インターネットの普及によって、パソコンの画面の中にカラフルな写真やイラストが映し出されることが当たり前になった。また、インクジェットプリンタが広く行き渡り、年賀状や手紙などもカラフルになってきた。いまやパソコンとその周辺機器に「色」があるのは当然のこととなり、これからはその「色の違い」がビジネスの勝敗を左右する大きな力となりつつある。今回は“色”で勝つためのITにおける最新事例を探ってみた。 HMVの成功事例 ITバブル時代のECサイトには、ワンクリックモデルやポイント還元方式、サジェスチョン技術など、さまざまなアイディアが登場し、ある意味で「一発芸」のような企画勝負のベンチャービジネスが多かった。米国では特に、ベンチャーキャピタルから集めた資金の6割以上をマーケティングや広告宣伝費に使い、物販や技術のスキルを上げるよりも、もっぱらブランディングに腐心する経営者が多かった。それでも当時のベンチャー系ECサイトは「ブリック&モルタル」という用語を生み出して、旧式な物販事業を駆逐するかのようなメッセージを発していた。 しかし、バブルは崩壊した。膨らんだ期待値は一気にしぼんだ。過剰な設備投資が収益に結びつかなかったり、「ブリック&モルタル」の基本であるロジスティクスの不備が大量の注文残やキャンセルを出してしまった。 とはいうものの、何もかもが失敗に終わったわけではない。むしろ、幻想の崩壊は新しい希望やビジネスを生み出してくれた。インターネットだけでは収益につながらないことから、新たに「クリック&モルタル」という言葉が登場し、実店舗とECサイトの融合こそが成功モデルだともてはやされるようになった。こうした背景には、IT業界がバブルの崩壊後にベンチャー企業から実企業へと鞍替えしたこともあるが、実企業の側でも市場の変化を感じて革新を進めた結果でもある。そうした後発のECサイトの中で、日本のHMVは数少ない成功例だと思う。 マイクロソフトの技術だけで構築 HMVジャパンのECサイトは、日本で独自に開発し運営している。その担当者のD.テリル氏には二度ほどインタビューしたことがあるが、なかなかユニークで音楽産業を熟知した魅力ある人物だった。彼は英国のHMV本社に就職してからずっと販売やマーケティングに携わり、数年前から日本でディレクターを務めている。それまでITに対する技術や経験はほとんどなかったというが、何よりも彼はHMVという店舗でのビジネスを熟知していた。 テリル氏は「16才の少年が一歩足を踏み入れたときに、ここはパラダイスだと感じる」ような店舗を目指して、HMVのECサイトを作っているという。そのために、各ジャンルごとに専任のスタッフを揃えて、サイトを訪れた人に新しい発見や興味を持ってもらう努力を続けている。ちなみにこのECサイトは、すべてマイクロソフトのアーキテクチャで稼動している。Windows 2000 ServerとIISに、SQL Server 2000を基本として、IISで開発できるASP(アクティブ・サーバ・ページ)を利用している。HMVがこのアーキテクチャを採用した理由は、データベースとECサイトの連携を強く求めたためだ。メガストアというコンセプトで日本に上陸したHMVは、何よりも店舗にある商品の品揃えが強みになる。この強みをECサイトでも実現するためには、膨大な量のデータベースが必要になり、なおかつそのデータを効率よく検索してウェブ上に表示する仕組みが必要だった。こうしたサイトの設計にとって、マイクロソフトのASPはよくできた開発環境だと思う。もちろん、実際のシステム構築においては、かなりの苦労談もあったようだが、そうした過去も現在の成功で報われたという。 どうして成功しているのか? HMVジャパンのECサイトは、昨年のリニューアルからわずか一ヶ月で渋谷店に次ぐ売り上げを達成した。その額は、日本のECサイトの中でもトップクラスに入るもので、この実績から見ても成功例といえるだろう。しかし、HMVジャパンの成功は派手なマーケティング予算をかけたり、大規模なキャンペーンなどを行った結果ではない。何年も前から地道にサイトを運営し、数々の経験や技術を積み重ねてきた結果なのだ。 もともと、ECサイトになる以前からHMVジャパンはwww.hmv.co.jpというサイトを運営していた。第一世代にあたる初期の頃には、単に情報発信が目的だったという。その後、CDなどのデータベースの整備をはじめ、ECサイトとして注文を受け付けられるようになったのが、第二世代のシステムだった。そして、第三世代での技術的な問題などを解決し、大規模な注文に対応できるようにした第四世代のシステムで大きな成功に結びついたという。その間、派手な宣伝を行ったことも、他のサイトにバナー広告などを出すこともなかったという。それでも、HMVというブランドは閲覧者を集め、サイトの成功を実現した。店舗の持つブランド力と地道で堅実な情報発信、技術に妥協しないサイト作りなど、HMVジャパンの成功例には複数の努力がバランスよく協調し結実した観がある。もし、D.