由度が高すぎるという欠点があるからだ。テレビやラジオのように、視聴者が受身で大量なと捉えて、そこにどのような付加価値をつければいいのか工夫したサイトが成功している。例えば、アットマーク・アイティというサイトでは、出版社系の情報発信というよりも、昔のパソコン通信時代の電子掲示板や電子会議の仕組みを持ち込んで、スポンサー付きで技術情報を交換するボードを開催する、といったビジネスで収益を上げている。情報交換の場を参加者に無料で開放して宣伝効果を出し、スポンサーを募ることで収益を得るというビジネスモデルによって、インフラとしてのインターネットを活用し、成功している。 問われるブロードバンド時代のサービスモデル これからのインターネット事業における新しい勝ち組みは、やはりブロードバンド時代を制する者だろう。多くのインターネット関連事業者が、ブロードバンドの普及こそインターネット市場発展の鍵になると語っている。しかし、現実にはブロードバンド向けの魅力あるコンテンツやサービスがないことも事実だ。家庭にブロードバンドが入ってきても、結局は帰宅してからの夜とか、時間のある休日にしか利用できない。常時接続でダウンロードが速いというだけでは、既存の利用者の入れ替えは促進できても、新規の需要は期待できない。そうなると、既存のユーザーの厳しい目で評価されるコンテンツでなければ、ブロードバンドには可能性が見出せないのだ。 ただ、ブロードバンドの普及は日本における常時接続のインフラが整うことを意味する。誕生当初から、限りなく無料に近かった通信料金を背景に発展してきた米国のインターネットに比べて、テレホーダイなどを組み合わせなければ通話料を節約できなかった日本の通信事情が、やっと7年前の米国に追いつくのだ。その結果として、多くのインターネット利用者が、落ち着いてコンテンツを閲覧できるようになる。それは同時に、インターネットの誕生初期から語られていた情報サービスによるビジネスの可能性を生み出す。いつでも通話料金を気にしないで利用できるWebサービスの利用者というインフラが整うことによって、日本のインターネット事業はやっと過去の米国に追いつく。 そうしたときに、すでに何らかのブランドイメージを確立していたり、情報サービスによる顧客を獲得しているサイトは強い。反対に、イサイズのように既存のビジネスモデルをWebに応用するときに、あえてリクルートという名前を前面に出さず、新しいブランドを確立する戦略をとる方法もある。 ITをビジネスで活かすための秘訣 イサイズの例からもわかるように、ITをビジネスで活かすためには、自社の事業収益を正しく理解する必要がある。横並びに他社の事業を真似るのではなく、自社の事業やサービスが持つ特徴や利点を十分に活かせるWebサービスやIT活用を立案、推進しなければならない。それは、あらゆる産業に共通する秘訣でもある。 たまたま、インターネットは紙の媒体に近い特性を持っていることから、情報誌のビジネスモデルを応用した例が早期に成功したが、今後は販売や物流など広範囲な産業に浸透していくだろう。 もちろん、すべての企業がITで成功するとは限らない。ITを活かしきれるかどうかは、経営者の才覚にかかっているからだ。その中でも、人材活用に関する能力は重要だ。なぜなら、ITを活用する秘訣は、昔も今も「人材」にかかっているからだ。ITによる発想や速度、効率や効果を理解・推測し推進するためには、少しでも多くのIT活用に精通した人材が必要になる。紙や電話によるビジネスの速度と方法しか知らない人材は、ITが広く普及してきた今日では、市場そのものに取り残されてしまう。かといって、市場投入が早すぎても投資を回収できないので、技術だけではなくビジネスとマーケットを理解できる人材の育成が、何よりも重要になる。 また、単にITのみに長けた人材を育てても、事業の収益には結びつかない。仮に情報産業で考えてみれば、産業となるべき情報を集めたり、創り出したりする人材がいなければ、収益の原資がない。そして、IT産業に関わる人材であれば、対象となる顧客が求めるビジネスを活性化するためのITを提案することが、最大の収益となる。 今回取り上げたイサイズのような成功例は、どちらかといえば稀な部類に入る。しかし、規模的な違いはあっても、日本には大なり小なりの情報産業がある。その産業に対するIT化の推進は、今後さらにビジネスとしての可能性が大きくなるだろう。