テリル氏がサイト構築のための技術を知りすぎていて、ある部分で妥協していたり、市販のパッケージに合わせるためにコンテンツの内容を縮小したり、はじめから派手な宣伝を行っていたら、もしかしたらHMVジャパンのECサイトは失敗していたかもしれない。そのくらい、ECサイトの成功にはさまざまな要素の複雑なバランスが求められる。それはITだけで解決できるものではなく、かなりの部分は人の努力にかかっている。 ECサイトの見極め方 ECサイトとひとくくりに表現しているが、実際に成功するか否かは、扱う商品にも大きく左右される。HMVジャパンのように、実際の商品を手に取らなくても内容がわかるCDやDVDなどの場合、安くて速くて信頼のできるECサイトであればビジネスは成り立つ。しかし、衣服や生活雑貨のように選ぶ側の要求が高いものでは、ホームページに貼り付けられた写真だけで売り上げの増加を期待することは難しい。また、ECサイトだからといって何でも安くなるということはない。例えば、チケット販売などは代金の他に送料がかかってしまうことから、街中のチケットセンターで買うよりも高くなってしまう。そして、電化製品や高級ブランドなども、それほど頻繁に買い換える需要がないので、商品の回転率は低くなる。さらに、通販やカード支払いなどに慣れていない顧客層向けの商品も、ECには不向きだろう。 反対に、地域や経営規模に制限されて販路を広げられないような特産品やプレミアム度の高い商品は、ECで成功する可能性が高い。物流網が発達している現在では、どんなに地方の特産物でも一日か二日で配達ができる。しかし、現実にはそれほど地方の特産品がECで売れているという話題もない。個人でホームページを立ち上げても、それほど頻繁に注文はない。その理由としては、これだけ膨大な数のホームページが国内に乱立してしまうと、必要とする人たちに見つけ出してもらうことが困難になるからだ。特に、プロバイダのサーバを借りているようなECサイトでは、URLから利用してもらう可能性は極めて低い。また、ホームページの内容も質実剛健で華がなかったりする。商品は優れていても、それを伝える術が欠けていれば、その魅力は消費者には届かないのだ。 つまりは、こうした問題をトータルで解決するECサイトを独自に構築するか、専門家のアドバイスを受けなければ、インターネットの世界では忘れ去られてしまう。それは同時に、ECサイトの導入を提案する側にも求められるスキルかもしれない。サーバやアプリケーションなどの箱やシステムを売るだけではなく、もう一歩踏み込んだ成功へのアドバイスをすることが求められているのだ。 先のHMVの例では、D.テリル氏が長年の経験と勘も含めて、自社のサイトをどうしていくべきか、しっかりとした方向性を示したことが大きな成功につながった。しかし、そうした見識を持ってECサイトを構築し運営できる人材は少ない。このような部分を補うことで、消費者に販売できる商品を持っている個人や企業にECサイトの導入を提案する道は拓けてくる。 ECサイトで儲けよう ITバブルが崩壊したからといって、ビジネスの芽がすべて摘み取られてしまったわけではない。むしろ、昔よりも現在の方が堅実にビジネスをはじめられる土壌が整ってきている。ブロードバンドの発展は、通信コストを飛躍的に下げて、昔よりもインターネットに滞留する消費者の時間を長くしている。また、PCの低価格化やプロバイダ事業の激化によって、ECサイトの構築や運営にかかるITコストも低減している。ここまでくると、残る課題は「人」しかない。結局のところ、ECサイトを成功させられるかどうかは、自社の商品やサービスを熟知して、インターネットで販売するべき消費者をしっかりと研究した人材の有無にかかっているのだ。ビジネスモデルやアイディア特許のような一発芸ではなく、これから先もずっと継続させていくビジネスに対して、地道に忍耐強くサイトの運営と情報発信を続けていける指導者の発掘や育成が、儲かるECサイトの成否を左右する。 そう考えてみると、ITバブルが崩壊したのも至極当然のことと思えてくる。どんなに最先端のIT技術を持っていても、ECというビジネスにおいては「商売のいろは」がすべてを左右するのだ。お金を稼げる人たちの経験や知識を無視したシステムを構築しても、消費者は集まらない。ITバブルの初期には、一部の利用者だけで消費が回っていたが、インターネットの普及と発展に伴って、より普通の人たちが集まるようになると、実社会での経験や価値観が重要になってくる。それは、特別に難しいことではない。自分が物を買う時の不安や期待や楽しさを想像すればいいだけのことだ。ところが、技術ばかりが先行してしまうと、そうした基本的なところが抜け落ちてしまう危険性がある。何もかも数字で割り切れると誤解して、無機質なシステムを作り上げてしまうことも多い。 過去の偉大な商人たちの言葉にもあるように、「水泳の理論、学問を三年間やったって泳げませんわね。やっぱり水に入り泳いでみないと分からない」(*1)という。理屈ではなく実践を積んだ人を大切にすることが、成功するECサイトの最大の秘訣だと思うのだ。 (*1:松下幸之助語録より)